第135話 アリバイ

 突然目の前に立ちふさがった男に、コルティナが俺を背後にかばう。

 杖は持っていないが、いつでも魔法を放てる体勢を取っていた。この辺はさすが一流の術者と言える。


「何か御用かしら?」

「お、お前ら……ハァハァ、命が惜しくば、ハフハフ、有り金……ゲホッゲホッゴホッ!」

「どうも体調がよくないようね。入り口で衛士を呼んでおいてあげるわ」

「ふざ……けるな! 命が惜しけりゃ有り金全部おいてけ!」

「え、じゃあその息の荒さは興奮してるから? やだ、ヘンタイ」

「うるせぇよぉ!?」


 いやコルティナ、そいつが息を切らしているのはお前のせいだ。

 というか、襲撃を察知していたのだから知っているだろうに……いいようにからかわれる冒険者が、少し可哀想になってきた。

 雇われてサクラをやらされ、襲撃を察知されて引きずり回され、コルティナにからかわれているのだから、一般的な報酬では足りないだろう。


 男は剣を抜いてコルティナを威嚇する。

 見たところ、この男ではコルティナには敵いそうにないが、それは別に構わない。

 危険を演出し、そこをレイドが登場して救えばそれでいい。

 その場に俺が一緒にいれば、俺とレイドが別人であるという証明になるからだ。


 実力差はコルティナも見抜いているのか、対応に余裕がある。

 早くマクスウェルが来てくれないと、先にコルティナが始末をつけてしまいそうだ。


「どうした、さっさと――うわぁ!?」


 男が一歩こちらに踏み出したところで、俺は強盗役を縛り上げ、脇の木の枝に逆さ吊りにした。

 まだマクスウェルは来ていないが、これ以上男に近付かれるとコルティナの方が先に男を仕留めかねない。

 それにこの男はあくまで雇われただけなので、コルティナの攻撃を受けると死んでしまう可能性もある。

 それはさすがに不憫すぎる。


「これは――まさか、レイド!?」


 コルティナはそう叫び、周囲に視線を巡らせる。

 すると遠くの木の陰に細身の男の姿を見つける事ができた。どうやらマクスウェルが間に合ったようだ。

 だが木に片手をついて、ぜーはー息を切らせているのがどうにも格好が悪い。

 老骨を走らせてスマンかった。


 マクスウェルは吊り下げられた男を見て、軽く手を振って見せる。

 俺はその動きに合わせて、糸を男の口に巻き付け、猿轡さるぐつわをして見せた。この糸の動きを素人が見切ることは不可能だ。


「この技、やっぱり……」


 コルティナは感極まった声を上げて、一歩マクスウェル――レイドの方に踏み出した。

 だがそのまま行かせては、今の俺の印象が薄くなってしまう。

 ここで俺は、コルティナの袖を強く引く。こうすれば俺の存在を印象付ける事ができる。


「あ、ニコルちゃん……えっと、彼は私の古い知り合いなのよ。あなたも知っているでしょう? あれが仲間だったレイドよ」

「ふぅん」


 俺がレイドを警戒していると思ったのか、コルティナは丁寧に説明してくれる。

 その隙を突いて、レイド――マクスウェルは華麗に一礼して見せた。

 それはまるで、姫君に臣下の礼を取る騎士のように。


 再び顔を上げたレイドは、コルティナに愛嬌のあるウィンクを送って見せる。 

 コルティナはその姿を見て、顔を赤くして立ち尽くしていた。

 おい待て、俺はそんなキザな仕草はしないぞ?


 しかもそのまま生前愛用していた黒い外套を翻して、大きく跳躍する。

 マクスウェルは木の枝よりも遥かに高く跳躍し、木々の向こうに消えていった。

 無論マクスウェルにも、生前の俺にも、そんな跳躍力はない。だが糸を使えば俺はその程度の動きはできていた。

 そしてマクスウェルも、魔法を使えば空を飛ぶくらいの真似はできる。

 逆に言えば半端な能力の物では、そういう動きをする事ができない。これはこれで、俺という証明に役立つと思っての事だろう。


 しかし、なぜわざわざ外套を大きく振り拡げるのか。

 なぜ貴族的な一礼をし、あまつさえウィンクまでして見せたのか。

 まるで女ったらしの仕草じゃないか。それは俺らしくないぞ、マクスウェル!


「――あ」


 コルティナはその俺の姿を追って、小さく声を漏らした。

 俺が今、彼女と接触する事ができないことは、以前の時にも知らせてある。

 その辺の事情は彼女もんでくれるはず。


「まだ、その時じゃないって言うつもり……?」

「どうしたの? それよりあの人、どうしよう?」


 ここであまり深く考えられては、コルティナに芝居を悟られる可能性がある。

 彼女の意識を逸らすべく、俺はわざと声をかけて別の問題を彼女に提示した。


「あ、そうね。とりあえず衛視に捕縛してもらいましょうか。レイドの奴ががっつり拘束してくれているから、身動き取れないでしょうし」


 コルティナはそう言って男に視線を向ける。


「ニコルちゃん。悪いけど入口のところまで一走りして、警備員を読んできてくれる?」

「うん、わかった」


 俺はコルティナの指示に従い、全力で門のそばにしつらえられた、警備員の待機所に向かって走り出した。

 速く行かないとコルティナの尋問スキルが炸裂して、冒険者の男が口を割ってしまう可能性もあったからだ。

 そこまで想定して、俺は猿轡を嵌めていたのだ。


 男もこの後、マクスウェルの力によって保釈される事は知っている。罪に問われる事すらないだろう。

 事実その通り、この男は後に解放される事になる。

 俺とレイドの姿を同時に見た事で、コルティナの疑念が俺に向く事もなくなった。

 とりあえずマクスウェルの協力で、俺は彼女の疑念を逸らすことに成功したのだった。

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