第200話 黒歴史

 俺の手甲ガントレットの改良に必要な素材をアストが掻き集め終え、ようやく一息つく事ができた。

 考えてみれば、すでに深夜どころの話ではない。もうすぐ日が昇るかもしれない時間にまで達している。

 しかし帰りはマクスウェルの魔法で一瞬だから、ここで一息入れるのもいいかもしれない。


「つっても、ここじゃ茶の一つも淹れられねぇけどな」


 俺は書物を詰めた空き箱の一つに腰を掛け、凝り固まった体を伸ばす。

 今夜は街から山まで駆け抜け……マクスウェルの肩に乗っていたが。そのまま世界樹の迷宮まで行き、……アストの転移魔法を使ったが。ヒュージクロウラーと連戦し、最後はジャガーノートと戦った。

 考えてみれば、結構ハードな運動量をこなしている。


「茶ならばここにあるぞ」

「それなぁ……なんだかもったいなくて口を付けられないんだよな」


 アストが迷宮の休憩用に使っていた水袋を持ち出すが、そこに入っているのが世界樹の樹液と聞いては、畏れ多くて口にできない。

 いや、それ以上の素材を奴に提供したわけではあるが……


「そうか。じゃあ私だけ飲もう」

「やっぱ俺も飲む!」


 だからと言って目の前で一服されるのを黙ってみているだけというのも、せつない。

 俺は水袋をひったくり、直接口の中に流し込んでいく。

 温い樹液の混じった茶だが、不思議と爽快なのど越しをしており、スーッと疲れが抜けていくのを感じる。


「ああ、これいいなぁ……定期的に入手できないか?」

「残念ながら、ラウムに輸送するとなると結構な手間になるな。お前がこっちに来る分には問題ないが」

「できるわけねー」


 俺がもう少し干渉系魔法を上手く使えるようになれば、【転移テレポート】の魔法を使えるようになるだろう。

 それまではマクスウェル頼りになるため、簡単にはマレバまでやってこれない。

 非常に残念だが、この茶は諦めるしかなさそうだ。

 俺は水袋をアストに返し、木箱を二つ並べて寝台にして、そこに横になる。

 ぐったりと伸びる俺と、返された水袋を眺め、アストは微妙な表情をしていた。


「なんだよ?」

「いや……保護者が苦労しているだろうと思ってな」

「保護者? なぜ」

「無防備が過ぎると思っただけだ」


 そう言われ、俺は自分の格好を見下ろした。

 横になった拍子に体操着の上が捲れ、へそが剥き出しになっている。

 下はショートパンツなので下着が見える事はないが片足を木箱からだらりと下し、片足だけ載せた体勢は大きく足を開く形になっており、ややはしたない。

 トドメは俺が返した水袋。それに直接口を付けた物を男に返すという行動。

 例の淑女教育の反動で、最近の俺はかなり雑な仕草をしていた。


「ま、まあ、そう言うな。俺も女ってのになかなか慣れなくてな」

「そうか……ん、ということは……?」


 そこでアストは顎に手を当て、考え込む仕草をした。

 そしておもむろに顔を上げ、マクスウェルに話しかける。

 魔剣を探っていたマクスウェルは突然話を向けられ、驚愕した。


「おい、マクスウェル。捜すぞ」

「は? な、何をですかな?」

「こういう男は、自分の恥ずかしい過去をこういう場所にまとめて隠すはずだ。つまり――」

「ふむ……承知!」

「承知じゃねぇ!?」


 確かにここは根無し草に近かった俺の唯一の拠点と言ってもいい。だからこそ人に見られたら困る物もここに放り込んである。

 アストのその読みは実に正しい。正しいからこそ、探られたら困る。


「どこか壁際……はないな。そんな目立つ場所に隠すはずがない」

「そうですかな? レイドという男は戦闘に関しての閃き素晴らしい物を持っておるが、一般生活においては非常に視野の狭い男ですぞ?」

「確かにそのようだ。しかし、そもそもここに他人が踏み込むことを考えていない。ならば隠しておく必要すらあるまい」

「なるほど……ならばどこかの箱にまとめて放り込んでいる可能性が高いですな」


 そこまで言ってから、マクスウェルは俺の方に視線を向ける。

 いや、俺の寝そべっている木箱に視線を向けていた。


「お、おい……よせ」

「ニコルちゃん、ちょっとそこを退いてくれるかのぅ」

「こんな時に猫なで声を上げるな!」


 俺は断固として抵抗しようとしたが、振り回す手をあっさり抑えられ、ひょいと持ち上げられた。

 その隙にアストが俺の腰掛けていた木箱を奪い去る。


「お前ら、妙にコンビネーションがいいな!?」


 俺の抗議の声を無視して木箱をこじ開け、そこにあった俺の恥部をさらけ出す。


「や、やめ――」

「ほうほう、まずは定番の色本じゃな。こういうのが趣味であったか」

「エルフが多いな。それに獣人。人間は少なめか?」

「こやつはスレンダー系が好みのようですなぁ」

「勘弁してくれ!」


 事ここに到っては、遠慮などしていられない。

 俺は襟首をつかんで持ち上げていたマクスウェルの腕にしがみつき、そのまま関節技に持ち込んでいく。

 敬老精神など知った事か。


「いたたたた! こりゃレイド、ちょっとは手加減せんか!」

「人の秘密に踏み込んでくる無粋な輩には手加減などしない!」

「わかった、もう見るのはやめるからやめんか! 腕が折れる」

「私は見るけどな」

「そっちもやめろってのぉぉぉ!」


 黙々と俺の隠しておいた少々危険な本のページをめくるアスト。俺はマクスウェルを放置してそっちに飛び掛かっていったのだった。

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