第287話 妹の存在意義
あれから新たな家族、フィーナが生まれたことで、マリアたちはラウムへやってくる機会が激減していた。
やはり子育てとなると、そう簡単に出歩くことはできないらしい。
本来ならばフィニアにも戻って欲しいところだったのだろうが、彼女は俺の世話役としてラウムに残り続けていた。
このタイミングで俺の初潮が来たことも大きく影響している。
体調を崩しやすくなってしまったため、世話役のフィニアの存在は重要だとマリアが判断したのだ。
こちらに足を運べなくなったマリアを気遣い、俺は妹の顔を見るために北の村に頻繁に戻っていた。
無論、俺一人で帰れるわけがない。この帰省にはマクスウェルの協力を仰いでいる。
「じゃあ、行ってくる」
「はーい。マリアたちによろしくね」
俺は週末、マクスウェルと共に北へ向かうため、屋敷へ訪れていた。
コルティナもよく俺と一緒に様子を見に行っていたのだが、今回は学院のテストの採点があるとか言って同行できなくなったのだ。
「本当は私も一緒に行きたかったのだけど……本当に行きたかったんだけど!」
「わかった、つたえとく」
「ほんっとうに行きたかったのに!」
「学院の職務を無視するわけにはいかんからのう」
「この爺ィが邪魔するのよぉぉぉ!?」
コルティナはマクスウェルの屋敷で机に縛り付けられ、採点を強要されていた。
「ニコルちゃんの時は顔も見せらんなかったから、今回はきっちり覚えてもらおうと思ったのにぃ」
「その役はワシがやってやるから、安心せぃ」
「納得がいかない!」
コルティナが机を叩いて抗議しているが、彼女とて公私の区別はついている。
無理について来ようとはせず、俺を見送ってくれた。
こうしてマクスウェルの
懐かしの我が家の門を叩き、両親との挨拶もそこそこに、俺はフィーナの元へ駆け寄っていく。
生まれた直後はしわくちゃだと思っていたが、きれいに汚れを拭き取り、大人しく眠っている顔を見ていると、やはりマリアが言っていたように可愛く感じられる。
いや、これはもう、天使と言って過言ではない。
「んふー」
「もう、ただいまくらい言いなさい、ニコル」
「ごめん、ママ。あとただいま」
俺の作った
何せ赤ちゃんは目を離すと何をするかわからない。
目を離したすきに寝返りを打てるようになったりしたら、首に掛けた紐で窒息する可能性だってある。
この
「そういえばパパは?」
ここ最近はフィーナのこともあり、仕事を休みがちにしているライエルの姿が見えない。
元々この村の衛士みたいなマネをしていることもあり、かなり時間を自由に使えるはずなのに、珍しい。
その分モンスターが現れたら、真っ先に呼び出されるため、自由な時間が多いのか少ないのか微妙なところだ。
「ああ、それならエリオットに呼び出されて、トライアッドに行ってるわ」
「首都に?」
北部三か国連合の首都、トライアッド。旧トライアッド王国の首都を三か国連合の首都にそのまま流用した街だ。
ここからかなり遠いため、迎えに
「ええ、なんでも聞きたいことができたとか」
「聞きたいこと……」
エリオットがライエルにとは珍しい。正直ライエルは俺に近いほど脳筋なので、相談事にはあまり向いてないはずだ。
それなのに呼び出すということは……
「また縁談話?」
「それはないわ。ニコルには残念かもしれないけど、エリオット君は今も意中の人にぞっこんらしいわよ?」
「残念じゃないし」
「そうね、ニコルにはクラウドくんがいるし」
「眼中にないし」
この脳内恋バナ脳天気め。俺は男には興味がないのだ。
いい加減、その辺を悟って欲しいものである。
「やれやれ。ニコルはまだまだ恋よりお友達かぁ。ひょっとしたら初恋はフィーナの方が早かったりして」
「その可能性は充分にある」
「母親としては否定してほしかったのだけれど?」
「ごめんね?」
残念だが、俺がマリアの孫を産むという未来は、永遠に訪れないだろう。
可哀想だが、それが自然の摂理である。いや違うか。
ともかくそういった面から見ても、フィーナが生まれたという事実は大きい。
俺は子孫を残せないが、フィーナが代わりにマリアとライエルの血を後世に残してくれるはずだ。
週末なので、俺はこの村に一泊していくことができる。
マクスウェルはコルティナを放置するわけにもいかないので、一旦ラウムへと戻っていった。
散々フィーナを相手に遊び相手を堪能し、ホクホク顔で『コルティナにいい土産話ができたわぃ』と言って帰っていったので、おそらく今頃物理的な制裁を受けているはずだ。
まぁコルティナならば、やり過ぎるということもあるまい。
そうして久しぶりの我が家を堪能し、日が暮れてから、ライエルは戻ってきた。
送迎の魔術師が俺たち家族に一礼して帰っていくのを見送る。
マリアは茶の一杯も振舞おうとしていたのだが、それは丁重に断られていた。
屋敷に戻ったライエルは、非常に難しい顔をしている。
これはエリオットと俺の縁談話を聞かされた時に匹敵する不機嫌さだ。
もちろんマリアも、その気配は充分に感じ取っていた。
「あなた、どうかしたの?」
「ん、ああ……そうだな、お前も無関係ではないか」
そう一拍置いてから、ライエルは王宮で聞かされた話を俺たちにした。
それは俺にとって、身に覚えがありすぎる話だった。
つまり……邪竜の巣で魔神召喚を企んだ一派がいるという話だ。
「邪竜の怨念を利用した魔神召喚ねぇ。不穏なことを考えるものだわ」
「しかも半魔人を主とした連中らしい。北部で頻発している誘拐事件は、彼らが起こしているものだそうだ」
「それは……更生して欲しいとは思うけど、そうはいかなさそうね」
奴隷売買ならばともかく、誘拐や魔神召喚にまで手を染めているとなると、かばいようがない。
マリアもそれを察して、悲しげな目をして顔を伏せていた。
「誰もがレイドのように差別を跳ね返せるというわけではないということか」
「そうね。彼は偉大だったわ」
やめてくれ、正直お前らに持ち上げられるのは背中がむず痒くなってくる。
それに暗殺者にまで身を持ち崩した俺の、どこが偉大だというんだ。
「それと、その情報を持ち込んだのが、どうやら『ハウメア』という女性らしい」
「ハウメア……確かコルティナがレイドの生まれ変わりって疑っていた?」
「ああ、しかも彼女が提示した冒険者ギルドのナンバーはマクスウェルの物だったらしい」
「それはもう、なんていうか……レイド確定ね」
「そうだな。マクスウェルには問い詰めないといけないな」
ライエルはしかめっ面した後、嬉しそうに破顔した。マリアもそれに追従する。
二人は嬉しそうに、微笑み合う。俺が生まれ変わったのを心の底から喜んでいるらしい。
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