第376話 引き渡し

 休憩小屋に戻った俺たちは、生き残った盗賊をヒースたちに預けた。

 生き残ったといっても、三名しか残っていないのだが、それはそれ。一応仕事である。

 唐突な依頼を出す羽目になった商人も、こいつらを突き出したことで得られる報奨金で、少しは損を補えるだろう。


「まさかわずか数時間で討伐してしまうとは思いませんでした。いったいどうやって……」

「それより、生き残っているとはいえ、コイツはヤバいんじゃないか?」


 ヒースが指さすのは、股間を潰されていまだ目を覚まさない男。

 一応軽治癒キュアライトの魔法をかけておいたので、死ぬことは無いと思うが。


「念のため応急処置はしてあるから、大丈夫だと思うよ?」

「そ、そうなのか?」

「最初は完全に潰れちゃってたから」

「お、おう。それは恐ろしいな……」


 俺の説明に、どことなく腰の引けた返事を返してくるヒース。

 まあ、俺も元男だからその気持ちはわからんでもない。あれは痛いんだ。いや女でも同じ場所は痛いことは痛いが。


「それで、アジトの方はどうなったんだ?」

「ああ、川べりの岩壁に住み着いていたので、そこを燻し出して根こそぎ殲滅しておいた。逃げ出した連中もいないはずだ」

「なるほど。しかしその場所が残ったままでは、別の連中が入り込む可能性があるな」

「だからアンタたちにこいつらを衛士に突き出してきて欲しいんだ。そうすればきっちり根城を調べてくれるはずだ」

「わかった、それは任せてくれ。今回は世話を掛けたな」


 ヒースにレオンが握手を求め、彼もそれに答える。

 だが、ちらりともう一度気絶した男を見て、ぽつりとつぶやいた。


「それにしても……これ、だれがやったんだ?」

「それはフィニアが――」

「ニコル様です!」


 俺の言葉を、珍しく強い口調で遮るフィニア。

 それだけ慌てていたのだろうが、その仕草が可愛らしかったので、俺はついいじわるを仕掛けてしまった。


「でも最初の一撃はフィニアだったよ。こう下から『えい』って」

「確かに命中しましたけど、ここまでのダメージは無かったはずですよ! そのあとに蹴りつけたニコル様がとどめになったんですよ?」

「そんなこともあったかもしれないー?」


 とぼける俺の腕に縋って止めようとするフィニアに、俺は伝えねばならないことを思い出した。


「そうだ。これからちょっと話し合いするからね」

「え、お話ですか?」

「うん。さっき私とフィニアがぶつかったでしょ」

「はい」


 俺は先の戦闘でフィニアと接触したことを話題に出す。フィニアはそれを聞いて腕から離れ姿勢を正した。

 雨風を避ける程度の設備しかないため、この小屋にはテーブルや椅子というモノすらない。

 真面目な顔で床の上にきっちり正座する彼女の姿は、どこかユーモラスにすら見えた。


「合宿の時はわたしが後ろに下がってて、前衛には防御型のクラウドと二人だったから立ち回りは噛み合ってたけど、今では同じ攻撃型のわたしとは同じ立ち回りをすることが多いでしょ?」

「そうですね。レティーナ様が抜けて、私が入ったことで、かなり前のめりな構成になってますね」


 俺たちがまじめな話し合いに入ったことを察したのか、ヒースが小屋の外に盗賊たちを連れて行く。

 さすがに狭い小屋の中で悪党と夜を過ごすというのは危険が多い。ましてや子供である俺やミシェルちゃんが一緒なのだ。警戒はしておくに越したことは無かった。

 そこでヒースたちが悪党と小屋の外で野宿することで、俺たちに危険が及ぶ可能性を少しでも下げようと考えたのだろう。

 小屋の外で野宿とは間抜け極まりない姿ではあるが、事情が事情だけに仕方ないところである。

 俺はそれを横目に見ながら、正座するフィニアと話を続けていた。


「あ、足は崩していいよ。別にお説教っていうわけじゃないし? それでね、わたしとフィニアは立ち回りを少し変えないといけないって思うんだ」

「立ち回り……ですか? そう簡単に変わるものではないと思いますが」

「うん。だけど武器を変えれば、否応なく変えざるを得ないじゃない」

「ニコル様、カタナを手放すんですか?」

「なんで、わたしが変えることになってるの?」


 前世から長年前線に立ち続けた俺の戦闘スタイルは、そう簡単に変わらない。

 前衛同士が立ち位置の関係でぶつかるという事態は、俺とライエルも頻繁に発生していた。

 しかし当時は、コルティナという圧倒的指導力を持つ指揮官がいたため、そのミスも瞬く間に修正されていった。

 しかし今はそういう人材がいない。ならば戦い方を変えざるを得ない。


 そして何より、前線というのはやはり危険な場所である。

 そんな場所にフィニアを立たせて、大怪我をされたくないというのが、俺の本心でもある。 

 本当ならば戦いから離れてほしいところではあるが、諸々の事情と彼女の意志は変えられないだろう。


「では私に後ろに下がれと? ですが、私はまだ攻撃魔法を使いこなせるほどに、魔法の腕は熟達していませんが……」

「それだよ。フィニアはわたしと違って、魔法のバリエーションが豊富だから、少し離れた場所にいて欲しい。そうすればいろいろな支援魔法を飛ばせる時間も稼げるだろうし」


 地水火風の四大属性を使えるフィニアは、初級の支援魔法に関しては多彩なモノを持っている。

 特に武器に炎を纏わせる火炎付与ファイアウェポンや、炎からのダメージを軽減する水盾ウォーターシールドといった魔法は、使ってもらえるとありがたい。

 だが最前線に張り付きとなると、それらを詠唱する時間はほとんどなくなる。


「ですが、わたしの武器では……」

「そこでこれ。とある神様カッコ自称カッコ閉じから授かった、魔法の武器だよ」


 言い募るフィニアに、俺は振動短剣を差し出した。

 魔力で槍へと変化するこの武器は、彼女の立ち回りにぴったりの武器といえるだろう。

 魔力の消耗が激しいのが難点だが、魔法に秀でたエルフ族の血を引く彼女なら使いこなせるはずだ。


「短剣……ですか?」

「ところがどっこい、これはこうすると――」


 その日一晩、俺はフィニアに振動短剣の使い道をレクチャーしておいた。

 説明中、誘導されて夜の自主勉強での使い方まで暴露させられたのは、やはり女性としての経験の差なのだろうか……?

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