第371話 夜釣り

 盗賊討伐が決まり、レオンさんとエレンさんはその討伐に出ることになった。

 問題は俺たちだ。子供である俺たちを、人同士の争いに巻き込むことに、フィニアとエレンが心配していた。


「大丈夫、わたしたちはこれでもきちんとした冒険者だから」

「そうそう。わたしも人を射たことはあるし!」

「あの時は死にかけたよ」


 ミシェルちゃんが人に向かって矢を放ったことは、数えるほどしかない。

 その中でも、ラウムに来た初日の戦いは印象深いだろう。

 あの時は初めて放った白銀の大弓サードアイの衝撃波に巻き込まれかけて、大変な目に遭った。


「二人が行くって言うなら、俺だけ行かないとか言えねーじゃん……」


 元から殺る気満々な俺に、ミシェルちゃんも同行の意を示す。

 そうなるとクラウドは一人残るというわけにもいかず、結局同行することになった。


「わかったけど、絶対無茶はしないでね。私たちが逃げろと言ったら、無条件で逃げること。わかった?」

「わかった」

「りょーかいー」

「承知しました。ニコル様を抱えてでも逃げます」


 極端な態度を崩さないフィニアに、エレンもさすがに苦笑いしていた。

 ヒースという冒険者にテムルさんを任せているため、今夜中にカタをつけたい。

 暗闇で盗賊退治というのは、本来なら不利な状況なのだが、連中もまさか通り過ぎた冒険者が討伐に戻ってくるとは思うまい。意表を突くことは可能なはずだ。

 接近を気取られてはいけないので、手に持ったランプの灯りは最小限まで絞っておく。


「後でどうとでも、とはいったけど……まさかその日のうちに戻ってくるとはね」

「でも、悪人を即座に断罪できるのはいいことだよ?」


 なんともいえない表情をするレオンに、俺は少し弾んだ声で弁護しておく。


「君は何でそんなに楽しそうなんだ?」

「え、悪人を倒せるんだよ。楽しいでしょ?」

「ニコル様、すっかり好戦的になってしまわれて……」

「わたし遠くから撃ってるだけでいいよね?」

「俺、何すればいいんだよ。隠密行動とかできねーよ」

「シッ!」


 クラウドが愚痴ったところで、俺は雑談を停止させた。

 夜の闇の中だが、今日は月が出ているためある程度見通すことができる。

 俺の視線の先には、昼と同じ場所に腰を下ろしたままの、怪しい男の姿を捉えていた。


 さすがに昼とは別人のようだが、腰の辺りに短剣を隠し持っているのは同じだ。

 旅人が武装していてもおかしくはないのだから、普通に剣でも持っておけばいいのに。


「いたか」

「うん。それと……」


 男に近付く気配を一名、俺は察知していた。

 どうやらギリギリ、連中の店仕舞いに駆け付けることができたようだ。

 まだ距離があるので、連中が何を話しているのか聞こえはしない。


「どうする? ここで襲撃するか?」

「いや、この討伐隊のリーダーはレオンさんでしょ。なぜわたしに聞くの?」

「あー、なんとなく頼りになりそうな気がしたので」

「まあいいけど。襲撃はまだ待った方がいいよ。あれで全員なわけないし。それに盗賊と確定したわけでもない」


 装備と行動が怪しかったというだけで、捕らえるわけにもいかない。現状では奴は道端で休んでいただけなのだ。

 だからこそ確定的な証拠が欲しい。

 それに盗賊の総数もまだ不明だ。レオンを見て手を引いたところから見ると、実力的には第三階位以下。そして馬車を襲うとなると六人以上の人数は必要になるはず。

 道を塞ぐために前後に三人ずつ。できれば襲撃役と監視役だ。


「このまま後をつけて、アジトを調べ出すか?」

「それより釣りを仕掛けてみたらどうかな?」

「釣り?」

「うん、夜間の旅行者を装って、わざと襲ってもらうの。ほら、わたしとかいい感じにお金になりそうな外見でしょ?」

「いや、しかし……」

「それに昼間の時は、わたしは幌の中に隠れていて姿を見られていない。初見を装って近づくには都合がいいよ」

「そんな! ニコル様をそんな危険な目に遭わせるわけにはいきません。その餌は私が――」

「フィニアこそ、そんな危険な目に遭わせるわけには……」

「一緒に行けばいいんじゃねぇの?」


 俺とフィニアが口論になりかけたところで、クラウドが口を挟んできた。

 少しヒートアップして、声が高くなりかけていたので、いいタイミングだ。

 なるほど、確かに俺とフィニアのセットならば高く売れるだろう。フィニアは華奢なエルフで、見た目もまだ二十歳前に見える。実際は二十七歳らしいが。

 金髪のフィニアと銀髪の俺。組み合わせとしては見栄えもするだろう。


「しかし、大丈夫なのか?」

「ニコルちゃんはこう見えてもすっごく強いんだよ?」

「いや、だが……それでも第一階位だし。まだ子供だし」

「それがいいんじゃない」


 夜道を行く銀髪少女と金髪エルフ。襲って奴隷にするなら、これほど値が付きそうな組み合わせもあるまい。

 しかも未熟者の証の第一階位の冒険者証をつけている。

 これを狙わない盗賊はいまい。


「危なくなったら、ミシェルちゃん、よろしく」

「うん。ぜったい逃がさないから」

「誤射はしないでね?」

「その時はゴメンね?」

「ぜぇったいしないでね!?」


 最近のミシェルちゃんの殺傷能力の高さをこの身に受けたら、間違いなく即死してしまう。

 そのシーンを想像したのか、レオンも顔面蒼白になっていた。彼女のことは緘口令が敷かれていたが、ゴブリン戦で現場にいた一部の冒険者には、その事実が知られている。

 命の恩人を知らずにおくほど、冒険者も不義理ではない。

 一定以上の階位を持つ冒険者で、人格的に信頼されている者には、ゴブリンを撃退したのが彼女の行為であることが知らされていた。


 レオンたちは街道脇に潜み、俺はわざと目立つようにランプの灯りを強める。

 今回は月が出ていたので、こちらの存在を知られないために明かり絞ってここまで来たが、夜道を行くのにギリギリ足元を照らす程度の灯りでは不自然だからだ。

 できるだけ自然に、そしておいしそうな餌を演じる。

 こうして俺は、盗賊と思しき男どもに近付いていったのだった。

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