第133話 再生
コルティナの自宅に戻り、汗をタオルで拭ってから大人たちの様子を覗きに行く。
死屍累々としたリビングの様子を見ると、どうやら俺の脱走に気付いたものはいないようで、一安心だ。
だがそこで、俺は苦悶の声を聞きつける事になった。
「なんだ?」
発生源を辿ると、それはライエルとマリアから発せられていた。
二人とも顔が異常に赤く、悪夢に悶えるかのように苦しげな表情をしていた。
額に触れてみると、明らかに平熱を超える熱さを感じる。
「お、おい、ライ――パパ!」
俺は慌てて二人を揺り起こすべく、肩を揺らす。病気なら頼りになるのはマリアなのだが、肝心の本人が高熱にうなされている。
これは俺の手には負えないかもしれない。
俺は真っ先に、次に頼れる存在に声をかけた。
「コルティナ、コルティナ!」
「うう~ん……なにぃ?」
水揚げされた魚のような、少しばかり女性としてどうかと思う格好で床に転がっていたコルティナに、俺は矛先を変えた。
彼女は色っぽいようなだらしないような、そんな感じの吐息を吐きつつ、目を覚ました。
どうやら彼女は熱を出していないらしい。
「パパがうなされてる。ママも」
「ライエルとマリアが?」
俺の報告を聞き、コルティナは跳ね起きた。
夕食時に怪しい薬を飲ませたのは、彼女も記憶しているようだ。
すぐさまライエル達の様子を診た後、マクスウェルを起こしにかかる。
「マクスウェル、起きて! マリアたちの様子がおかしいの」
「うんぁ? マリアの?」
ヒゲを涎で汚しながらソファの上で横になっていたマクスウェルは、ふらつく足でちらりと二人を眺めやると、納得したようにヒゲをしごいた。
「これは仕方ない事じゃよ。寿命を延ばすために身体を作り変えておる最中なんじゃ」
「そうなの?」
マクスウェルの説明に心配気に首を傾げるコルティナ。その仕草は可愛いのだが、事態はそれどころではない。
正直二人の発熱は、シャレにならない体温になっている。
「普通なら命にかかわる高さじゃろうが、この二人なら問題ないじゃろ。心配なら
「そんなのでいいの?」
「無論、ダメじゃ。せいぜい気休めじゃな」
「ダメじゃない!」
無責任な発言をするマクスウェルの襟首を、コルティナが締め上げる。
だがマクスウェルは気にした封もなく続きを述べた。
「ほんの一時間程度の気休めにはなるんじゃよ。それを繰り返せば、朝までには身体が慣れるじゃろうて」
「本当にそんなので大丈夫なの……?」
「ワシの
マクスウェルの言葉に、コルティナはキュアの魔法を二人に掛け始めた。
このキュアの魔法は病気や解毒に使われる魔法で、比較的簡単な部類の魔法なので、コルティナも使用できる。
無論、マクスウェルの方が効果は高いのだが、奴はその気は無さそうだ。
こうして俺はコルティナと一緒に、朝までライエル達の看病をすることになったのだ。
翌朝。
ぶっちゃけると、俺が看病に起きている必要性は全くなかったのだが、それでも心配な物は心配である。
結局コルティナと朝方まで看病に奔走し、キュアを唱え続ける彼女に水を運んだり、マリアの汗を拭いたりとしている内に夜が明けた。
いつの間にか寝入ってしまったのか、俺はマリアにもたれかかるようにして意識を失っていた。
見るとコルティナも似たような状況にある。
ガドルスとマクスウェルはまだ目を覚ましていない。
だが、ライエルの姿が見当たらなかった。
昨日の様子では、まだ立ち上がれるような状態じゃないと思うのだが……どこへ行ったのだ?
俺は身体を起こしてライエルの姿を探す。
フィニアは部屋で寝ているので、昨夜の騒動は知らないはずだ。彼女の力は必要な状況じゃなかったので、知らせてすらいない。
何か大事があったのなら、姿を消すはずがないので、おそらくは体調を持ち直したのだろうとは推測できる。
顔を洗いに行くついでに洗面所に向かい、そこで風を切る音を耳にした。
轟っと、風を切るというより空間を破砕するかのような重く鋭い音。
俺は洗面所脇の裏口から外を見てみると、そこには上半身裸で剣を振るライエルの姿があった。
すでに四十を遥かに超えているにもかかわらず、その均整の取れた肉体は衰えを見せない。
いや、やはり衰えは存在している。それでも『若いころに比べれば』というだけの話で、今でも彫像のモデルになれるほどの肉体美を誇っている。
その肉体が躍動し、剣を振りおろし、そして振り上げる。
そのたびに地面を踏みしめる音が響き、剣風で土煙が舞い上がった。
それを見て俺は違和感を覚えた。昨日までのライエルはこれほどの剣圧を放てただろうか、と。
これは衰えどころの話ではない。以前よりよほど威力を増している。
何があったのか……と問われるまでもない。昨夜の薬の影響だろう。
若き日の勢いと、歳を経た熟練。二つが見事に調和した剣舞が、そこにあった。
俺はライエルの剣舞を見て思い知る。あれこそが剣の極致だと。
自分には到達できなかった極みなのだと。
口惜しさと同時に、見事だと称賛せざるを得ない。
美しいとさえ思える剣舞に、俺は思わず見惚れてしまった。
歯ブラシをくわえたまま、呆然とした様相でただただ見つめ続ける。
「……かっこいい」
「んー、やっぱそう思う? ニコルちゃんってパパっ子よね?」
「ブホゥ!?」
いつの間にか俺の背後にコルティナがやってきていた。
悔しいかな、見惚れてしまったせいで彼女の接近に気付かなかったようだ。
ニヤニヤした笑顔を浮かべているコルティナは、実に……嫌らしく感じる。
「まあ、ああやって剣を振っている時のライエルは悪くはないわよね」
「えー……」
ちょっと待て、お前は俺に惚れてたんじゃないのか?
俺は思わずそうツッコミを入れそうになったが、かろうじて飲み込んだ。
「あ、もちろん私の一番は違う人だけどね? ほら、やっぱ親友のダンナだから悪く言えないし?」
「あ、そう?」
慌ててフォローするコルティナに、俺は半眼で答えておく。
とにかく歯ブラシを動かして歯を磨いて、見惚れていたことはごまかしておく。
「お、ニコルも久しぶりに剣を振りに来たのか?」
「違うし」
「喜びなさい。さっき『かっこいい』って言ってたわよ」
「本当か!?」
こちらに気付いたライエルが、型を止めて声をかけてきた。
俺に見られて、そこはかとなくドヤ顔をしているのが腹立たしい。しかもそれに見惚れてしまい、あまつさえ……いや、これ以上はよそう。
ライエルは俺に一刀両断されてしょんぼりとした表情をして見せたが、コルティナの裏切りで喜色満面と変化する。
俺はことさらそっけなく、切って捨てた。
「まあ、一般的に? わたしはコルティナの方がカッコいいと思うし?」
「おおぅ、ニコルは相変わらずクールだなぁ」
俺にツレない態度を取られ、がっくりと膝をつくライエル。
だがその裸の上半身から見える肌の張りは、それまでの衰えたそれとはまったく違う。
どうやらあの薬の効果は本当にあったようだ。
「遅ればせながらおはよう、調子はどう?」
「ああ、すこぶるいい。いや、よすぎるくらいだ」
ライエルはそう答えて腕を振り回し、調子の良さをアピールする。
その動きにすら、キレがあった。
あの白い神様には、本当に感謝しないといけないかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます