第373話 深夜の尋問

 駆け付けたレオンは、気を失った男二人を手早く縛り上げていく。

 手伝っていたクラウドが少し内股になっているのは、見ていて滑稽だった。


「それにしても、本当に二人だけで始末してしまうとはな」

「こっちの男、なんて無情な攻撃を……フィニアさんって、見かけによらず容赦がないのね」

「それ、とどめを刺したのはニコル様ですから!」

「ウソだよ、その男はフィニアのお手柄」

「ニコル様ぁ!?」


 泣きそうな声を上げて抗議するフィニアだが、可愛いから放置しておくとしよう。

 縛り上げた男を少し離れたところに運んでから尋問を開始する。

 場所を移動したのは、帰りの遅い男の様子を見に、別の盗賊がやってくる可能性も考えてのことだ。


「おい、起きろ」


 べしべしとレオンが男の頬を張るが、反応はなかった。

 やはり急所を蹴り潰された男は、完全に意識を失っているらしい。

 溜息を吐くと腕を折られたもう一人の方に歩み寄っていくレオン。


「おい、起きろ!」


 携帯していた水袋の水を頭から振り掛け、強制的に叩き起こす。

 こちらの男は、その刺激で目を覚ました。


「む、ぐぅぅぅ……」


 腕を折られた状態で縛られていたため、男は身悶えして苦痛に耐えている。

 それはレオンの手に片手半剣バスタードソードが握られていたからだ。


「答えろ、お前たちは盗賊だな?」

「な、なんのことやら……」

「ウソ。『親方』って言ってた」

「このガキ――ぎゃあっ!」


 罵声を上げようとした男の腕を、レオンが剣の腹で強かに打ち据える。


「質問に答えろ。そして嘘をつくな。そっちの男と答え合わせして、違っていたらまず腕を斬り落とす」

「ぐ……わかった」


 もう一人の男は完全に気を失っている。口裏を合わせようとしても、できない状態だ。

 さらに『殺す』ではなく、『腕を斬り落とす』といったのも、男が折れた一因だろう。

 死なない程度に苦痛を与えられるという恐怖は、訓練を受けていない盗賊程度では耐えられるものでは無い。

 完全に手詰まりという状況を察して、腕を折られた男は大人しく尋問を受ける覚悟を決めたようだった。


「お前たちの仲間は何人いる? 力量は?」

「お、俺を含めて全部で九人だ。腕前は親方が第三階位の冒険者になったことがある」

「冒険者崩れか。アジトは?」

「この先の川沿いの岩場に新しく裂け目ができていて、そこの奥が少し広くなってることに気付いたので、そこに住み着いてる」

「ほう、そんな場所があるとは初耳だ」


 ラウムに向かう商人の護衛を主に行うレオンとしては、そういう地形の場所に詳しい。

 その彼が知らないということは、つい最近できた地形なのだろう。


「次だ、これまでの犯行は? 何人を襲った?」


 これは俺にとっても気になる質問だった。

 ラウムの周辺は冒険者によって治安が保たれている。その中で彼らの存在を察知できていなかったというのはおかしい。

 つまり、その話が街に伝わらないよう、完全に『始末』したということになる。


「待ってくれ、俺たちは――」

「何人、殺した?」

「う……まだ三組、十一人だ」

「ほう?」


 盗賊の被害としては、少ない方かもしれない。男の言っていることが確かなら。

 それはレオンも感じたことなのか、さらに男を追求していた。だが男も必死に抗弁している。


「本当だ! 俺たちはほんのつい最近そこに住み着いたばかりなんだ。親方がこの前のゴブリン襲撃で拠点の村をなくしちまって――」


 あのゴブリンの襲撃により、近隣の集落がいくつか消えている。

 その親方と呼ばれる冒険者も、そういった集落に雇われていたのだろう。

 しかし、だからと言って盗賊になり下がったのが許されるわけではない。


「それで、死体はどうした?」

「埋めた。森の中は隠す場所に困らないからな。それに放っておいても、いずれは獣が死体を処理してくれる」

「なるほどな。つまりお前の死体も、放置しておけばやがて消えるか」

「か、勘弁してくれ! 俺は親方の言う通りしたに過ぎねぇんだ」

「だがお前が『獲物』を物色していた事実は変わるまい。お前が選ばなければ、その十一人は死なずに済んだ」

「そんな!?」


 男は絶望を顔に浮かべ、悲鳴を上げる。

 男の主張もわからなくはない。獲物を選ばなければ、殺されていたのはこの男になっていただろうから。

 だからといって、盗賊行為に加担した言い訳にはならない。


「まあいい。お前の言うことが真実だったなら、お前は殺さずに官憲に突き出す程度で済ませてやる」

「あ、ああ」


 微妙な顔で返す男。それもそのはずで、男は主犯ではないとはいえ、盗賊の一味だ。

 裁きの場に引き出されれば、かなり重い罪に問われることは間違いない。

 だが主犯でないので、まだ死罪を免れる可能性はある。その可能性を考えて、微妙な顔をしたのだろう。


「よし、それじゃ早速討伐に向かおう。こいつらが戻ってこないとなると、怪しんで場所を変える可能性もある」

「そうだね。今夜中に決めちゃおう」


 斥候というモノは、戻ってこないということで情報を伝えることもある。

 こいつらが戻ってこないということは、何かあったということに繋がる。慎重な盗賊ならそれだけでアジトを移す可能性も捨てきれない。

 怪しまれる前に行動を起こし、根こそぎ討伐しておかねば、一人でも逃がせば別の被害者を出しかねない。


「でさ、こいつはどうする?」


 クラウドは縛り上げた捕虜を指さし、そう告げる。

 相手が残り八人いるとなれば、人数的にも俺たちは全員で向かう必要がある。

 かといって、いったん戻ってヒースに預けると言う手も使えない。その時間で相手が逃げてしまうかもしれない。


「……この際、実行犯を逃がすほうが問題だ。こいつらはここに放置して、あとで回収することにしよう」

「ま、待ってくれよ! こんな場所で放り出されたら、獣やモンスターに食われちまう!」

「その時は運がなかったと諦めてくれ」

「そんなぁ!」

「そもそも官憲の手に渡って、生き延びられると決まった身の上でもあるまい。それとも、俺たちの手をわずらわせないように……今死ぬか?」

「ヒッ!?」


 剣を構え威圧的な視線を送るレオン。

 確かに男の言う通り、放置することで食われる可能性はもちろんあるが……そこはそれ、自業自得と諦めてもらうしかない。

 それにもう一人の男はいまだに意識を取り戻していない。そっちを囮に使えば、この男が生き延びられる可能性も、少なくはないはず。


「本当なら、腕一本で済ます気もなかったんだけどね?」


 俺は男の顔を覗き込んで、ニコリと微笑む。その笑みが凄んでいるように見えるだろう。

 子供と侮り、迂闊に手を出したことで腕を折られた男は、その言葉にコクコクと頷くしかなかった。


「じゃあ、運が良ければまた後でな。なに、すぐ戻ってくるさ」

「頼むから、そうしてくれ……」


 泣きそうな顔で、男はそう懇願したのだった。

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