第372話 釣果
男たちが盗賊であることを証明するために、わざと襲われる。
そんなある意味イヤな役割を負って、俺とフィニアは男たちに近付いていった。
腰を下ろしていたのは昼間とは別の男で、そこに近付いてきたのは昼に話したあの男だ。
どうやら交代で、街道を往来する旅行者を値踏みしていたらしい。
「あ、よかった! 人がいたよ、フィニアお姉ちゃん」
「へ? お姉ちゃ――!? あ、いえ、そうね、よかったわ、ニコルちゃん」
俺の唐突なアドリブに、フィニアも調子を合わせてくれる。しかし、鼻先を抑えるのはなぜだ?
ともかく俺は、きわめて無邪気に、そして歳相応に愛らしく振舞うように徹しておく。
その方が男どもも警戒心を薄くするだろうことを見込んでのことだ。決してこれが地なのではない。その意見には断固として拒絶する。
「っと、こんばんは。お嬢さんたち」
「こんばんは。よかった、人がいて。こんな夜道に誰もいなくて不安だったんだぁ」
「ああ、森の夜道は気味が悪いからな。
無警戒を装う俺の軽口に、男も相槌を返してきた。
月夜の中、たいまつで照らし出されて、俺たちの姿が浮かび上がっている。
俺はいつもの旅装にカタナを腰に下げ、これ見よがしに赤い縁取りの冒険者証を首から下げている。
フィニアも長剣を腰に差してはいるが、同様に冒険者証は目に見えるようにさせておいた。
これで連中には、俺たちがペース配分を間違え、夜道に彷徨う未熟な冒険者に見えるはずだ。
たいまつの揺らめく炎で俺の銀髪は赤い光を反射し、マリア譲りの美貌を露呈している。
フィニアもエルフ特有の華奢な体躯が、明かりで浮き上がって見えているはずだった。
俺の意図の通り、こちらを値踏みするようにねっとりとした視線を送る男たち。
その視線に、フィニアはフルリと小さく身を震わせていた。
「ああ、こんな夜道だ。警戒するのも当たり前か? 見てくれ、大した装備はしていないよ」
フィニアの緊張を感じ取ったのか、男の一人が両手を広げて無警戒をアピールしてくる。
やはり腰の見えにくい位置に短剣を用意しているが、その程度の武装は旅行者なら当然、むしろ軽すぎるくらいだ。
俺はフィニアと軽く視線を交わし、小さく頷いて見せた。
それは男の武装を確認するためでもあり、安心したと男に思わせるための演技でもある。
「その……昼のペースを間違って、こんな時間になってしまって。ラウムの街はまだ遠いのでしょうか?」
おずおずとフィニアが男に尋ねる。無論、これは道に迷った冒険者のアピールのためである。
男たちはその言葉を受け、小さく笑みを浮かべていた。
おそらくは『いいカモがやってきた』と思っているに違いない。
「少し距離はあるなぁ。こっちに休憩小屋があるから、休んでいくといい」
「そうなんですか? ではお世話になります」
男が指さした先に小屋なんてない。おそらくはそっちに盗賊のアジトがあるのだろう。
ニヤリと笑ってフィニアに近付き、その背に手を回す男。
森の中にほとんど力づくで押し込まれ、街道からの視界が途切れたところで彼女を押し倒した。
「きゃっ!?」
「いけねぇなぁ。こんな夜道に別嬪さんが出歩いちゃ」
俺はとっさにフィニアに駆け寄ろうとしたが、その手はもう一人の男に捕らえられていた。
「おおっと、お嬢ちゃんは俺の相手をしてもらおうかな? ちぃっとばかりナリは小さいが、こっちも極上品だ」
「むしろそっちの方が高く売れそうだぞ。下手に手を出すとまずいんじゃないか?」
「なぁに、親方には元から『使用済み』だったって言っておけばいいさ」
そういうと俺の胸元に左手を伸ばしてくる。右手を使わなかったのは短剣を即座に抜けるようにするためか。その程度の理性は残っているらしい。
ともかく、この段階でこいつらが真っ当な人間でないことは確定だ。しかも『親方』という単語からも、仲間がいることは判明した。
もう我慢する必要もないだろう。
右足を跳ね上げ、同時に左足でジャンプして男の腕にしがみつく。
跳ね上げた右足を肩越しに振って男の顔面に叩き込み、そのまま勢いのままに身体を反転させつつ、自重を使って地面に引き倒す。
本来なら俺の体重は片腕でも保持できるレベルなのかもしれないが、唐突に腕にしがみつかれたせいで、男はなすすべもなく地面に転がる羽目になった。
そして身体をひねった俺によって腕が捩じられ、勢いのままに地面に叩きつけられる。
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!?」
落下の瞬間、ゴキリ、ともブチリともつかない感触が、俺の腕に伝わってきた。
これは関節が外れ、靭帯が千切れた時の感触に近い。おそらく男の右腕は使い物にならなくなったはず。
「な!? てめぇ!」
俺が男の一人を無力化したことで、フィニアに跨っていたもう一人の男が身を起こす。
だがフィニアもそれを見逃すほど、お人好しではない。
身を起こした男はすなわち、その急所をフィニアに晒したことに繋がる。それを見逃す彼女ではなかった。
「えぃ!」
「ぐぎゃあ!?」
危険な場に似合わない、可愛らしい掛け声を上げてフィニアは足を振り上げる。
それは狙いを外さず、男の股間に直撃した。
男は前のめりに倒れ込むが、まだ意識を手放したわけではない。
その隙に素早く起き上がった俺は、すかさずフィニアの元にフォローに走った。
途中、まだ意識を保っている腕を折った男の顔面を蹴りつけておく。
「ガフッ!?」
犬が吠えるような悲鳴を残し、その男は気絶した。痛みの限界点を越えてしまったのだろう。
そして俺は男を放置して尺取虫のような体勢で倒れた男に駆け寄り、その股間をもう一度、全力で蹴り上げた。
手で押さえていたとはいえ、勢いよく蹴りつけられては、その衝撃を受け止めきれない。
「けひゅ――」
奇妙な声を上げて、男はついに意識を手放した。口元から泡を吹き出しているのが哀れを誘う。
「ふっ、俺も無惨なことができるようになったものだな……」
男の惨状に、俺は小さくそう呟いた。
前世では、さすがにこんな戦い方はしなかったのだが、今は効率優先でついやってしまう。男では到底できない攻撃だ。
しばらくして、戦闘の気配を察してレオンたちが駆け付けてくる足音が聞こえてくる。
足元には無力化した二人の男。
こうして俺たちは、尋問対象を得たのだった。
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