第370話 盗賊確定?

 馬車は何事もなく旅人の横を通り過ぎていく。

 旅人も何かするわけでもなく、路傍に腰を下ろしたままだった。

 怪しい素振りは、今のところまったく見えない。


 御者台とその横を歩くレオンとクラウドが、何事か話し合っているのが荷台から見えた。

 漏れ聞こえてくる『多分様子見』とか『警戒』という単語から、どうやら考えていることは同じらしい。


「クラウド、さっきのどう思う?」


 俺はちょっとした試験のつもりで、そう尋ねてみた。これも経験だ。


「ん、そうだな。多分さっきの奴は盗賊の偵察じゃないかな? 雰囲気がどこかピリピリしてたし」

「そうだな、右手が常に腰の辺りを彷徨さまよっていた。短剣を持つ者がよくする癖だ」


 クラウドの想像をレオンが保証する。その推測は俺も同意だ。


「正解。腰の後ろに短剣の柄が見えてた。ちらっと見えただけだったけど鞘が異常に細かったから、多分普通に使うナイフとかじゃなくて、暗殺なんかに使う小さくて細い奴だよ」

「そこからそんなところまで見えたのか、すごいな。だが、そんな武器を持っているということは、間違いないか?」


 鞘の形状から、おそらくは針状の剣身を持つ刺突短剣スティレット

 暗殺者がよく使うタイプの短剣だったので気付いたのだが、レオンはその観察眼を褒め称えてくれた。正直いって少し面映ゆい。


「でも、そのあとに動く様子が無かったから、勘違いかもとか思ってた」

「それは違う。多分、レオンさんの冒険者証を見て警戒したから、襲撃をやめたんだよ」

「俺の?」


 レオンの胸元には紐で吊るされた冒険者証が下げられている。

 冒険者証のカードの縁取りは、その力量が一目でわかるように何色かの色で塗り分けられていた。

 もちろんレオンのカードも第四階位を示す緑で塗られているため、その力量が一目でわかる。

 あの偵察の男は、それを調べ、敵わない敵を避ける役割を持っていたのだろう。


「では、盗賊が我々に襲い掛かることは無いのですね。よかった」


 俺たちの会話を聞き、ホッと胸をなでおろすテムルさん。商人の彼から見れば自分が襲われないことこそ最優先なので、その安堵は理解できる。

 だが、道行く旅行者をカモにする盗賊どもと聞いて、俺は少しムカムカする感情を覚えていた。前世だったら即座に断罪に向かっていたところだ。

 レオンも同じ感情を持ったらしく、微妙な表情をしている。

 だが今の俺たちの任務は、テムルさんの護衛だ。この場を離れるわけにはいかない。


「レオンさん、今は先に急ごう。連中はこの近辺を根城にしているっぽいから、後ででもなんとかできる」

「ああ、そうだな……」


 俺たちは冒険者で、依頼をこなすのが仕事だ。自己の正義を押し通すのは今じゃない。

 レオンも俺の言葉に、自分を無理やり納得させたのか、先を促すように馬車を動かす。


「エレン、まだ襲撃が無いと決まったわけじゃないから気を付けて。他の人たちも警戒は解かないように」

「わかったわ」

「りょーかい」


 エレンと、そしてミシェルちゃんがビッと敬礼して返す。

 その日はそれからしばらく進んだところで野営することになった。




 夜になって、街道脇に設置された宿泊小屋を利用する。

 これは往来する旅人のために設置されたもので、風雨を凌ぐための小屋と毛布、そして井戸があるだけの粗末な小屋だ。

 ときおり不審者の巣窟になっていたりもするが、そのたびに冒険者や国の衛士が派遣されているため、現在は安全は保たれている。

 この日も俺たち以外に旅人がいたが、話を聞く限りラウムへ向かう商人と護衛らしく、特に変な所はなかった。 


「不審者、ですか?」

「ええ。おそらく盗賊の偵察ではないかと。うちはレオンさんが第四階位だったので見逃されたようですが」

「それは羨ましい。私どもの護衛は第三階位ですから危ないかもしれませんね……」


 テムルさんとその商人が情報交換をしていた。

 ラウムに向かう商人にとって、その周辺に根を張る盗賊というのは、頭の痛い問題だ。ましてや撃退する戦力を持たないとなると、ラウムに立ち寄ることすらできなくなる。


「どうです、ヒースさん。あなた方で盗賊の撃退はできるでしょうか?」

「直接見ていないので何とも。だが追い払うだけならなんとか」


 ヒースと呼ばれた商人の護衛は、答え難そうにそう返す。

 倒せると言えないところが厳しいところだろう。彼の吊るしている冒険者証の縁取りは黄色。第三階位の証だ。

 他に二名いる仲間も同じく黄色なので、同格のはず。


「……なるほど、わかりました」


 倒せると明言しなかったことから、実力に不安があることを察したのか、その商人は小さく頷いた。


「だが、それでは我々としても少し困ったことになりますね」

「そうですな。当方としても、レオンさんと契約できねば、ラウムに戻る時に困ることになるかもしれませんし」

「どうでしょう、レオンさんを見て手を引いたというのなら、レオンさんならば連中に勝てるのでしょう。私どもから依頼を出しますので、討伐していただけませんか?」

「いや、それは……」


 商人との会話で盗賊討伐を持ちかけられる。

 彼としても、レオンほどのベテラン冒険者を常に確保できるわけではない。

 かといってラウムに戻って討伐依頼を出すというのも、時間がもったいない。


「ふむ、確かに戻るのは時間の無駄ですし、安全を確保するために討伐するという意見もわかります。ですがその間、私の身が無防備になってしまうんですよ」

「では、その間はヒースさんに護衛してもらうというのはどうでしょう?」

「それは俺たちの護衛対象が増えるということか? 追加料金を払ってもらうことになるが……」

「それはお支払いしますよ。ですがこれは、この先の盗賊を排除できない故の苦肉の策ですので、多少は値切らせてください」

「ぐ……わかった」


 どうやら向こうの話し合いはついたようだ。

 再び商人はテムルさんに提案してくる。今度はこちらが決断せねばならない。


 初対面の商人を信じて討伐に向かうか、信じず無視して先に進むか。

 

 テムルさんはちらりとレオンに視線を送る。

 ここで盗賊を討伐しておきたいレオンは、力強く頷いて同意を示す。


「わかりました、お受けしましょう」

「わたしも行くよ」

「ニコル様!?」

「だって、レオンさんは戦士だよ? 夜間の戦闘となれば斥候は必須。その技能が一番高いのは、多分わたしだし」

「確かに私も一応斥候ではあるけど、ニコルちゃんほどの感覚の鋭さは持ってないわね」

「ね? だから連れて行って」


 フィニアは俺が参戦することに最後まで渋っていたが、同行者の安全のためと諭され、最後には折れることになった。


「では、よろしく頼みます。ですが、あくまでご自身の安全を最優先に。あなた方がいなくなれば、わたしも困りますから」

「ええ、それは充分に理解しています」


 俺たちの意見がまとまったところで、テムルさんは語りかけてきた。

 ここでレオンがいなくなれば、彼はいやおうなくラウムに戻らざるを得ない。

 そして守る人の増えたヒースたちは、盗賊の餌食になるかもしれない。

 だからこそ安全を最優先にと指示したのだろう。


 その後、装備を点検して、夜間の街道へと踏み出していく。

 こうして俺たちは、盗賊討伐に出ることになったのだ。

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