第199話 暗殺者の遺産
五百年も前の遺跡というべき小屋。だが不思議と腐食している気配は少ない。
これは小屋の木材の表面を丁寧に焼いて、腐食を防ぐ工夫をしてあるのも一因だろう。
奇跡的に崩落していない室内を下り、一階部分にやってくる。
そこはやはり土の圧力に押され、半壊した状態になっている。だが屋根が地表に出ている事で雨を凌げたおかげか、これまた腐食は奇跡的に少なかった。
「屋根が地上に出ており、周囲を土で封じられていたことで水分が染み込むのを避け、酸化が遅れているのだな。まさに奇跡的だ」
内部の風景をアストが端的に解析する。
魔道具作りの達人だけあって、その本質を実によく見抜く。
「ああ。俺もおかげで助かってるよ」
目指すは厨房。その更に下。つまり地下室だ。
土が覆い被さって空気の流れを遮断した室内の、さらに隔絶された地下。実に隠し場所にもってこいの場所だ。
もっとも、それを二人に知られてしまったので、今後の使用は考えないといけないかもしれない。
俺は内心そんな事を考えながら、床板に設置された上げ扉に手をかけ、地下室への階段を下ろうと思ったのだが……
「ふんぬぅ……!」
「うん、ワシ知ってた」
案の定、俺の筋力では扉を持ち上げる事ができなかった。その光景をさも当然という風に、生温い目で見るマクスウェル。
結局最後はアストに引っ張り開けてもらって、ようやく地下に降りる事になったのだ。
ここは元炭焼きの小屋だったらしく、地下室の壁もきっちりと表面を焼いて腐食に備えていた。
おかげでこうして、俺が隠し部屋に使う事ができている。
地下に降りると、そこには大量の金貨や宝石、そして武具に素材という価値の高いものが放置されていた。
街までの利便性が悪い山中なので、食料などを貯蔵する意味でも地下を広めに作っていたのだろう。
そこは結構な広さのある地下空間が広がっていた。
「ほほぅ、これはドラゴンの寝床もかくやと言わんばかりの絢爛さじゃの」
「これはまた……溜め込んだモノだな。修繕費は高めに請求した方がいいか?」
「やめてくれよ!?」
俺の前世の富の集積場である。それを見てさっそく算盤を弾き始めた二人。
実のところ、俺はライエルの庇護下にあるので、この財宝が無くても生活はできるのだが、前世の苦労の結果が消えてなくなると考えると、それはそれで物悲しいものがある。
アストは俺の抗議を聞き流し、早速部屋の一角、邪竜の素材の元に足を運んでいた。マクスウェルは生前集めた武具に興味津々だ。
「これが邪竜コルキスの皮か。なるほど、いい素材になりそうだ……ああ、マクスウェル。その魔剣の付与魔力は大したことないぞ」
「そうなのですかな? そこそこの品に見えるのですが」
「その程度なら、私の洞窟に陳列している物にも及ばない。欲しければひとつくらい贈呈してやろう」
「それはありがたい!」
「なんでマクスウェルには無料でやって、俺の修繕費は値上げするんだ?」
扱いの差に俺は嘆きの声を上げた。
しかしよく見ると、アストは皮の他に牙や鱗などにも手を伸ばしている。
「おいおい、さすがにそれはやらんぞ? いくらなんでも価値があり過ぎる!」
腐っても邪竜。その牙や鱗だけでも天文学的な価値が付く。
材料持ち込みの武具の修繕費には、さすがに釣り合わない。
「む、いや……その、希少素材なので、ついな。外装として皮をこの程度、それと内部の補強用にこっちの骨と牙を数本貰いたいのだが?」
「骨と牙まで? 当初の予定とずいぶん違ってないか?」
「いや、ここまでの素材を見ると、ついあれこれ細工したくなってな」
「……まあ、懐に収めるんで無いなら別に構わない。でも、俺が使いやすいように作ってくれよ?」
「任せろ。どのみち成長期なのだから、毎年のように微調整は必要になるだろう。使い勝手もその時に調整すればいい」
アストの言う通り、俺の身長は結構な勢いで伸びている。
この三年でおよそ三十センチ。それでも他の子供に比べれば、随分と小柄ではあるが。
「そうなると、マクスウェルには毎回付き合ってもらわないといけなくなるな」
「ラウムに住んでいるのだったか? ならば俺の方から足を向けてもいいぞ。出張費は頂くが」
「微妙にケチ臭いな!?」
あれだけの魔道具を作れる存在ならば、いくらでも儲ける当てはあるだろうに。
しかし、その製品を世に流していないからこそ、奴は知られざる名工として存在できる。
もし市場にアストの品が流れれば、その名は一躍世間に轟く事になるだろう。
そうなればこの山での隠遁生活もできなくなる。ひっきりなしに客が訪れ、落ち着く暇もなく仕事が舞い込む。
そんな生活は、さすがに嫌気がさすに違いない。
だからこそ、奴は名を伏せ、この山で隠れ住んでいるのだろう。
「くっくっく、この牙があれば近接戦用のフックを付けて……いや別途鉤爪付きのワイヤーフックを装着するか?」
「頼むから、俺の使いやすいように……」
「格闘戦用に手首側に爪を付けるのも悪くないな。服に引っ掛ければ簡単に相手を掴めるようになる」
「だから……」
「そもそも前回は重量と強度の関係でクラッシャブルゾーンとしてしか使えなかった装甲が、今回は立派な盾として使用できるようになるわけだし、強度を上げるか? しかしそうなると身体への衝撃が……では内部に衝撃干渉機構を――」
「……もうダメだ」
アストは両手に抱えた素材を見て、ヤバイ感じの視線で設計構想を垂れ流していた。俺の事はすでに眼中にないかもしれない。
ここに来て、俺はようやく奴が隠遁している真の理由を悟った。
「ああ、そうか。アストは……マッドだったんだな……」
思考を形にせずにはいられない。使い手のことなど考えず、機能を詰め込むだけ詰め込んで、ピーキーな作品を作り上げる。
そういう行為に喜びを感じる、特殊な性癖の人たち。
そんな俺の独り言を、耳聡く聞きつけ、アストが反論して来る。
「失礼な事を言うな。隠遁生活が長いと、そんな趣味に走るしか暇をつぶせんのだ。他にはたまに戻ってくる嫁とイチャコラするくらいで」
「なんだ、嫁に逃げられているのか」
「――あ?」
俺の不用意な一言で、アストの目が剣呑に細められる。そしてニタリと邪悪な笑みを浮かべた。
「そう言えばレイド。今のお前は嫁によく似た外見をしているな?」
わざとだろうが、好色そうな笑みを浮かべて俺にそう告げてくる。
俺はその笑顔に全身が総毛立つ思いがした。
「そういう冗談は、頼むからやめてくれ! マッドって言ったのは謝るから!?」
「わかればいい」
あっさりと笑顔を引っ込めて、アストはいつもの無表情に戻った。
やはり俺は、心までは女になっていないのだと確信した瞬間であった。
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