第289話 暴発

  ◇◆◇◆◇



 ニコルは実家で泊まっていくことになったので、マクスウェルは一人ラウムへと帰還することになった。

 彼女の中身がかつての仲間だと知っていても、幼い子供を親元から引き離すというのは、精神的にも負担になっている。

 こういった機会に家族と接して見せるのも悪くない、そう考えていた。


 自己満足であることは自覚しているが、それでもマクスウェルは何となく良いことをした気分に浸り、自宅の門を開く。

 その玄関口には……コルティナが仁王立ちになって待ち受けていた。


「うおぉぅ!? なんじゃ、コルティナか。驚かすでないわ」

「なんじゃ、じゃないわよ。報告書、届いてるわよ。書斎に置いといた」

「報告書?」


 一瞬訝し気に首を傾げそうになったが、それが先日の魔神召喚に関する話だと気付き、慌てて書斎へ駈け込んでいく。

 ハウメアという名の女性がマクスウェルに届けるように指示した報告書。それがコルティナの目に触れるのは、さすがにまずい。


 書斎に駆け込み、部屋の鍵を掛けて封書を開ける。

 中に入っていた書類には、召喚者の男と取引のあった奴隷商人のリストが列記されていた。


「ふむ……複数の奴隷商から生贄を用意しておったのか。いくつかは捕らえたようじゃが……」

「マクスウェル、話があるんだけど?」

「ふぉっ!?」


 唐突に聞こえてきたコルティナの声に、マクスウェルは文字通り跳び上がった。

 部屋の鍵を掛けておいたはずなのに、という疑惑が沸きあがる。だが、コルティナとてある程度の魔法は使用できる。

 この部屋の鍵くらいなら、開錠アンロックの魔法でどうとでもなるだろう。あの魔法は初級から中級の間位に属する魔法で、コルティナも習得していた。


「なんじゃ突然。驚かせるでない、ワシの寿命が縮んでしまうではないか」

「今さら名残もないでしょ。それより話はメッセンジャーから聞き出したわよ?」

「うっ」


 ギルドのメッセンジャーでは、詳細な内容は知らないはず。しかし、誰がこのメッセージを出したかまではわかる。

 ハウメアを経由してマクスウェルに届いた情報。コルティナがレイドと疑っている相手だ。


「やっぱりハウメアって女とまだ繋がっていたのね?」

「ああ、その……」

「一つ教えて。彼女はレイドの生まれ変わりであってる?」

「うぬぅ……」


 マクスウェルは煩悶した。まずコルティナの心情をおもんばかってみれば、ここでノーと答えるのは、あまりにも不憫だと思ったからだ。

 それに、ハウメアはニコルの変装であり、それはすなわちレイドの生まれ変わりという推測は当たっていることになる。

 だが肯定してしまえば、彼女の想いはさらにつのることになる。名乗り出ることができない現状、それはそれで哀れだった。


「その……あっておるとも言えるし、無いとも言えるというか」

「私だってバカじゃないわ。レイドに都合があることくらいは理解してる。そもそも女に生まれ変わったくらいじゃ、会えない理由としては弱いもの」

「そうかの?」

「知ってる? アイツってば、人の胸を見て『そんな肉、無くても動きに支障はないだろう』って言いやがったのよ?」

「あー、それはきっと、冒険者としての意見を――」

「それはわかるけどね。そもそもデリカシーってものが欠片もないのよ。そんなアイツが、女になって名乗り出られないなんて、考えられる?」

「そ、それはどうかのぅ?」


 そもそもそれだけだったら、マクスウェルとて同意できた。だが現実はライエルとマリアの娘というオマケがついている。

 レイドが名乗り出られない心情も、大いに理解できていた。


「あやつにもあやつの考えがあるんじゃろうて」

「そんなのはどうでもいいのよ!」


 ガンと横にあった壁を殴りつけるこコルティナ。突然の激昂に、マクスウェルは思わずたじろぐ。


「私の気持ちはどうなるのよ! もうずっと待ってるのに――」


 伏せた彼女の顔から、光るものが流れ落ちる。それを見て、マクスウェルもある程度覚悟を決める。


「……今は詳しいことは話せん。その事情は察してくれ。じゃが、それ以外は……お主の推測通りとだけ言っておこう」

「じゃあ、レイドは……?」

「生まれ変わっておるし、お主が見た通りそばにいる。名乗り出れんのはあやつの事情じゃ」

「今もあなたと連絡を取りあっているのね?」

「あれほど有能な人材を手放すものか。あやつは自己評価が低いようじゃが、斥候から暗殺まで自在にこなせる人材が、どれほど有能じゃと思っておる」

「それは私も身をもって知っているわ」


 かつて六英雄として組む前は、お互い敵国同士の存在だった。

 特に軍を率いるコルティナは、アレクマール剣王国にとって目の上の瘤。レイドが依頼を受け、その暗殺に向かったケースもあった。

 そしてコルティナはその危険を察知し、身代わりや影武者などを使って何度も難を逃れた経験がある。


「でも……ごめん。ちょっと取り乱しちゃった」

「いや、気持ちはわかるとは言えんが、まあその、なんだ。希望は捨てずにの」

「わかってるわよ。あいつが生きているとわかってるのに、くよくよしてらんないもの。さっきのは進まない現状に苛立っちゃっただけ」

「そういうことにしておこうかの。では、改めて新情報じゃ」


 マクスウェルはそういうと、手元の手紙をコルティナに見せた。

 ハウメアの関与が知られた以上、隠すべき情報はこの手紙にはない。


「奴隷商? それに……魔神召喚!?」

「お主にとっても、他人ごとではなかろう?」

「ええ、しかもまた半魔人が絡んでる。あの時と同じね」

「半魔人そのものが悪いというわけではないじゃろうが、やりきれんのぅ」

「人だろうが、獣人だろうが、半魔人だろうが……子供を生贄にしていい理由にはならないわね」

「そうじゃな。こっちも引き続き調査させておく」

「あと……エリオットからのハウメアの所在についての質問? そんなのはこっちが知りたいわよ」

「あいにくとワシも知らん。名目上は国外追放じゃからな」

「行く先々であんたの権威を笠に着て好き勝手してるってわけ?」

「う、うむ。まぁ、そんなところ……じゃと思う」

「気楽なモノよね、あのバカ」


 コルティナの想像上では、レイドは女に生まれ変わり、北部三か国同盟を気楽に旅をしているらしい。

 実際のレイドは辺境の村で、生まれたばかりの妹に締まりのない蕩けた顔を見せているのだが、それはコルティナの知るところではなかった。



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