第198話 レイドの隠れ家

 あっさり結果を述べたけど、実際はそんなあっさりしたものではなかった。


 ジャガーノートは両手に一つずつ持った盾で堅実に防御しながら、脇から生えた二本の腕で攻撃してくる、実に堅実な戦いをする相手だった。

 防御を主体とする戦いはあの誘拐犯の男を彷彿とさせる。しかも硬い防御にアンデッドと言うのは、俺にとって最悪の敵だ。

 絞め殺す事も出来ないし、斬撃も効果が薄い。一人なら出来る限り戦闘を避ける類の敵だった。

 しかし今回俺は一人じゃないし、ここは広い貯木場ではなく迷宮の通路である。

 俺は糸で強化した運動能力にモノを言わせ、壁や天井すら足場にして敵を攪乱した。そうやって充分に敵の目を引き付けた隙に、マクスウェルが狙撃系の【光弾エネルギーボルト】で敵を撃ち抜き、勝負を決めたのだった。


 終わってみれば順当な結果である。

 だが堅い防御を崩すのに手間取り、少々時間をかけてしまった。

 そしてその『少々』の時間が、俺にとっては致命的なスタミナ消費となり得る。


「どうやら終わったようじゃな」

「ぜぃ……ぜぃ……」

「どうした? 魔力畜過症はすでに完治しておるのじゃろう?」

「病は治っても、体力まですぐには快復しねぇよ。それに元々の体力が低すぎるんだ、この身体」

「それは大変だな。身体を鍛えておかないと、出産の時とかに苦労するぞ」

「おぞましい事を言うな!?」


 斜め上方向にカッ飛んだアストの忠告に、俺は真剣に鳥肌が立った。

 確かにこの身体が女である以上、そういう結果を招く事態は存在する。

 しかし俺としては断固拒否したい。いや、まだ月の物すら来てないんだけど。


「とにかく、マクスウェルもこれで気が済んだだろう? さっさと帰って、素材を取りに行くぞ」

「そうは言っても、ワシはお主の隠し場所なんて知らんぞ」

「幸か不幸か、俺の拠点がマレバだったことは知っているだろう?」

「そう言えばそうじゃったな」

「アストの事を知っていたのも、地元の理があってのことだ。コイツも目を付けていた通り、あの山は人が寄り付かない。破戒神の聖域とまで呼ばれるあの山は、言わば邪教の総本山だ」

「実に不本意ではあるな」


 なぜかアストが不機嫌そうに鼻を鳴らしている。お前、破戒神の関係者じゃないだろうに。

 いや、あの山に住み着いているって事は、俺のように遠い血縁でもあるのかもしれない。


「まあ、人が来ないって事実だけが大事だ。同じく地元の俺がそれに目を付けないわけが無いだろう?」

「つまり、レイドの隠し場所も、この山にあるというのじゃな?」

「そうだ」


 とは言え、俺が隠しておいたのはもう少し麓の方だった。中腹にあるアストの家からならば、一度麓に戻らないといけない。

 普通なら十分も下ればたどり着ける距離だが、今の時間だと、俺の足なら下手をすれば朝までかかってしまいかねない。


「ああ、あの麓でごそごそしてた奴……アレはお前だったのか」

「へ?」


 だがアストが俺の思考に水を差した。というか、気付いていたのか?


「ここは俺の地元だぞ。というか、王国の法律的にも俺の土地だ。そこに勝手に入り込んで廃屋に何か運び込んでいるとなれば、気になって当然だろう?」

「そ、そうだったのか……?」


 こいつが地主だったことにも驚きだが、そんな離れた場所の出来事を把握していたことにも驚いた。

 本当にこの男、得体がしれない。


「あの場所なら俺も把握している。転移門ポータルゲートの魔法で飛ぶ事ができるぞ」

「そりゃありがたいな。ついでに素材の運び出しもお願いできるか?」

「……こき使ってくれるな。まあ、それくらいは構わんが」


 そう言うとアストは魔法を発動させる。ここへ来る時に使った魔法とは別の、何時もマクスウェルが使用している形式の魔法だった。

 無論その違いを、マクスウェルは見逃さない。


「先ほどとは違う術式のようですが?」

「それは、先に使った術は対応する魔法陣の元へ飛ぶ術だったからだ。こいつの隠し場所とやらには仕込んでいない」

「ああ、なるほど」


 俺の秘密の隠し場所にそんなもの仕込むな。と言いたいところだが、これはバレた俺が間抜けだったと言える。

 アスト以外にバレていたら、根こそぎ持って行かれていたかもしれない。

 次からはもう少し、見つかりにくい場所を探しておこう。


 発動した魔法陣にマクスウェルが飛び込んでいく。これは既知の術式だから、マクスウェルも大して興味を持たなかったのだろう。

 俺もそれに続いて飛び込むと、周囲の景色は一転して森の中に変化していた。

 これは懐かしい、俺がよく利用していた隠し場所の風景だ。


「ああ……懐かしいな」

「ここで間違いないのか? 廃村と聞いていたのじゃが」

「そうだぞ。ほら、そこに屋根が見えているだろう」


 俺が指さす先には、地面から屋根だけが生えているという奇妙な建物が存在していた。


「ここは五百年ほど前の噴火で土石流に飲まれた村らしくてな。大半は土の中に飲み込まれたんだが、ごく僅かにそうやって頭だけ出してる建物もあるんだ。そこを隠し場所に使用している」

「ほほぅ」


 長いヒゲをしごきながら、無造作にマクスウェルは歩み寄っていく。

 そしてしばらく進んでから、こちらを振り向いた。


「止めんのかの?」

「なぜ止める必要がある? そこに用があってきたんだぞ」

「いや、罠とか仕掛けておるのかと思っての」

「こんな廃墟に罠なんて仕掛けたら、それこそ『何か隠してます』って主張するようなもんだろ」

「……ふむ。そんなモノかのぅ?」


 俺はマクスウェルを追い抜いて、屋根のそばに近寄った。

 一階部分は完全に地中に没しているため、屋根裏部屋の窓から室内に入る事になる。

 程なくしてアストも後を追ってきたので、まとめて俺の隠れ家に招待する事になったのだった。

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