第249話 奮戦
俺はミシェルちゃんの肩を借りながら、冒険者ギルドに向かうことにした。
いつもの冒険者としての服装に着替え、フィニアとミシェルちゃんの肩を借りながらギルドに向かうため、いつもより時間がかかってしまったが、これでも大急ぎで準備したのだ。
コルティナも興味深そうにしていたのだが、彼女には教師という職業がある。昨日は仕方ない事情があったとはいえ、さすがに連日となると問題が出てくるのだろう。
マリアとライエルはマクスウェルの屋敷に向かっていた。
二人も面白そうに事情を聞いていたのだが、彼らとしてはクレインの始末の方が優先順位が高い。もちろんその始末は、俺とマクスウェルで昨夜のうちに付けている。
彼らがジーズ連邦に向かったところで、すでに事は終わっている。無駄足を踏ませることになってしまうが、そこは俺の事情ということで我慢してもらう。
生まれたての小鹿のような足取りで、どうにかギルドまで到着したが、すでに勝負の舞台は地下の訓練場へと移動していたようだ。
いつもの受付のお姉さんも、面白い見世物を見逃したという反応をしていたので、それほど危険はないはずである。
実際、俺が駆け付ける必要もなさそうなのだが、この手合わせの段取りをつけたのは俺だ。その本人が欠席というのも締まらない話なので、ここは半ば意地になっていると言っていい。
ギルドの地下訓練場への階段を下りると、すでに手合わせは始まっていたのか、観客たちが歓声を上げて楽しんでいた。
「行け、ケイル! ハーレム野郎をぶっ飛ばせ!」
「鬼畜クラウドからニコルたんを取り戻せ!」
「俺ミシェルちゃん派なので……あ、一緒か。ぶっとばせ!」
「あ、俺はレティーナ様派でござる。踏んでください」
「全員クラウドのお手付きじゃねぇか。やはり殺そう」
応援と言っても、ケイルが九割、クラウドが一割という状況だ。やはり半魔人の不人気は根強い。
「あ、もう始まってる!」
ミシェルちゃんが訓練場を指差すと、そこにはケイルの攻撃を凌ぐクラウドの姿が存在した。
ケイルはかなり手を抜いている様子だったが、それでも五階位の攻撃を持ちこたえるクラウドの成長は著しい。
「なんだか、いい勝負になってない?」
「でも相手は五階位なんだよ? クラウドくんが大怪我しちゃう」
「平気だよ。ここはギルドなんだから、治癒術師も常駐しているし」
「あ。そっか」
一応ギルド内での殺生沙汰は厳禁である。いくらクラウドが半魔人だからと言って、ギルドの訓練場で大怪我をさせれば、それはギルドの沽券に係わる。
それにこの状況は俺が設定したものだから、遺恨を残せば俺――すなわちライエルやマリアにも悪感情を持たれる可能性がある。
なので、やりすぎるということはないはず……だと思いたい。
応援の状況を見ると、さすがに楽観はできないかもしれないが。
「でも苦戦はしてるみたいだし、応援してあげれば励みになるかもね?」
「そだね! クラウドくん、がんばれぇ! ほら、フィニアさんもニコルちゃんも応援しないと」
「そ、そうですね。えと、ガンバレ、クラウドくん!」
日頃控えめな声量でしか話さないフィニアが、精一杯声を張り上げてクラウドを応援しはじめた。
正直言うと、俺はその光景を見て、胸がもやもやするをの感じた。フィニアは俺の侍女であり……いや、実際はそうではないのだが、なんというか、独占欲を刺激されたのだ。
「むぅ……?」
「ニコルちゃんも、クラウドくんを応援しないと」
「いや、でも……どっちかというと、ケイルを応援したくなっちゃった?」
「もう、こんな時にまで意地っ張りを発動しないで!」
「え、わたしってそういう認識なの?」
確かに俺は、意固地な面があるのは否定できないが、別にクラウド贔屓というわけではないのだが……
まあ、確かにクラウドは俺の弟子でもある。それがポッと出の冒険者に負けるというのは、いい気がしないのも事実。
「仕方ないなぁ。くらうど、がんばれー」
やや棒読みの俺の声援、その声を受けてなぜか会場がヒートアップした。
「ニコルたんの応援……クラウド許すまじぃぃぃぃぃ!」
「フィニアちゃんまでクラウドを! やはり奴は鬼畜生に違いない!」
「仕留めろケイル、俺が許す。支部長の権限で」
「いたのかよ、支部長!?」
なんだか物騒なことを言っているが、あくまで冗談だろう。それにしても支部長にまで目を付けられているとは、やはりライエルの弟子というインパクトは大きいようだ。
そうこう言っているうちに、クラウドの剣が跳ね飛ばされ、武器を失ってしまった。
しかし彼はそこで諦めず、盾を構えて突撃を敢行した。
「な、にぃ!?」
勝負は着いたと油断していたケイルの、意表を突く攻撃。
クラウドの目論見通り、ケイルは盾に押し倒され、二人そろって地面に転がった。
両者が組み合ったまま地面を転がりまわる。これは上に乗った方が有利なマウントポジションを争うための動きだ。
「往生際が悪いな、五階位なんだから後輩に花を持たせろよ!」
「五階位だから負けられねぇんだよ! 燃え上がれ、封印されし黒き炎――
ケイルはなにか病気のような叫びをあげているが、驚いたことにその叫びに呼応するかのように右腕が
そして容赦なくクラウドに殴りかかっていく。その光景にミシェルちゃんは驚愕の声を上げる。
「わ、なにあの腕!?」
「たぶん、火系魔術の
しかも炎ということで
ダメージ増加量は俺の
しかし、その炎をアレンジしてわざわざ黒く染めるというのが、意味がわからない。ケイルなりのこだわりなのだろうか?
だが、その意表を突く魔法はクラウドの動きを止めるのには充分な効果を発揮した。
正面から殴り飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がって気を失っていた。
「フッ、俺にこの切り札を出させるとは、新人にしてはなかなかやるじゃねぇか。褒めてやるぜ」
何かキザったらしいポーズを決めて、腕を一振りして魔法を解除するケイル。自分の魔法を解除するのは魔力を停止させるだけでいいので、そのポーズは必要ないはずだ。
常駐の治癒術師がクラウドの様子を見に駆け寄っていくのが見える。今度こそ決着は完全についていた。
「何カッコつけてんだ、ケイル! ただの
「新人ごときを倒していい気になってんじゃねぇぞ!」
「クラウドがやられたようだな……」
「奴は四天王の中でも最弱」
「ケイルごときにやられるとは、ラウム冒険者の恥さらしめ。ところで訓練場の私的利用について、罰金の話があるのだが?」
「そりゃねぇよ、支部長!?」
観客は付いた決着に好き放題ヤジを飛ばしていた。そこに悪意はあまり感じられない。
先ほどまでのクラウドへの反発を見ると、もっとひどい言葉が飛ぶかもと思ったのだが、杞憂だったようだ。
こうやって見ると、クラウドもラウムの冒険者たちにゆっくりと認められているようだった。
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