第42話 争奪戦

 それから俺達は生活の基盤を整えるために、東奔西走する事になった。

 俺は元より、フィニアも旅のために最小限の荷物しか持ってきていない。

 彼女は大量の荷物を持ってこようとしていたのだが、マリアによって極限まで減らされていた。


 そうやって減らされた荷物の補充を、ここでしなければならない。

 コルティナも部屋とベッドくらいは用意してくれていたが、シーツやカーテンまでは個人の趣味がある為、用意していなかった。

 そう言った備品の買い出しが必要になるのだ。


「見てください、ニコル様。これ可愛いと思いませんか?」

「え、そのハート模様のカーテンは何? それに色もピンクとか――」

「ニコル様は全体的に色が白いので、こういう赤系統が映えますよ」

「いや、普通に白でいいじゃない?」

「保護色で見えなくなります」

「わたし、カメレオンじゃないし!」


 一緒にお買い物とあって、フィニアのテンションが少しばかりおかしい。

 買い物にはフィニアと、あと家主のコルティナの三人で来ていた。

 当のコルティナはそんなフィニアを微笑ましそうに見ている。

 考えてみれば、コルティナもフィニアの幼い頃は目にしている。あの時の幼い少女が成長した姿を見て、感慨深い思いなのだろう。


 だが、それはそれとして、このカーテンの模様は……ない。

 俺は断固として拒否すべく、別の商品を手に取り、フィニアに売り込んだ。


「こっちの薄い黄色はどうかな」

「黄色は日を浴びると眩しく見えますよ?」

「じゃあ、こっちの緑で。これなら目にやさしい」

「遮光性高すぎて、ニコル様が寝坊するんじゃないですか?」

「わたし、寝坊しない」

「そんな事ないですよ。意外とお寝坊さんです」


 毎日体力の限界まで身体を動かし、夜は夜で魔力が尽きるまで魔力操作に励む。

 そんな日常を送っている俺は、意外と朝が遅い。

 子供特有の睡眠時間の長さと極度の疲労で、朝は寝過ごす頻度がかなり高かった。


「二人とも、これはどうかな?」


 そこにコルティナが、猫マークの入ったカーテンを持ってきた。

 少々子供っぽいが、色はベージュで落ち着いた感じのものだ。

 俺とフィニアは顔を見合わせ、この辺りで妥協する事をアイコンタクトで確認したのだった。


 更に数日後、続いて入学の準備も行わねばならなかった。

 魔術学院も制服というモノが存在する。

 一応フリーサイズの制服をコルティナが用意してくれていたのだが、そのサイズでは俺には大きすぎた。

 更にブーツなどは直接足に合わせないと、丁度いい物を選べない。結局は俺が出向いて、直接フィッティングする必要があった。


 制服と言っても濃紺のプリーツスカートに白い指定の紋章の入ったシャツ。スカートと同色のジャケットにブーツと羽飾りのついたベレー帽くらいである。

 ……意外と多いな。


 まぁ、子供なのにブーツを履かせるのは、ここが森に近いためで、実習で森に入る事もあるからだ。

 その際、足を守る頑丈なブーツは必須になる。

 しかし指定されているのは大まかな形だけで、細かな箇所には指定がされていない。

 そう言った細部でオシャレを主張するのが、女子生徒の楽しみなんだとか。俺には関係ないけど。いや、関係はあるか。できるなら頑丈な物が欲しい。


「ん、これは……」


 実用性を重視してブーツを物色している俺の目に留まったのは、一つだけ展示されていたロングブーツだった。

 学院指定の紋章入りで、ベースの色も指定のこげ茶色。だが爪先や踵にはしっかりと皮を重ねて防御している実用性の高そうな物だ。

 コルティナの持ってきたカーテンと同じネコ模様がワンポイントで入っているのは、まぁこの際どうでもいい。


 俺がそのブーツに手を伸ばすと、そこに別の女の子が手を出してきた。


「あ、ごめん」

「あら、あなたもこの靴を?」


 お互い顔を見合わせて、俺は初めて気が付いた。

 その少女は先日、材木に詰め込まれていた金髪巻き毛の女の子だった。


「あ、君は……無事だったんだ?」


 あの時俺は意識を失う寸前で、彼女が衛士に保護されてから確認する余裕が無かった。

 人伝ひとづてに彼女は無事家族の元に戻されたと聞いただけで、それ以降は俺の興味の対象から消えていたのだ。

 しかし少女も俺の事は覚えていない。それも当然の事で、彼女はずっと昏睡していたのだから仕方ない。


「無事……? ああ、あなたも人攫いに攫われたのかしら?」

「え、いや違うけど」


 俺の漏らした言葉から、彼女は直近にあった危機を関連付け、拉致の事を言っていると判断した。

 なかなかに頭の回転の速い子だ。


「そうなの? じゃあ、誰かから聞いたのかしら?」

「えっと、うん……」


 彼女が無事だった事は間接的に聞いていたので、人から聞いたと言うのは嘘にはならない。

 少女も、その答えに満足したようだった。


「そう。すごいでしょ!」

「え、なにが?」


 子供が攫われて自慢するなんて、俺としては理解できない。

 だが彼女は自慢げに胸を張って、自慢して見せた。


「なにって、わたし、マクスウェル様に助けられたのよ!」

「へ……? え、なんで?」

「なんで、って当然じゃない? 国民を守るために、英雄たるマクスウェル様が自ら動いてくれたんだから。その対象がわ・た・し!」

「へ、へぇ、すごいね」


 子供の俺が前面に出るといろいろ問題があると言う事で、マクスウェルとコルティナが表に立って、解決したことになっている。

 彼女もその情報操作を信じているのだろう。


「あのマクスウェル様よ、マクスウェル様! ああ、ぜひ直接お会いしたかったわ」

「助けられたのに、会った事ないの?」

「……残念ながら、わたしは気絶してましたの」


 言葉遣いから育ちのいい子だと思うが、かなりマクスウェルに傾倒しているようだ。

 あの爺さん、有事以外は単なるボケ老人なんだがな。それと魔法オタク。


「ところで……」

「ん、なに?」

「そのブーツ、先に私が目を付けましたの。譲っていただけません?」

「む……それはちがう。わたしが先に目を付けた」


 靴というのは一つ一つ手作業で作られるだけあって、同じデザインであっても同じ程度の仕立ての物は中々存在しない。

 つまり何が言いたいかというと……俺もこの靴を手放したくはないのだ。

 だが少女はまったく引かず、俺が手にしたブーツに掴みかかった。


「いいじゃない。他にも靴はたくさんあるんだから!」

「ダメ、この靴が気に入った」

「譲りなさいよ!」

「だが断る」


 少女は俺より少しばかり年上だろうか? 俺よりもかなり背が高い。

 いや、今この靴を買いに来ていると言う事はおそらく同い年だ。この歳にしてここまで成長に差があるとは……

 背の高い少女にブーツを持ち上げられ、俺がそれに捕まったままぶらさがる。

 そうやってしばらくの間、争奪戦に明け暮れたのだった。

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