第201話 ラウムへの帰還
なんとかアストを制止させた俺は、マクスウェルに隠れ家を厳重に封印してもらう事にした。
ここを知っているのはアストとマクスウェルだけだが、あの男が勝手にここに乱入しないとも限らない。
俺の秘密のコレクションを持ち帰る事ができない以上、封印してもらうしかない。
それに時間ももはやない。日の出はもうすぐという時間になっている。気を抜けばカクリと首が落ちるほど、眠気が襲ってきていた。
幼い俺の身体では、徹夜と言うのは非常に負担のかかる行為だ。
俺の隠れ家からアストとはその場で別れ、直接宿に帰る事にする。一応カッちゃんを身代わりに置いているとは言え、さすがに心配な面もある。
「じゃあ、俺は抜け出した宿の方が心配だから、先に帰らせてもらう。別に素材はお前ひとりでも持ち帰れるよな?」
「ああ、この程度の量ならば問題ない。完成したらラウムまで届けてやろう。代金もその時でいい」
「いきなり大金払えって言われても困るんだが……」
「その時はマクスウェルにでもツケてもらうさ」
そう言い捨てると、さっさと自宅の洞窟へと転移していった。あの男も、結局よくわからない男だ。
茶目っ気があるようで頑固偏屈。サービス精神が旺盛なようでいて、けち臭い。
なんとも読めない男である。
「さて、それではワシらも戻るとするかの」
「ああ、下手したらマリアやコルティナが覗きに来てるかもしれないからな」
「一応ワシの使い魔を付けておることにしているから、心配はしておらんはずじゃ。現に部屋へに来た様子はない」
「ああ、お前は使い魔と視覚を共有できるんだったか」
あの部屋にいる鳩と視界を共有できるマクスウェルが大丈夫だというのだから、マリアとコルティナはそのまま寝てしまったのだろう。さすがにこの時間まで起きているとは考えにくい。
ライエル辺りが乱入してきそうな気もしないでもなかったが、さすがの奴も女子部屋に飛び込んでくるほど図太くはなかったようだ。
「なら戻るなら今のうちだな。今日はいろいろあったせいで疲れた。今からだと少ししか休めないが、それでも休息が欲しい」
「やれやれ。そういう所はまだまだお子様じゃのう」
「そっちこそ爺さんのくせに徹夜とか、タフすぎるだろう?」
それにマクスウェルは【
これは魔力による体力補助だが、だからと言ってゼロから体力を補うわけではない。
使用した体力の分を魔力で補っているだけなのだ。爺さんの魔力が底なしとは言え、今日は三百人を転送している。
さすがに疲労は存在するはずである。
「なに、お主と違ってワシらはお主の死後も戦い続けておったのだ。あれから更に魔力も伸びておるわ」
「マジかよ。そういやマリアも、あっさり転移の魔法覚えてやがったな」
「あやつの場合は下地もあったからの。覚えるコツも習得しておるのじゃろうて」
「うらやましい限りだ」
こちとら中級の魔法ですら使えない。初級の魔法をようやく習得し終わったかというレベルである。
元々純後衛だったマリアとは、そりゃ下地は違うだろうが、やはり妬ましい思いはある。
そんな感情を振り払うべく、俺はマクスウェルに帰還を促した。
「まあいい、さっさと戻ろう。これでアレクマール剣王国での用事は済ませた」
「まったく、淡白な奴じゃのう」
そう言いながらも魔法陣を展開し、【
軽口を叩きながらだというのに、実に滑らかな発動だ。この辺りはさすがと言う他はない。
翌朝、俺は前日の疲労と気絶騒動による体調不良を言い訳に、行事のほとんどをすっぽかして睡眠を取る事にした。
ただでさえ睡眠を削って訓練したり、休みを削って狩りに出たりしているのだ。
俺の身体は大きな負担が、常に掛かっていると言っていい。
思うにそれが、俺の体力の成長を逆に阻害している可能性だってある。この期間を利用したっぷりと休ませてもらおう。
俺はカッちゃんを抱き枕代わりに、その日一日寝て過ごした。
その日の行事は歴史博物館の見学である。地元の俺にとっては、参加する意味はほとんどない。
行事から帰ってきたクラスメイトたちは、カッちゃんを抱いて眠る俺を見て、くすくす笑っていたそうだが、この際どうでもいい事だろう。
そうして午後の自由時間にレティーナと土産物を買いに行き――俺の場合、フィニアとミシェルちゃんにしか渡す相手がいなかったが――アレクマール剣王国で最後の夜を迎えた。
連日行事で引き回されたせいで、生徒たちの元気は底を尽いている。皆泥のように眠り、帰還する日と相成ったのだった。
この日はマクスウェルが俺たちを送った後、奴だけマタラ合従国や北部三ヵ国連合に飛んで、他学年の生徒を戻しに行かねばならない。
代わりにコルティナが全体の指揮を執る。
無論、教師生活が長く、また軍の指揮を執った事もある彼女だから、問題が起きようはずもない。
校庭に集まった生徒たちに手早く注意事項を伝達し、解散する事になる。
コルティナは旅行の後始末があるため、居残りで作業する事になっている。
旅行に参加できなかったエリオットも合流して、書類を片付けたり、参加できなかった生徒に連絡を取ったりしている。
そういう忙しい一面を見ると、彼女もここで教師として生活しているのだと、妙な得心が行った。
時間で言うとまだ昼前。
俺は、ミシェルちゃんとフィニアにお土産を渡すべく、まっすぐ帰宅していた。
レティーナも母親を安心させるために、一度屋敷に戻らねばならなかったので、俺一人だ……いや、俺とカッちゃんの二人か。
そうしてコルティナの家まで戻ってきたところで、俺は家の前の騒動に気が付いた。
見ると、フィニアが玄関前でミシェルちゃんと激しくやり取りしている。彼女達が口論する場面なんて、珍しい。
しかし、それがケンカとなると、穏やかではない。
俺はできるだけ何気ない風を装いつつ、会話に紛れ込み、仲裁するべく声をかける。
「ただいま。二人ともどうかしたの?」
「あっ、ニコル様! おかえりなさいませ」
「ニコルちゃん、たいへんなの!」
一応侍女の作法として出迎えの挨拶を返すフィニアと、血相を変えてこちらに迫るミシェルちゃん。
その眼は血走っており、尋常じゃない様子が見て取れる。
「ど、どうかしたの? 慌ててるみたいだけど……」
「クラウドくんが……クラウドくんが捕まっちゃったの!」
そして彼女から、これまた尋常じゃない事態を知らされたのであった。
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