第375話 重なる戦闘領域

 突出したクラウドとレオン。その二人を囲むように移動する盗賊たち。

 ここまではレオンの予想通りの展開である。

 すかさずレオンの左に回り込もうとした盗賊に、弾倉を交換したエレンが、再び矢の雨を降らせる。

 収められた五本の矢を全てを吐き出し、再び男の顔面をハリネズミに変える。


 それを見て盗賊たちはあっさりとたじろいだ。

 ただ死ぬだけならまだいい。だが彼女の矢の雨に晒されると、無残な最期を遂げることになる。

 それは盗賊の足を鈍らせるに足る、心理的効果を与えていた。


 だからこそ盗賊は反対へ――すなわちレオンの右側、俺たちが突入した方向へ集まってきた。

 俺とフィニアも、レオンから一拍遅れて突入していた。

 そのタイミングはちょうど盗賊たちが右側に退いたのと同じタイミングだった。


 一斉に三人の男がレオンの正面から右側にかけて殺到する。

 そこへ俺は逃がすまいと斬り込んでいった。


「てぇい!」

「せやぁ!」


 そして同じタイミングで、フィニアも斬り込んでいた。

 今回、俺は他の人間もいるということで、槍に変わる短剣も、糸も使用していない。つまりカタナを使用していた。

 そしてフィニアも常に使っている細身のロングソードを使用している。

 俺とフィニアの攻撃範囲はまったく同じで、標的も同じく右側の男。


 結果として俺とフィニアは身体をぶつけ合い、体重の軽い俺が弾き倒される羽目になった。


「んきゃ!」

「あ、ニコル様!?」


 べしゃ、と音がするほど派手にすっ転ぶ俺。

 そこに逃げようと殺到してきた男二人がせまる。

 そのままだったら、まともに踏み潰されていたかもしれない。

 しかし今は俺だけではない。


「おらぁ!」


 少々野蛮な掛け声を掛け、レオンが剣を振り払う。

 それは彼に背を向けすり抜けようとした男の一人を、背後から斬り据えることになった。

 そしてもう一人も、フィニアが長剣を突き立てる。

 筋力の乏しい彼女は動きを抑えるために、腰元を狙って剣を突き出していた。

 低い位置から突き出された刺突は、逃げようとした人間にとって躱しにくい一撃だった。


「ぎゃああぁぁぁ!」


 ザクリと腰を抉られ、もんどり打って倒れ込む男。

 俺のすぐ隣に倒れた男に、俺は間髪入れず倒れたままカタナを突き立てた。

 その隙を補うようにフィニアは俺の前に立ち塞がる。


「すみません、ニコル様! ご無事ですか?」

「うん、怪我はない」

「なら早く立て! 次が来るぞ」


 謝罪するフィニアと、叱咤するレオン。今回ばかりは俺たちのミスだから反論しようもない。

 フィニアと俺は目指す戦闘スタイルが似ている。

 しかも武器も同じだから、戦闘エリアが重複し、さっきのような事態も起きることは考慮しておくべきだった。

 この辺りの対処は後日として、今は盗賊の始末が最優先だ。


 先に出てきて倒された盗賊が二名、突進で仕留めたのが一名。エレンが倒した後続の男が一名。レオンとフィニアが倒したのが二名。

 これで六名が倒され、一名はレオンが正面に繋ぎ止めている。

 続いて出てくる敵はいなさそうなので、これで全員なのだろう。


「く、なんてこった……仲間が一瞬で……」

「残念だったな。まあ因果応報ってやつだ」


 レオンが生き延びた一人に剣を突き付ける。

 勝ち目がないと悟ったのか、男は両手を上げて降参の意を示した。


「他に仲間はいないのか?」

「ああ、こんな状況だからな。みんな飛び出しちまったよ」

「悪いが身柄は拘束させてもらう。そのままラウム連行して突き出してもらうから覚悟しておけ」

「くそっ、ついてねぇぜ」


 反抗の意志が無いと知って、エレンが背後に回って両手を拘束していく。

 クラウドも手伝おうとするが、何度かダメ出しを食らって結局彼女がすべて行っていた。

 そういえば、仕留めた獲物を吊り上げるための縛り方は知っていても、人を拘束するための縛り方は教えたことが無かったか?


「クラウド、今度縛り方教えてあげる」

「お、おう」

「え、ニコルちゃんが緊縛?」

「どうしてそうなる?」

「に、ニコル様、私にもぜひ! ぜひに!」

「落ち着けフィニア。悪党の縛り方だから」


 いや考えてみれば、暗殺なんてのをやってる俺自身が悪党か?

 自分が唯一無二の正義などとは思っていないが、許されざる存在はやはりいる。俺はそれを自己の判断で処断していたにすぎない。

 それは俺にとっては正義であるが……誰かにとっては悪に違いないだろう。


「……そうなると、わたしは悪だからしばられる?」

「そ、そんな――うっ」

「フィニアお姉ちゃん、鼻血、鼻血!」

「すびばぜん、ちょっと興奮してしまいました」


 ……俺の癒しだったフィニアはもういない。ここにいるのは肉食獣だ。これも成長と呼ぶべきなのか?

 ともかく、フィニアに陥穽トンネルの魔法を使用してもらい、死体を埋めておく。

 本当なら衛士が調べに来るまで放置しておいた方がいいのかもしれないが、放置しておくと不死者アンデッド化してしまったり、他のモンスターを呼び寄せる危険もある。

 ここは往来の近くでもあるし、処分した方が賢明なはずだ。


 捕縛した男はヒースという冒険者に引き渡しておけば、ラウムへ連行してもらえるだろう。

 盗賊を殲滅し、この男を引き渡した段階で俺たちの依頼は完了する。

 その後のことは、まあラウムにまかせるとしよう。


 盗賊連中がいなくなったことで、俺の心残りは無くなったといっていい。 

 新たな課題も見つかったことだし、今日のところはこの辺りが潮時だ。


「フィニアは後でお話があるからね? いろいろと」

「うう、すびばせーん」

「いや、そっちじゃなく。戦闘での立ち回り的なことで」

「あ、それは私も思ってました」


 レティーナが抜けたことで、代わりにフィニアが仲間になった。

 しかしレティーナとフィニアでは立ち位置が大きく違う。今までと同じような戦いをしていては、大怪我をしてしまいかねない。

 ミシェルちゃんの殺傷力も上がっていることだし、万が一誤射が発生したら非常に危ない。

 以前合宿で戦った時は、フィニアの参加ということで特に注意して動いていたが、今後はこの状態が日常的なモノになる。

 そのためにも、互いの戦闘方法のすり合わせは必要になってくるだろう。

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