第250話 爆弾

 その後も、クラウドに立ち合いを求める冒険者がひっきりなしに訪れていた。

 だが彼もケイルとの激戦で疲労困憊していた。さすがに続投は治癒術師によって止められている。

 そのケイルはというと、どうやら冒険者ギルドのラウム支部長に引っ立てられ、訓練場の無断使用について問い詰められているらしい。

 訓練に使用するだけならともかく、勝敗の賭けが行われていたことが問題になったようだ。

 賭け事も訓練場の使用も、それぞれ個別ならば、何の問題もない。問題になったのは双方を同時に行ったことである。

 これにより、ギルドの施設を利用して無断で商売したという解釈が成り立ってしまいかねないからだ。


 ミシェルちゃんが観客席から訓練場に飛び込み、クラウドの元へ駆け出していた。

 彼女はどうも、前回腕を斬り落とされた場面を見ているので、少し過保護になっているようだった。


「クラウドくん、大丈夫だった?」

「お、おう……少し頭がフラフラするけど」

「たいへん、早く横にならないと」

「いや、これくらいなら大丈夫だって」


 甲斐甲斐しく世話を焼くミシェルちゃんは,正直言ってかなり微笑ましい。

 しかし、その相手がクラウドということが、妙に納得がいかない。

 少しばかり意地悪をしたくなる心境にならないでもないが、俺もそこまで子供じゃない。ここは善戦に免じて、許してやろうじゃないか。


「フィニア、わたしもクラウドのところへ」

「わかりました。失礼いたします」


 フィニアはそういうと俺を横抱きに抱き上げ、訓練場内に踏み込んでいく。

 その俺の姿を見て、観客たちが再びざわめきだした。


「ニコルたんがお姫様抱っこだと……」

「どうも足腰が立たないらしいぞ」

「腰が抜けるほど……なにをしたんだ?」

「そりゃ、ナニじゃないか?」

「いくらなんでも幼すぎるだろう。相手は誰だよ」

「そんなの、一人しかいないじゃないか。年齢的にも無理はないサイズだろうし」

「やはり奴は殺すしかないな」


 観客から漏れ聞こえてくる言葉に、どうもあらぬ疑いをかけられていると悟る。

 放置しておくと、俺の風評に深刻な被害を及ぼしそうだ。


「クラウド、大丈夫?」

「それはこっちのセリフだよ。どうしたんだ?」

「ちょっと貧血気味でね。わたしにはよくあること」

「そういえば昔っからよく寝込んでたっけ」


 ことさら貧血を強調して、わざと周囲に聞こえるように話した。これで俺の容体が知れ渡ったはず。


「貧血だってよ。よかったじゃないか」

「待て、これはコルティナの罠かもしれない。まずはなぜ貧血になったかの原因を究明しないと」

「そりゃ、血が足りないってことは、その分出したってことだよな?」

「つまり、ニコルたんは生理!」

「いや、破瓜の出血かもしれない」

「やはりクラウドは殺そう」

「ダメだ、こいつら!?」


 何を言ってもエロ方面に話を繋げやがる。思考がそっち方面に染まっている証拠だろう。

 この状態の連中に何を言っても逆効果である。顔を覚えておいて、後でライエルにセクハラされたと報告しておこう。

 きっと待望の『六英雄の特訓』を体験できるはずだ。その後の生死については、俺は関知しない。





 その夜、ライエルとマリアは渋い表情で食卓に着いていた。

 彼らはジーズ連邦に足を延ばし、クレインの痕跡を追っていたのだ。

 だがその痕跡は郊外の屋敷で途切れてしまう。前日、謎の隕石がピンポイントに落下して屋敷のある岬ごと消し飛んでしまったのだ。

 クレインの生死は不明だが、状況からして生存は絶望的。目的の一つである徴税証明書の行方はわからないままに終わってしまった。


 もちろん俺もその行方は知っている。今はマクスウェルが保管してくれているはずだ。

 折を見て、奴が別の場所に隠していたことにして発見したと言いだす手はずである。

 後は素知らぬ顔でそれをドノバンに返却すれば、一件落着となるはずだ。

 もちろん、その状況に関してはライエルたちは知らないので、深刻になる気持ちもわかる。


「クレインが死亡したんじゃ、徴税証明書も一緒に燃えたかもしれん……」

「隕石が落ちるなんて、だれも予想できないわよ。マクスウェルなら落とせるかもしれないけど」

「というか何度か目にしてるわね。でも、目的のものが失われるような暴挙に、彼が出るとは思えないのだけど。それより、無くなってしまったものは仕方ないとして、この後、どうするかが問題ね。私たちが口添えして再発行してもらえばいいかしら? それならドノバンくんの悪評にはならないでしょうし」


 ライエル、コルティナ、マリアが相次いで事件の内容を口にしている。第三者であるフィニアや俺の前で話さざるを得ないくらい、切羽詰まっているということだろう。

 そのフィニアは、その雰囲気の悪さを察したのか、少し冷や汗のようなものを流しながら一歩引いて控えていた。


「まあ、失ったのはマクスウェルの魔法のせいってことにしておけば、問題はないでしょう。厄介ごとを持ち込んだのはドノバンくんだけど、クレインみたいなのを放置しておいたのはマクスウェルなんだから、ここは泥をかぶってもらいましょう」

「確かにあいつが原因なら、多少の失態は揉み消せるか」

「本来なら権力者に借りを作るのは良くないんだけど……この際贅沢は言ってられないわね」

「落ちた隕石はマクスウェルの仕業で、その余波で燃えたことにしちゃいましょう」


 コルティナがまとめに入っているが、実際にマクスウェルの仕業だから俺としては笑えない。なぜこいつはいつも、真実の一歩手前まで詰め寄ってくるのか。

 エリオットの騒動の時もそうだったが、彼女の推測は限りなくきわどいところを通りながら、微妙に外れているので反応に困る。

 そこで話はここで終わりとばかりに、マリアがパンと手を叩く。


「それじゃ、難しい話はここまでにしましょ。今さらだけど、ニコルもいるのに悪巧みは教育によくないわ」

「それならマクスウェルに預けていること自体、悪影響の塊のような気がしないでもないが……」

「せっかくの食事時なんだから、もっと楽しい話をしなきゃ」


 にこにこ、にこにこ。

 まるでとっておきのプレゼントを披露する直前のようなマリアの様子。

 そして彼女はとっておきの爆弾を披露して見せたのだった。


「あのね、ニコル。ママね、赤ちゃんができたのよ?」

「ほわっつ?」


 マリアの爆弾発言に、俺はぽかんと口を開いて聞き返すしかなかったのだ。

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