第247話 レイドの反省

 俺たちはその夜のうちにラウムへ帰還した。

 無論、待機していたアーガスとバウマンも連れて、だ。

 全身血まみれで、ぐったりとした俺を見て、二人はマクスウェルに非難するような視線を向けていた。

 事情を知らない二人からすれば、危険な暗殺に俺のような子供を同行させ、血みどろになるまで戦わせ、疲弊させたようにも見えるだろう。


「いや、ワシはそれほど酷いことしてないんよ?」

「説得力がねぇ」

「外道爺ィだ。逃げたらどうなるかわかったモンじゃねぇぞ」

「ああ、しばらくは大人しくしねぇと」

「ニコル、ワシの株が大暴落しておるんじゃ」

「……知らんし」


 悲しそうにこっちに話題を振ってくるマクスウェルだが、俺としてはそれどころではない。

 全身を襲う苦痛はなくなったが、今度は倦怠感がひどくて足腰が立たない。そもそもまともに手足が動かない。しかも視界がだんだんと狭くなってきている。貧血の症状だ。

マクスウェルの屋敷に転がり込んだ俺は、ぐったりと居間のソファに身を横たえていた。

この状況では自宅に戻るのもつらいし、それ以上に身体を清めねばならない。


「それよりマクスウェル。悪いが風呂に入れてくれ。この格好じゃ、家に帰れない」

「ン? おお、それはそうなんじゃが……」


 俺の申し出に、珍しくマクスウェルは困ったような表情を浮かべる。

 うろうろと宙をさまよう視線が、奴の困惑を表している。


「その、ニコルや。お主の申し出は実に真っ当なのじゃが、今ウチには女手がなくての」

「爺さんがやればいいじゃないか」

「お主もそろそろ男の視線を気にせんといかん歳じゃろうに」

「この際、贅沢は言ってられん。それに他の二人よりはマシだ」

「ぬぅ……」


 いくら俺でも、アーガスやバウマンに身体を洗えとは言えない。

 同様の理由でマテウスも不可だ。

 事情が事情なので、コルティナやフィニアも呼べない以上、マクスウェルしかいない。


「役得と思ってさっさとやってくれ。お前も昔の仲間に手を出そうとは思わんだろ」

「そりゃ……ハァ、これは先が思いやられるのぅ」


 こうして俺は、マクスウェルに身体を洗ってもらい、服を着替えさせてもらった。

 珍しく緊張した手つきで俺の汚れを落とし、身動き取れない身体の水分を拭き取っていく。

 風呂上がりにアーガスとバウマンが白い目で爺さんを見ていたのが面白い。

 少しは、日頃からかわれている意趣返しになったかもしれない。


「これで依頼は完了なんだな?」


 俺は着替えの洗濯が終わるまでタオルを巻いたままの状態でソファに横たえられながら、マクスウェルに状況を確認した。

 アーガスたちはすでに拘置所に戻らせている。二人はマクスウェルの用事に駆り出されたと伝えてあるので、そのまま戻っても問題はない。

 また、無許可でラウムから逃げ出そうとした場合、マクスウェルの魔力による即死級の苦痛が襲い掛かる強制ギアスが掛かっているため、それもできない。

 つまり今屋敷には、俺と爺さんだけなのだ。密談し放題である。


「そうじゃな。クレインもあの隕石召喚メテオクラッシュから逃げられるとは思えん。まず間違いなくクレインは死亡したと見てよかろう」

「気絶してた上に縛られていたからな。気を失ったまま屋敷ごと爆殺とか、苦痛を感じない、ある意味いい死に方じゃないか」


 クレインはいろいろと思うところのある相手だが、痛みもなく死ねたというのなら幸せな最期だろう。

 ギデオンやタルカシールに比べれば、よっぽどマシである。


 俺の返事を聞き、マクスウェルは肩の荷が下りたかのように溜息を吐く。

 そして棚からブランデーを一瓶取り出し、向かいのソファに深々と腰を掛けてから、ラッパ飲みに呷った。


「おいおい、もったいない飲み方するなよ」

「まったく、誰のせいじゃと思っておる。ヤケ酒でも呷らんと、気が静まらんわい」

「ヤケ酒? 何に対して?」

「お主が無駄に強敵と戦ったことにじゃよ」

「あの状況じゃ、仕方なかっただろ。逃げることはできなかったし」

「使い魔からお主の状況は見ておった。正直言って何も出来ぬ身からしてみれば肝を冷やしたぞ。時間を稼げば、ワシと二人で掛かることもできたじゃろう? 視界を切って駆け付けてみれば、お主は血だらけ。肝を冷やすなという方が無理じゃ。お主は生前から、何かと一人で事を収めようとしすぎる傾向がある。悪い癖じゃぞ」

「そう言われても……こればかりは性分で――」


 マクスウェルはあの時、使い魔を通して戦うまでの俺の様子を見ていたはずだ。しかし使い魔は初級の冒険者程度の実力しかない。あの場面で乱入するには、いささか力不足。

 そして使い魔の生命力は術者と連動している。もし使い魔がギデオンに手傷を負わされたら、マクスウェルまで戦闘不能になってしまう危険性があった。

 転移テレポートを始めとする転移魔法は、見えている場所ではなく、一度訪れた場所でないと使用できない。さらに屋敷内は指定地点発動を阻害する魔法が組み込まれているので、飛んでくることもできなかっただろう。

 あの場面でマクスウェルは、戦いの場に駆け付ける以外の手がなかった。その途中でクレインを発見してくれたのだから、結果は上々なのかもしれないが……


「よいか、レイド。お主は一人で暗殺しておった頃のお主ではない。今では仲間もおるんじゃ。もっとワシらを信頼してくれ」

「仲間、か……ああ、そうだな」


 確かにあの場面、無理に勝利に固執することはなかった。

 俺は逃げられたクレインに焦り、一人で捕まえねばとギデオンとの戦闘を強行し、功を焦った結果、判断を誤った。この身動き取れない身体がその証だ。

 マクスウェルが言うように、俺はもっと仲間を信用しなければならない。それは前世からの課題でもある。


「そうだな……信頼してるよ、マクスウェル。だからそのブランデー、一口飲ませてくれ」

「それとこれとは話は別じゃな。若いうちから酒に溺れると背が伸びんぞ」

「ぐぬぅ」


 どうせ一口で潰れるのだろうが、俺としても酒は懐かしい。

 だが俺の欲望は、マクスウェルの一言によって、あっさりと潰えたのだった。

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