第288話 秘密の会合

  ◇◆◇◆◇


 よくある冒険者たちが集う酒場。その門を開き、一人の少年が入ってきた。

 忙しく酒を配っていた給仕の少女が少年に気付き、気安い態度で話しかける。


「いらっしゃいクファル君。今日はゆっくりなのね」

「こんにちは、リジスさん。連中はもう来てます?」

「ええ、いつもの席よ。注文は決まってる?」

「いつものでお願いします」

「了解、すぐ持っていくわ」


 年の頃は十五歳くらい。同じくらいの年ということで、給仕の少女とはそれなりに仲良くやっている。

 たまにそれを冷やかす冒険者もいるが、彼は波風立てずにそれをやり過ごしていた。


 少年――クファルは店の奥に向かい、そこにたむろする数人の冒険者と相席する。

 テーブルには、昼間だというのに、早くも酒をあおっていた男たちが三人。剣や杖といった装備をしているが、共通しているのは頭に帽子やバンダナといった装飾品を着けていること。

 そして、いずれも冒険者として熟練の雰囲気を放っていた。


「よう、今日は少し遅かったな」

「ええ。ちょっと重要な情報を受け取っていたので」


 クファルが席に着くと、さっそく会話を始めた。

 彼が所属する仲間たちとの会話なので、そこに違和感は存在しない。

 しかし、彼らは周囲をしっかりと警戒していた。まるで雑踏に会話をまぎれさせるかのように、声を潜めていた。


「重要な話か?」

「はい。例の巣に向かった連中が捕縛されました。まあ下っ端だから重要な情報は与えていない連中でしたが」

「あいつらか。駒を揃えることもできんとはな」

「餌が五つでは、大した獲物は釣れんだろう。放置しても構わんと思うが?」


 口々に少年の話に反応を返す男たち。だがそこで、一斉に口をつぐみ、話を止める。


「おまたせー、クファル君のオレンジジュースと、鶏の塩焼きね。サラダは後で持ってくるよ」

「ありがとうございます。これでやっと腹拵えができる」

「もっと早く起きないから」

「ごめん、朝は弱いんだ」


 料理を運び、けらけら笑いながら離れていく給仕の少女。

 彼女が充分に離れたのを確認して、再び会話を再開した。


「……こんなところで会合を開いて良いのか?」

「『こんなところ』だからこそ、誰も注意を払わないんですよ。『あの場所』も頻繁に利用すれば、さすがに人目につく」

「まあいい。それより下っ端が捕まったのはわかるが、それほど重要なことか? 機密は何も持っておらんのだろう?」


 男の一人が酒で舌を湿らせながら、反論する。

 酒を呷ってはいるが、その眼は理性を宿している。今までの様子は、酔いどれている演技をしているだけだ。


「それ自体はさほど。ですが捕縛者が問題なんですよ」

「捕縛者?」

「ハウメアという女性だそうです。かなり美しい女性だそうですが、問題は彼女が提示したギルド証の番号でして」

「偽物だったのか?」

「いえ、他人の物だったんです。それも――」


 そこでクファルはさらに声を潜める。

 この行為は本来なら目立つ行為ではあるが、こういった冒険者の集う酒場では、他人に聞かれたくない話をこうして話すことが多いので、それほど目立ってはいない。


「六英雄、マクスウェルの番号だったんですよ」

「マ――!?」


 話を聞き、男は思わず叫びそうになるが、すんでのところで自身の口を押さえ、自制した。

 それでも、その顔には驚愕が浮かんだままである。しかし周囲の混雑は、男の驚愕を周囲に悟らせなかった。


「……本当なのか?」

「ええ、間違いなく。どうやって嗅ぎ付けたのやら」

「あの老いぼれ……いや、奴が動くということは背後に『軍師』がいてもおかしくないか」

「その可能性は高いですね。ハウメアという女性は、おそらく『老いぼれ』の手駒でしょう」

「ピンポイントで召喚の場を押さえたということは、ひょっとするとこちらの動きを察知している可能性があるな」

「ありえますね」


 クファルの同意を得て、三人は深刻な表情を浮かべた。

 彼らの行動は完全に内輪のみで完結している。それなのに情報が漏れるということは……


「……内通者の存在」

「そうですね。そして、そうなってくると、リリスでの『商人』の不幸にも関わってきそうです」

「一度、内部を徹底的に調査してみないといけないか」

「それと敵の動向も探る必要があります。このハウメアという女性を探っているのは、どうやら僕たちだけじゃないようなので」

「他にも対抗組織があるということか?」

「ええ、なんと王宮が動いているそうですよ?」

「お……国家機関ならともかく、国王自ら動いているというのか!?」

「まったく困った状況です」


 溜息を吐き、クファルは料理に手を付けた。少々冷めてしまったが、火を通し表面の脂をさっと落とした鶏肉はさっぱりした口当たりを残している。

 それでいて噛むと肉汁があふれ出てくるのだから、この店の料理人の腕が推し量れるというものだ。


「とにかく、しばらくは目立った活動は自粛しましょう。それと内部監査を厳密に。並行してハウメアという女の調査。『老いぼれ』と『軍師』の動向の確認。やることがいきなり増えてしまいましたね」

「仕方あるまい。まだ表立って動くには、手駒が少なすぎる。それと国王自ら動いているなら、その真意も調べておきたいな」

「王宮内部には、まだ『協力者』はいないんですよ。前回の『伯爵』が失敗したので」

「せっかく『辺境伯』に渡りをつけてやったというのに、あの無能が」

「まあ、こちらは本命とは違いますから、どうでもいいです」


 国王が死ぬ、そして簒奪が起きる。そういった一連の事件で、この国の治安は大きく乱れる。

 そして乱れた治安は、生贄を集めるのに非常に都合のいい世界だ。

 だからタルカシールを焚きつけてみたのだが、上手くはいかなかった。それはそれで、今まで通りの行動を維持すればいいだけなので、問題はない。

 だが国王の周りの警戒が強くなったのは、少し面倒だとクファルは感じていた。



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