第248話 朝の不調
マクスウェルに
今回俺の部屋に忍び込んだことで、次からは
俺に変装していたカッちゃんを回収し、もそもそと布団に潜り込んだら、すぐに瞼が下りてくる。やはり想像以上に疲労していたようだった。
「キュ?」
ぐったりした俺を心配してカッちゃんが覗き込んできたようだが、かまってやる余裕はなかった。
あっさりと眠りの沼に沈み込もうとしていると、カッちゃんが俺の胸の上に乗っかってきた。
「カッちゃん、暑い」
「キュー?」
夏が始まったばかりのこの時期、もこもこのカーバンクルの体温はさすがにきつい。冬場は暖房代わりに抱き枕にしているのだが、この季節は遠慮してもらいたい。
後、洗濯を請け負っているフィニアが、抜け毛に怒るのもある。露骨に怒ったりはしないが、カッちゃんの抜け毛まみれのシーツを見て、眉に皴を寄せて不機嫌を表明するのでバレバレである。
そこはホカホカもこもこの代償として、見逃してほしいところである。
なんにせよ、俺は胸にカッちゃんを乗せたまま、それを押しのけることもできずに眠りに落ちていく。
この疲労感は昨晩の戦闘の後遺症だ。今も貧血に近い症状を起こしていた。
目を閉じ、そしてノックの音が聞こえてくる。
「おはようございます。ニコル様、お目覚めですか?」
「ん、おきた。おはよう、フィニア」
まるで夜の時間が無くなったかのような気がした。まるで気絶したかのような、深い睡眠。
壁にかかった時計を見ると、すでに朝になっている。
およそ六時間が一瞬で経過したような気分だった。そこまで深く眠ってしまったということだろう。
暗殺を生業とし、冒険者として名を馳せた俺にとって、眠りはそれほど深いものではない。場合によっては床板の軋む音ですら目を覚ましてしまう。
その俺が、気絶と言っていいほど深く眠ってしまったのは、いつ以来だろう? いや、気絶なら何度も経験しているのだが。
俺は起きだしベッドから這い出そうといて、そのまま床に崩れ落ちた。
どうも、足腰が抜けたような状態になっていて、まともに歩けそうにない。
その音を聞きつけて、フィニアは慌てたように扉を叩く。
「ニコル様、どうかしたんですか? さっきの音は――」
「あー、ごめん、フィニア。今日はちょっと調子が悪い」
「失礼します、部屋に入りますね!」
俺の不調を聞き、フィニアは問答無用で部屋に踏み込んできた。
まあ、無断で部屋に踏み込むのは使用人としては褒められたことではないのだが、彼女は俺を心配してのことなので、責めるに責められない。
部屋に入ってきたフィニアはベッドから上半身を床に投げ出した俺を見て、口元に手をやって驚いていた。
「ごめんね、ちょっと力が入らなくて。ベッドに戻してくれると嬉しい」
「だ、大丈夫なんですか!?」
驚きながらも、俺の身体を抱き上げ、ベッドへ戻してくれる。
その抱き方がいわゆるお姫様抱っこだったのは、まあ見なかったことにしよう。
日々雑務をこなすフィニアは、見かけによらず筋力がある。しかも剣の修行まで始めているので、そこらのエルフとは比較にならない力を持っていた。
そのわりには細く綺麗な指を俺の額に当て、熱を測る。冷たい手の感触が心地いい。
「熱はないようですね。むしろいつもより低いくらいでしょうか?」
「なぜ、わたしのいつもの体温を知っているのかは、聞いておきたい気がする」
「え、それは企業秘密です」
まあいつも一緒にお風呂に入っていることだし、その時に調べられているのだろう。なぜ調べているのかは意味がわからないが。
ベッドに寝かしつけた俺のパジャマを直しながら、毛布を掛けなおしてくれる。
「ハァハァ……あ、いえ、なんでもありませんよ?」
ちょっと、なぜ乱れた服に息を荒げているんですかね、フィニアさんや。
「この体調では今日は学院は難しそうですね。コルティナ様に報告して、お休みさせてもらいましょう」
「最近調子よかったのに」
「魔力畜過症が治ってからは、あまりありませんでしたね。貧血っぽい感じでしょうか」
「そんな感じかな?」
「ニコル様もそろそろのはずですから、お身体は大事にいたしませんと」
「なにがそろそろなの?」
「それは……」
答えず、ぷいと視線を逸らすフィニア。
だが、そんな感じも何も、事実として昨夜大量出血して貧血気味だ。フィニアの見立てに間違いはない。
本来ならマリアに
そう思った矢先に、玄関口が騒がしくなっていた。
「あら、ミシェルちゃんじゃない? 今日は少し早いわね」
「コルティナ様、大変なの! ニコルちゃんはいる? クラウドくんが大変なの!」
「え、クラウドくんが!?」
ミシェルちゃんとコルティナの焦った声が聞こえてきた。この状況はクラウドがマテウスに襲われた状況を彷彿とさせる。
俺も背筋に冷たいものが伝う心地で、震える足を支えながらベッドから降り立つ。
「ニコル様はここに。私が行ってきます!」
「フィニア? でも……」
「大丈夫です。今度は見捨てませんから、ご安心を」
フィニアはクラウドを見捨て、俺の安全を優先したことを、今も気に病んでいる。
同じ状況が繰り返したことで、その責任感に火が付いたのだろう。だが、同じ状況だとすると、フィニアがマテウスのような強者と対峙することになってしまう。
彼女にそこまでの腕は、まだない。
そうこうしているうちに、俺の部屋にミシェルちゃんが駆け込んできた。
「ニコルちゃん、大変! クラウドくんが冒険者の人と模擬戦をやるんだって、しかも相手は五階位のすごい人と――」
あ、そういえばケイルとそんな約束をしていたかもしれない。
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