第374話 アジトへの奇襲

 捕虜の男から聞き出した道を辿ると、川沿いの岩壁に大きな亀裂を発見した。

 隠密行動のできないクラウドとレオンをその場に置き、俺とエレンがその周辺を調べに向かう。

 幸い、入り口付近に見張りなどは置いておらず、近付くだけなら何の危険もない。


「警戒心があるんだか、無いんだか……」


 斥候を出し、狙う獲物を選別しているかと思えば、自分の根城に見張りは置いていない。

 この辺りがどうにも中途半端で、第三階位止まりだった理由がうかがい知れる。


 周辺の足跡を調べると、男の言った通り十人程度の人数が出入りしていることが判明した。

 これは足の大きさや歩幅、靴の形などから判別したものだ。正確性には欠ける情報である。


「十人くらいだけど、間違いなくここに住み着いている連中がいるね」

「なら捕虜の男の言い分は正しかったということになるわね。この奥が袋小路で出入り口が無いって話も本当かしら?」

「多分、本当だと思う」


 俺たちはそのままレオンの元に戻り、状況を報告する。

 それを聞いて、レオンはニヤリと笑みを浮かべた。敵は袋小路の岩の裂け目……洞窟に引き篭もっている。


「連中に逃げ場はない。つまり――」

「燻り出し作戦が有効」

「――ってことだな」


 俺の言葉にレオンは拳をこちらに差し出してくる。

 俺はそれに拳を合わせながら、俺たちは悪い笑みを交わしたのだった。





 燻り出し作戦を行うことになったので、レオンがてきぱきと指示を飛ばしだした。

 特に奇をてらった作戦ではないため、その指示も特に意表を突くものでは無い。


 隠密の得意な俺が隠れ家の割れ目の前で生木に火をつけ、初級とは言え多彩な魔法を習得し始めたフィニアが微風ブリーズの魔法で煙を割れ目に送り込む。

 慌てて出てきたところをミシェルちゃんと、連射機構を持つクロスボウを装備したエレンが牽制。

 相手が盾を持ち出したところでレオンさんとクラウドが飛び出し、戦線を作る。

 その左右から抜けようとする連中を、俺とフィニア、そしてミシェルちゃんたち射撃組が牽制するという手はずだ。


「左に抜けようとする奴はエレンとミシェルちゃんで牽制してくれ」

「わかったわ」

「はーい」

「右側はフィニアさんとニコルちゃん。でも無理はしないように」

「うん」

「了解しました」


 俺たちの方にだけ『無理はしないように』と言ったのは、こちらが接近戦主体のコンビだからだ。

 隠れ家の規模や出入りする足跡の数からして、敵の数は十人もいない。

 その半数も討ち取れば、組織としては崩壊したも同然だろう。

 先制の奇襲と自分の実力で半分は倒せると確信しているからのセリフだ。


 全員で気付かれないように生木を集め、俺とフィニアでそれを割れ目の前に積み上げていく。

 重装備のレオンとクラウドは、この作業には参加できない。

 その間、ミシェルちゃんとエレンは弓の用意をしていた。

 特にエレンは短剣とクロスボウが主装備なので、事前に準備が必要になる。


 準備が整ったところで、レオンが大きく息を吐いた。クラウドも緊張した面持ちをしている。

 そういえば、クラウドが実戦で人と戦うのはマテウス以来かもしれない。

 ケイルたちと訓練は積んできていたのだが、やはり緊張は隠せないようだった。


「よし、始めてくれ」


 レオンの指示に、俺は小さく頷いた。

 フィニアも小声で魔法を詠唱し、俺の持つたいまつに火をつける。

 生木に直接火をつけることも可能ではあるのだが、その場合火力の調整が難しいそうだ。

 水分を多く含む生木を燃やす火力を調整しつつ、微風ブリーズも使うことになるため、フィニアの負担が大きくなってしまう。

 彼女も人相手の実戦経験はあまりないため、できるなら負担を少なくしておきたい。


 俺は足音を忍ばせ積み上げた生木に近寄ると、そこに油を振りかけてから、たいまつで火をつける。

 油によって炎は勢いよく燃え広がり、モクモクと白い煙を立ち上げ始めた。

 続いてフィニアが小さく微風ブリーズの詠唱を済ませ、魔法を完成させる。

 発現した魔法は、白い煙を裂け目の中に押し込んでいった。

 俺はすぐさま後方に下がり、射撃の邪魔にならない位置に移動しておく。


 しばらくして裂け目の中から男たちが数名、駆け出してきた。


「ゴホッゴホッ、なんだ、なにが起こってる!?」

「誰だ、こんなところで――」


 二人目が生木の焚火を見て声を上げたところで、その額にトンと矢が突き立った。

 周囲に撒きあがる白煙をほとんど掻き乱さず飛来した矢は、いうまでもなくミシェルちゃんの放った矢だ。

 その異常さに、一瞬レオンとエレンの二人が硬直する。


「どうよ、うちのミシェルちゃんはスゴイだろー」

「お、おう。だがなぜニコルちゃんが胸を張るのかな?」

「むろん、親友だから」

「その反応は実に微笑ましいのだが、結果は恐ろしいな」

「二人とも何をなごんでるの。次が出てきたわよ!」


 自分の事は棚に上げて連射式のクロスボウを構えるエレン。残る一人に弾倉の五本の矢を続けざまに打ち込んでとどめを刺す。

 彼女の弓はハンドルを回すことで弦が引かれ、弾倉から自動的に矢が装填されて発射される仕組みだ。


 クロスボウは本来、威力、射程ともに優れた武器で狙いもつけやすいのだが、連射性に難点がある。

 そこで自動装填機構を取り付けた物が開発された。

 これはクロスボウの売りである威力も射程も落ちてしまい、狙いも雑になってしまうため、当初はいまいちな評価だったのだが、数本の矢を弓とは比較にならない速度で撃ち出せるため、今では弾幕を張る用途で利用されている。

 彼女もその利用用途に沿って、雨のように矢を叩き込み、残る一人を瞬く間にハリネズミにして見せた。


 そこに続いて洞窟からもう一人が飛び出してくる。

 しかし、足元に倒れた二人を見て、即座に裂け目の中に戻っていった。


「くそ、襲撃だ! 出たら狙撃されるぞ!」

「なんでここが――アントンの野郎、裏切りやがったか! 盾を持ってこい!?」


 たった二人やられただけで状況を察するとは、なかなか判断力の高い連中だ。アントンとは先に捕らえた見張りの男だろう。

 盾を真っ先に用意しようとする判断も悪くない。しかしそこまではこちらも予想している。


 狙撃を警戒し盾をかざして出てきた男たちを見て、レオンがクラウドに視線を飛ばす。

 それを受けてクラウドも盾を構え、雄叫びを上げて飛び込んでいった。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 それに続いてレオンも飛び出していく。

 クラウドは鉄の大盾に片手剣。対するレオンは汎用性の高い片手半剣バスタードソードを両手で保持している。

 防御力はクラウドの方が高いため、クラウドが先行した形になっていた。


 盾をかざしていたのと、立ち込める白煙のおかげで視界が効かない盗賊たちは、その突進をまともに受けたことになる。

 先頭の一人をクラウドが弾き飛ばし、入れ替わるように前に出たレオンが突き刺してとどめを刺す。

 反射的に、その二人を取り囲むように動く盗賊たち。

 どうやらうまく戦線を構築することに成功したようだった。

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