第251話 お前が姉になるんだよぉ!

 マリアが妊娠している。その事実に俺は呆気に取られて言葉を失っていた。

 いや、俺だけではない。フィニアもコルティナも、ライエルですら呆然としていた。


「最近パパが頑張ってくれたのよ。ようやくニコルに弟か妹ができるわね」

「いや、その……本当に?」

「ライエル、なんであなたが半信半疑なのよ?」

「いや、だって……」

「まさか、心当たりがないとかいうつもりじゃないでしょうね」

「いや、それは有りまくりなんだが……ほら、最近身体の調子が良すぎて」


 ライエルの言葉にマリアが頬を抑えて身をくねらせている。この様子だと、心当たりがあるのは本当なのだろう。

 とりあえず爆発しやがれ。


「良かったわね、ニコル。お姉ちゃんになるのよ!」

「え、うん……うん? ええっ!?」


 ようやく事実を認識し、俺は驚愕の声を上げた。

 フィニアやコルティナも次々と正気を取り戻していく。


「おめでとう、マリア! 二人目はずいぶんと待たせてくれたじゃない」

「おめでとうございます、マリア様、ライエル様、それにニコル様も! 良いお姉様にならないといけませんね」

「え、うん。ありがとう?」


 フィニアは俺に対しても祝福を述べてくれたが、実感など沸くはずもない。

 しかも、俺が姉……?


「ど、どどど、どうしよう、フィニア! わたしがお姉ちゃんになっちゃうぅぅぅ!?」


 男に戻るのが目的の俺としては、お兄ちゃんになるのが理想だ。前世は孤児院育ちでもあるわけだし、家族が増えるのは純粋にうれしい。

 だが現在の俺は、理想には遥かに届いていない未熟者だ。

 狼狽する俺を、フィニアがやさしく抱き留めた。


「大丈夫ですよ。ニコル様なら素敵なお姉様になれますよ!」

「ちがう、そうじゃない」

「私には見えます。美しく成長なされたニコル様と、愛らしい妹様の姿が!」

「いや、弟かもしれないし」

「ぜーったい、妹ですよ! 美少女姉妹にお仕えできるなんて、私はなんて幸せなんでしょう!」

「落ちつけ、フィニア。きっとあなたは動揺している」


 珍しく拳を握り締めて力説するフィニアに、俺は思わず素でツッコミを入れていた。

 そんな俺たちを、穏やかな表情で見ているマリア。いや、見ているだけじゃなく鎮静サニティをかけてやれよ。


「フィニア、もし弟でも可愛がってあげてね?」

「もちろんです! ニコル様のご兄弟となれば、私の兄弟も同然。いえ、私ごときではおこがましいとは思いますが……誠心誠意お仕えさせていただきます。上から下の世話までしっかりと教育させていただきますとも!」

「そこまでする必要はないけど。でも、フィニアがしっかりしてくれているから、私も頼りにしているわ」

「マリアの二人目かぁ。お祝いしないといけないわねぇ」

「ニコルの時は十年も掛かったのに……いや、今回も十年掛かったと言えば掛かったわけだが……薬を飲んでからだともっと短いし」

「往生際が悪いわよ、ライエル。男だったら責任取りなさいな」

「今以上に責任の取りようがないんだが?」


 それにしても、弟か妹ができるのか……そうなるとその子には姉がいるのか兄がいるのか、よくわからない状況になるんじゃないか?

 変化ポリモルフの魔法を覚えて毎日男の格好になっていたら、その子が混乱するのではなかろうか。


「にしても……兄弟かぁ」


 今の状況でも、ミシェルちゃんやレティーナ、クラウドなど、手のかかる弟妹がいるような状況である。

 問題はミシェルちゃんもレティーナも、俺を妹のように思っていることだ。確かに俺は手がかかることは否定できないが、いくらなんでも十歳児に年下扱いされるのは不本意だ。

 ここはしっかりと姉振りを発揮して、俺の立場を見直させねばなるまい。


「うん、しっかりしなくちゃ」

「あらあら、もうお姉さんの自覚ができたのかしら」


 俺の言葉にマリアがおかしそうに茶化してくる。

 だが心配ばかりかけてきた俺としては、ここいらで安心させることをしておきたいのだ。

 次に生まれてくる兄弟が成長する頃には、俺は家を出なければならなくなる。

 その時、不安を抱えさせたまま家を出るのも、マリアたちに心配をかけてしまう。

 だからこそ、しっかりした姉を演じ――いや、演じるのとは違うか――しっかり者の姉の印象を植え付けておかねばなるまい。


「もちろん。もう誰にも心配させないようにする!」

「じゃあ、冒険者はやめてくれるかしら? ニコルがどこで倒れるかと、毎日心配なのよね」

「そ、それはそれ、これはこれということで……」


 マクスウェルの直弟子になることはもちろんだが、実戦の経験を積むということも重要な訓練である。

 そういった経験を積むことで、魔術の腕も上昇していく。変化ポリモルフを習得するためには、必要不可欠な訓練なのである。


「わたし、マクスウェルに報告してくる」

「もう遅いわよ。明日にしたら?」


 すでに日は暮れており、街路は闇に包まれている。

 人攫いの一味はすでに駆逐されており、クレイン一派も掃討されているが、それでも小悪党がいなくなったとは断言できない。

 マリアはそれを危惧して俺に忠告したのだ。もっとも今の俺にかなう存在など、そうそういるものではない。


「じゃあ、ミシェルちゃんと一緒に行く」

「む、それなら、まぁ……いいかしら?」

「いいんじゃないかな? あの子の弓の腕も常識外れだし」


 住民であるコルティナの許可が下りたことで、マリアも納得してくれた。

 本当のところを言うと、マクスウェルにライエルたちの状況を報告し、徴税証明書を持ち出すタイミングについて相談したかったのだが、ミシェルちゃんならば一緒にいても話をしやすい。

 上手く誘導して部屋の外に待機させ、その間に話を済ませてしまえばよい。マリアの妊娠に関しての話題もあるので、疑われる危険性は少ないだろう。


「それじゃいってくる!」

「いってらっしゃい。ニコルってば、浮かれちゃって」

「ああいうところを見てると、ほんとまだ子供で可愛いのにね」

「何を言う、ニコルはいつだっては超可愛いぞ! 俺の天使だからな」

「あなたは黙ってて」

「はい」


 背後で聞こえてきた会話を聞いて、つくづく思った。

 たとえ六英雄と言えど、女性には決して敵わないのだ、と。

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