第134話 偽装工作

 日曜。

 もちろん学院も休日であり、コルティナもこの日は多少手が空いている。

 教員であるコルティナは休日であっても仕事がある事も多いため、こういう手隙の日は意外と貴重だった。

 俺はこの日、幼女の特性を利用して――誠に遺憾ではあったが、上目使いなどをフル活用してしまった――とにかく、これらを最大限利用して、コルティナをショッピングに連れ出していた。


 日頃学院にいるか、クラブ活動で音楽を弾くか、鍛錬と称して近くの森に狩りに出るしかしない俺が、『ショッピング』などという女の子っぽい事を言い出したので、コルティナは最初大いにいぶかしんだ。

 しかし俺の類稀たぐいまれな演技力によって――いや、すっごい棒読みだったと自分でも思うが――珍しい俺のおねだりとあって、コルティナも最後には根負けして、今回のお出かけとなったのだ。


「うふふ、この服とか可愛いんじゃない? フィニアも連れてきてあげればよかったわねぇ」

「お留守番は大事」

「ウチに入る泥棒なんていないわよ。私だけでなく、マクスウェルまで敵に回すんだから!」


 早速俺を服飾店に連れ込んで、着せ替え人形にしようとくわだてるコルティナ。

 俺は服装には非常に無頓着なので、着飾る機会というのはほとんどない。この機を逃すものかという、謎の気迫が感じられた。


 だが今回、俺が彼女を連れだしたのは理由がある。

 コルティナにレイドの姿を見せつける事が目的なのだ。

 マクスウェルの推測によると、コルティナも現状に疑問を持ち始めるのは時間の問題。

 その疑惑が俺に向く前に、俺とレイドを同時に見る事で俺がレイドとは別人と思い込ませる必要があった。

 そこで俺は、変装に使える幻影の指輪をマクスウェルに預け、こうして外に出てきたのだ。


「コルティナ、その服だと動きにくい」

「いいじゃない、動かなくても!」

「そう言うわけには……」


 あくまで俺の希望は前衛戦士。神話に出るような剣を振り盾を構える重戦士は無理でも、敵前に雄々しく立ち塞がる戦士の夢は捨てていない。

 ひらひら、キラキラした服では、さすがにイメージから遠ざかり過ぎる。それは子供向け寓話に出てくる魔法使いの少女の姿だ。

 それとマクスウェルとの待ち合わせの時間は、もう少し先だ。

 これは早めに出ておくことで、偶然を装いやすいというマクスウェルの意見である。

 つまり、あと二時間ばかり、コルティナと街中をうろつかねばならない。


「今日はお昼も外でたべるんでしょ? そんな服着てたら食べられないよ」

「むむ、確かに汚しちゃうのはもったいないわね。じゃあ着て帰るのは諦めましょ。でも買っちゃうけど!」

「え、買うの?」

「そりゃ、私だけ楽しんだらフィニアが可哀想じゃない? おウチに帰ってからファッションショーよ」

「うえぇ、勘弁して」


 こうして俺は二時間たっぷりとコルティナに引きずり回される事になった。

 自分で画策していたこととは言え、非常に精神が削られる時間であった。




 服飾店で散々着せ替え人形にされ、さらに帽子や靴、カバンに到るまでコーディネートされて疲労困憊した俺だが、ようやく待ち合わせの時間がやってきた。

 これが自業自得という奴か……?


 昼食をテラスで取るまでは予想できない動きだが、ここから食休めとして休憩するために公園に行くことは既定路線だ。

 ラウムの首都は公園自体があまりない。街全体が森に覆われた森王国なので、公園の存在意義があまりないせいだ。

 自然に囲まれたければ、少し街を出れば無駄に広大な大自然が待ち受けている。

 なので市街に公園を設置することはほどんどない。せいぜい大通りの途中にある噴水広場で充分である。


 だが、あくまでほとんどであって、皆無でもない。街の外はあまりにも大自然過ぎて、野生動物もいる。

 自然の中でリラックスするという行為はできない。そこで街中に屋外でリラックスするための広場というのはいくつか存在している。

 その公園と呼んでいい広場は、コルティナの家の近場では一カ所だけ存在していた。

 休息をとるなら、必ずここに足を運ぶことになるはずだ。


「と、マクスウェルが言っていたのだった」

「ん、どうかした?」

「なんでもない」


 コルティナに手を引かれながら、俺達は公園の散歩道を歩いていた。

 気温が上がってきているので、木陰の風が心地いい。

 周囲には俺達の他にも数名散策を楽しんでいる住民の姿もあった。


 ここで強盗等の犯罪を雇いの冒険者に行わせ、それをレイドの幻影を被ったマクスウェルが倒すというのが筋書きだ。

 無論俺である事を証明せねばならないので、糸を使った攻撃を行わねばならないのだが、それは俺がこっそりと遠隔で行えばいい。

 それをコルティナの目から隠す程度の技量は、持っているつもりである。


 南の入り口から入って、北西に向かう散策路をコルティナと進む。

 やがて茂みに潜む気配を二つ、察知した。

 そろそろ仕掛けてくるか――俺がそう感じ取った直後、コルティナが俺の手を強く引いていた。


「ニコルちゃん、向こうに行こうか?」

「へ? え?」

「うん、なんだかそっちに行きたい気分でさ」

「え、えっと……え?」


 待て、仕掛けがもうすぐなのに、なぜいきなり方向を変える?

 そこまで考えてから俺は思いついた。待ち伏せや罠はコルティナの得意分野だ。それは逆に言えば、どこに罠が仕掛けられているか、想像しやすいという意味でもある。

 つまり……待ち伏せが彼女に察知された可能性が高い。


「なんで、まっすぐ行ってもいいんじゃ?」

「んー、ちょっとねー」


 俺がわざとらしく聞き返すと、言葉を濁して明言を避ける。

 どうやら本当に敵を察知していたらしい。

 だがここで逆に追及するのも憚られた。俺の索敵能力の高さはコルティナも知るところである。

 その俺が敵の接近を察知できなかったというのは、あまりにも不自然。

 コルティナに悟られぬように糸を伸ばし、潜んでいる冒険者に声を伝える。


『待ち伏せを悟られたから、南西方面の散歩道に移動して』


 唐突に聞こえてきた俺の声に、隠れている連中がビクリと身体を強張らせる気配が伝わってきた。

 それを聞いて迅速に行動を起こしたのは、二つの気配のうち片方。おそらくはこれがマクスウェルなのだろう。


 そうして方向を変換し、南西の散歩道に合流する場所で、俺達の前に男が一人立ち塞がった。

 どうやら強盗役がようやく追いついてきたらしい。唐突に姿を現したのは、待ち伏せを察知されるのだから、この判断は悪くない。

 だが待ち伏せ場所から全力疾走してきたのか、ハァハァと息を切らせているところが憐憫を誘う。

 とにかく、この状況から『俺とレイドを同時に存在する場面』を演出しないといけない。

 ここからが正念場だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る