第378話 引退者の存在

 フィニアのメインウェポンを槍に変更して、三日が経った。

 テムルさんとの旅は順調に進み、ストラ領の首都ストラールまであと一日程度の距離までやってきた。

 この調子で行くと、明日の昼にもストラールに到着できるだろう。


 この三日間、順調といっても戦闘が皆無だったわけではない。

 ラウムから離れるほどにモンスターの襲撃も次第に増えていった。

 とはいえ、苦戦するほどの敵には出会っていないので、戦闘の立ち回りを確認するのにちょうどいい。


 敵の攻撃をクラウドが抑え、俺が前線で敵の注意を引き、その合間からフィニアが槍で攻撃する。

 そして敵の視線が前方に偏ったところで、ミシェルちゃんが最後尾から一撃必殺という戦闘スタイルが確立しつつあった。

 その力量は、第四階位に達したレオンですら目を瞠る。


「驚いたな……いや、以前からも階位以上の実力があるとは知っていたが」

「そうね。これはもう、第三階位くらいの実力はあるわね。ニコルちゃんとミシェルちゃんに至っては、わたしたちに並んでもおかしくないくらい」

「ふふーん」

「ミシェルちゃんはお調子者な面があるから、あまりおだてちゃダメだよ?」

「そんなことないもん!?」


 その日も、昼食の用意をしていると、その匂いに釣られた森狼フォレストウルフがやってきたが、これを難なく撃退していた。

 フォレストウルフは見た目は大柄な狼の様な姿だが、身体の周囲がツタのような触手で包まれており、これが保護色になって森の中では発見しにくいモンスターだ。

 しかし、その程度では俺と成長したミシェルちゃんの警戒網からは逃れられない。

 接近される前に存在を察知し、容易に撃退することができた。レオンたちの出番がなかったくらいの手際である。


 その手際を褒められてたゆんと胸を張るミシェルちゃんだが、彼女は純粋故に調子に乗りやすいため、俺は念のために釘を刺しておいたに過ぎない。

 俺の発言に、ミシェルちゃんは膨れっ面をしてみせ、抗議の声を上げていた。それを無視して、俺はフィニアを気に掛けておく。


「フィニアも少しは慣れてきたかな?」

「そうですか?」


 伸縮する槍を見てレオンたちも最初は驚愕していたものだが、この手のアイテムの情報に関しては、あまり口外しないのが普通である。

 手持ちのアイテムや技能というのは、その冒険者にとって生命線といっていい。

 だからこそ、口外しないか、聞かれない限りは答えないというのが冒険者の不文律になっていた。

 俺も一応口外無用の旨を彼らに告げておいたので、広まる可能性は低いはずだ。

 それだけの信頼を、彼等に寄せている。


「うん、相手の注意がこっちに流れた隙を上手く突いてるよ。でも少し近付きすぎかな? わたしは動きが大きいから、バックステップしたらぶつかるかも」

「なるほど。ではクラウド君の後ろを意識した方がいいですね」

「そうだね、クラウドならあまり後ろに下がらないから、ちょうどいいかも」

「やはり人数がいると戦術の幅が広がるものだな」


 そう呟いたレオンの声を聞きつけ、俺はあることに気付いた。


「そういえば、もう一人男の人がいたよね?」

「ん? ああ……」


 俺がラウムに向かう時、レオンたちは三人組だった。もう一人、男の冒険者がいたはずだ。

 彼の名前すら俺は知らなかったが、その男の姿が見えない。


「その、あの後に少しあってな……いや、命は無事だったんだが」

「ちょっと怪我をしちゃってね。足を痛めて引退しちゃったのよ。今もメンバー募集中なんだけど、ラウムじゃいい人が見つからなくて」

「それで他所の街で人材を探してみようと思ってね。ちょうどテムルさんがストラールに向かうというから、便乗させてもらったのさ」


 冒険者という職業は、言うまでもなく危険と隣り合わせだ。衰えを知り、引退するまで五体満足ということは非常に稀である。

 レオンの仲間も、その過酷な洗礼を浴びてしまったらしい。


「それは、その……ご愁傷様」

「ありがとね。でもニコルちゃんが気にすることじゃないわよ?」

「うん、でも……」

「うう、こわいのはやだよ」

「ミシェルちゃんは、ニコルちゃんがついてるから大丈夫じゃないかな?」


 冒険者の引退と聞いて、ミシェルちゃんが怖がる。だがすぐにエレンが慰めていた。

 どうやらエレンの中では俺の株が爆上がりしているようだ。俺だって、どうにもならない事態は存在する。

 だからこそ、こんな目――転生する羽目に遭ってしまったのだから。

 だがこの言葉は非常にありがたい。最近は苦戦することも減り、俺にも油断が生じている可能性がある。

 もう一度気を引き締めておかないと、レオンの仲間のように引退することになるだろう。


「わたしも何度も死にかけた経験もあるから、気をつけないと」

「本当だよ。ニコルちゃんの場合はもっと気をつけないと。まるでイノシシ」

「なんだとぉ!?」


 俺の言葉の尻馬に乗って、ミシェルちゃんが軽口を叩いてきた。

 その口を俺の指がつまみ、左右に引っ張る。


「余計なことを言うのはこの口かー」

「いひゃい、いひゃいぃ」

「でもニコル様も、もう少し自重していただかないと。万が一お身体に傷でも残られますと、わたしがライエル様に殺されてしまいます」

「パパはそんなことしないよ?」

「わかってますとも。だからこそ、おつらい思いをなさるでしょうね」


 もし俺に万が一が起これば、普通ならその時そばにいたフィニアに怒りが向く。

 だがライエルもフィニアとの付き合いは長い。それが力及ばぬ事態だったことは理解するだろう。

 ならば、ライエルの怒りはどこに向くのか。矛先を失った怒りを抱えたままでは、つらい思いをすることは間違いない。

 フィニアはそう窘めているのだ。


「うん、気を付けるよ」

「はい」


 俺が素直にそう返すと、フィニアは微笑んで俺の頭を抱き寄せたのだった。

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