第377話 能力の言い訳

 翌朝、俺たちは商人たち一行と別れ、再び北のストラ領への旅路についた。

 そういえばあの商人、テムルさんには名乗っていたが、俺たちには名乗ってくれなかったな。

 まあ、いきずりの護衛にまでよしみを結ぼうという商人は、そんなにいないか。


「それにしても、ニコルちゃんは意外と戦術家なんだな」

「ん?」

「昨日のことだよ。斥候技術に敵への探知能力、それから燻り出し作戦への順応性。とても初心者の第一階位とは思えないよ」


 レオンは道中、俺へそう話しかけてきた。

 確かに昨夜は調子に乗って、いろいろと目立ち過ぎたかもしれない。足音を忍ばせて焚火の用意をしたり偵察したり、結構派手に動いてしまった。

 ここは少し、言い訳をしておいた方がいいかも。


「そうだね。わたしたちはこうみえても、結構長くやってるから。周辺の獣狩りばっかりで評価がほとんど上がってないから、まだ一階位だけど」

「ラウム近郊で狩りか……意外と訓練になるものだな」

「そうね、なかなか侮れない動きだったわよ。ミシェルちゃんもすごかったわ」


 エレンもレオンに追従し、そう評価してくれた。まあ、前世ではその斥候技術が評価されて六英雄に選ばれたわけだから、当然と言えば当然である。

 そこで俺は、隣を歩くミシェルちゃんが小さく『あ』と声を上げたのを聞きつけた。

 また敵の接近を見過ごしたのかと、一瞬不安になる。最近多いので、斥候のプライドも少々壊れ気味な俺だったりする。


「どうしたの。何か見つけた?」

「うん、木苺」

「あ、そう……」

「でも、もう通り過ぎちゃった」


 魔術学院を卒業し、それから引っ越しの準備などもあって今は五月。木苺が最もおいしい季節である。

 その話を聞いた俺も最初は聞き流していたが、甘酸っぱい味とプチプチした触感を思い出し、口の中に唾液が溜まるのを感じた。


「もう、しょうがないにゃあ」


 俺は腕を一振りして、手にしたピアノ線を飛ばす。

 さすがに手甲はフィニアの前で装備できないので、ここはピアノ線を使うしかなかった。

 飛ばした鋼糸は狙い過たずに木の実を貫き、摘み取り、そのまま俺の手元に戻ってきた。

 そして何度かそれを繰り返しおやつとして充分な量を確保する。いやまだ午前中ではあるが。


 しかしそんな俺の所業を、驚愕の目で見る者たちがいた。

 レオンとエレン、そしてフィニアである。


「ニコル様、今……」

「あ」


 そう言えばフィニアには、まだ俺のギフトのことについて教えていない。

 いきなり糸で果物を摘み取るなんて言う絶技を見せられては、驚愕して当たり前だ。


「そういえば言ってなかったね。実は――」


 これから先、フィニアも俺と一緒に冒険することになる。

 いつまでも俺の操糸のギフトについて、黙っているわけにもいくまい。ここはミシェルちゃんたちと同じく、俺の前世に繋がらない程度に、情報を開示しておく必要がある。


「わたしは操糸のギフトも持ってて」

「操糸……レイド様と同じ?」

「うん。まあ珍しいギフトってわけじゃないけど、二つ持ちってなると、いろいろ面倒でしょ。だから最初はパパたちにも黙ってた。マクスウェルにはバレちゃったけど、レイド――様のこともあるし、もう少し黙ってた方がいいかって話になってて」


 説明しながらさらっと責任をマクスウェルに擦り付ける。俺も汚くなったものだぜ。


「そういえば幼い頃から、歳に似合わぬ編み物の実力を持ってましたね」

「うん、練習」

「納得、といいたいところですが……レイド様と同じ能力。それを三歳児が?」


 カクンと首を傾げるフィニア。やはりすぐには納得できない面もあるのだろう。正直この説明じゃ、俺だってできない。

 何せギフトの鑑定を行ったのは三歳の時だ。三歳児が『バレてはまずい』という思考に至るというのが、そもそも異常である。


 しかし切り札もまた存在した。

 俺にレイドのことを話したのはフィニアであり、その逸話をもっとも語って聞かせたのも彼女である。

 彼女が俺に片思いしていたと聞かされたのは五歳の頃だが、それ以前でも寝物語に六英雄の活躍を聞かされており、恥ずかしさに身悶えした幼少期は忘れられない。

 そこから彼女がレイドに並々ならぬ思い入れ――それが好意とは思わなかったが――を持っていたことは、簡単に想像できるはず。


「なんかフィニアはレイド様のことはいろいろあったみたいだし」

「それは、もちろんそうですが……」

「パパとママもなんだか微妙な顔してたから、話にくくって」

「う……子供にそんな心配をかけてしまっていたなんて、私も保母失格ですね」

「フィニアが失格なら、合格する保母さんなんてこの世界にいなくなっちゃう」


 俺は落ち込む彼女をフォローしつつ、手元の木苺に視線を落とした。

 その数が、目に見えて減っている。


「んー?」


 疑問の声を上げた俺の横で、ミシェルちゃんがパッと口元を隠した。

 その指先が赤い。そして細い喉がコクリと何かを嚥下する。


「ミシェルちゃん、つまみ食いしたね?」

「ししししてないし」

「もう、みんなの分が減っちゃうじゃない」

「ごめんなさーい、つい我慢できなくなっちゃって! ニコルちゃんとフィニアお姉ちゃんが、なんか難しい話してるから」

「ぜんぜん難しくなかったよね?」


 かつては彼女にも伝えた言い訳である。この対応では、当時も理解していたか怪しいものだ。

 だが良くも悪くも人の言うことを素直に受け止める彼女のことだ。他者に漏らすような心配は、しなくて済むはずだ。


「まったく、ミシェルちゃんってば……」

「そう言えば教会でも、ミシェルちゃんのつまみ食いには悩まされましたね」

「フィニアお姉ちゃん。人の闇をほじくり返すのはよくないと思う!」

「なんて可愛らしい闇なのか」


 フィニアの暴露に手を振り上げて抗議するミシェルちゃんだが、その行動はまるで子犬がじゃれついているようにしか見えない。

 狙ってやっているのだとしたら、あざとすぎる。おそらく天然なのだろうけど。


 そんな二人に癒されながら溜息を吐き、俺はおやつの追加を集めるべく、さらに糸を飛ばしたのだった。

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