第379話 先輩との再会

 五日目の昼、ようやくストラールの街が見えてきた。

 あそこでガドルスが新しい宿を開いているらしい。

 ストラールの街は意外と大きな街で、ストラ領の首都であると同時にこの地方の高等学院なども存在する。

 魔術学院の先輩でもあったドノバンは、この地方の領主であり、現在はその高等学院に通いながら領主をつとめているのだとか。

 さすがにラウムの魔術学院のように巨大な建築物は存在しないが、高く頑強な壁に囲まれた、地方とは思えないほど発展した街だった。


「ようこそ、ストラールへ。すまないが、街に入る前に身分証の提示を」


 歩兵槍パイクを構えた門番が、まるで歓迎していないような口調で歓迎の言葉を告げる。

 一日に何百人も出入りがあるであろう街で、日に何度も同じ言葉を口にしていれば、そうもなるだろう。

 テムルさんは商人ギルドの身分証を提示し、レオンたちは冒険者ギルドの冒険者証を提示する。

 無論、俺たちもレオンに従い、それぞれの冒険者証を提示した。


「ふむ、第四階位に第一階位か。妙な取り合わせだな」

「この子たちの教育も兼ねていてね。有能過ぎて何も教えられなかったが」

「ほう? 見たところ未成年もいるというのに……先が楽しみだな。いろいろと」

「この子にちょっかい出すのはやめた方がいいぞ。六英雄のゆかりのものだ」


 俺やフィニアの美貌やミシェルちゃんの胸を見て、好色そうな声を上げた門番に、レオンがそう警告を発した。

 それを聞き門番は身体を硬直させて、直立不動の姿勢を取る。


「六英雄! ということはあのガドルス様の宿に世話になるのか!?」

「ああ、その予定だ」

「しかし……」


 そこで門番は困った表情を浮かべる。何か言いたげな顔である。


「どうかしたのか?」

「ああ、言うまでもなく『あの』ガドルス様の宿だ。開店と同時に客が殺到してな。今も満室が続いているという話だ。今から行っても部屋が取れるかどうか……」

「そうか……いや、考えてみれば当然の話だな。この子たちはともかく、俺たちは無理っぽいなぁ」

「だろうな。現にその宿目当てに冒険者が大量に流入して、俺も大変なんだ」

「それはご愁傷様。だが職務だ、がんばってくれよ」

「これほど慰めにならない激励は久しぶりだよ」


 ガドルスが宿を開いた、その一点において北の地に冒険者が流入したこともあった。

 そして大半が英雄に憧れた新人や、身の丈に合わない野望を持った冒険者たちだ。人数が増えたほどの成果も上がらず、逆に治安が悪化したこともあったくらいだ。

 だがそれも一時的なもので、やがて実力のない者は淘汰されていき、そこそこの力を持った人材だけが残っていく。

 こればかりは宿の主がガドルスであっても変わらない。


「ラウムに負けないくらい、大きな街ですね」


 門番と別れ、街の中に入っていくと、往来の喧騒が俺たちを出迎える。

 その賑わいも、人の多さもラウムとほとんど変わらない。フィニアがそう漏らしたのも、納得の賑わいだった。


 しかしその喧騒の質が、急激に変化する。

 見ればやたら豪華な装飾を施された馬車が、門に向かって爆走してくるところだった。


「な、なにごと!?」

「さぁ?」


 思わず一歩退いた俺に、暢気に答えるミシェルちゃん。この子の肝は実は太いのかもしれない。

 その馬車は門の前、いや俺たちの前までやってくると急停車し、中から一人の男が降りてきた。

 その顔は俺も見覚えのある男の顔だ。


「ようこそストラールにいらっしゃいました、ニコル様!」

「ヒッ!? あ、こんにちは、ドノバン先輩。元気そうでなにより?」


 勢い込んで乗り出してくるドノバンに、俺は思わず引き攣った声を上げた。

 いや、くっつかんばかりに迫ってくれば、誰だって仰け反るだろう。しかしドノバンはそんな俺の態度に斟酌しんしゃくすることなく、会話を続ける。


「はい、六英雄の方々に後ろ盾になってもらったことで、問題も瞬く間に解決いたしました! いや、御方々には足を向けて眠れません!」


 魔術学園を卒業し、この街の高等学院に通うドノバンは、俺の記憶よりややふっくらとしたように見える。

 部下が従ってくれないというストレスもなくなって、食も進んでいるのだろう。


「おっと、立ち話も無粋でしたね! どうぞこちらに。ガドルス様の宿、『大盾の守護』までご案内します!」

「いや、わたしはまだ仕事中ですから」

「そうおっしゃらずに……」

「仕事中だから!」


 ドノバンは、卒業間際に俺の取りなしで窮地を脱してからは、俺を主のように崇めている。

 今回わざわざ出迎えにやってきたのは、コルティナやマクスウェルから先に連絡が行っていたからだろう。

 馬車による移動なので、到着時期を予測できたのだろう。コルティナならば、それくらいは容易くやりそうだ。


 だからといって、依頼の完了を告げられていないうちから、勝手に別行動するわけにはいかない。

 これは俺たちの遠征の勉強でもある。最後まできちんとこなさねばならない。


「いまは依頼の最中なので、申し訳ありませんが、ご遠慮ください」

「くっ、確かにニコル様の仕事のお邪魔をするわけには行けませんね。わかりました、では一足先に宿の方でお待ちしておりますので」

「いや、待たなくていいから。到着したばかりで疲れてるから」

「おお、それは気が付きませんでした。確かにお疲れでしょう。では後日使いの者を向けますので、食事でもいかがでしょう?」

「気が向いたらね」


 ドノバンも丸くなったものだ。当初は平民と見ると見下すような屑だったのに。

 いうなればこれも成長と見えなくもない。偏見と鼻につく態度の領主よりはよっぽどマシだ。


「そうだ、この街でいい宿知ってる? レオン先輩たちが宿があるか心配してたんだけど」

「それでしたら、西門の近くにあるやまびこ亭の評判がいいですね。少々値段は高めだそうですが」

「だそうですよ?」

「ありがたい、ぜひ訪れてみますよ、領主殿」


 やや引いた態度のレオンがそう答える。彼の視線はドノバンが乗ってきた馬車が掲げている紋章に向けられていた。

 言うまでもなく、そこにはサルワ家、すなわちドノバンの家の紋章がある。

 知る者が見れば、一目で彼が領主とわかるだろう。


「その、ニコルちゃんは領主様と知り合いなの?」

「魔術学院の先輩でした。ついでにコルティナが困りごとを解決したので、取り次いだわたしにも恩を感じているみたいで」

「それであの態度なのね……納得」


 エレンがこっそりと俺に耳打ちする。

 どうやらこの街でも、賑やかになりそうな気配が漂っていた。

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