第369話 いきなりの不審者
今回の目的地は、ストラ領の最大の街であるストラールという街だ。
その街は街道を五日ほど北上した場所にある。デンの住んでいた岩山の少し北に当たる場所だ。
デンは森の中を彷徨っていたため、ラウムまで一週間掛かったが、拓かれた街道を通るならそれほど時間はかからない。
「それにしても、ニコルちゃんは大きくなったわよね。すっごく美人さん」
「そ、そうかな?」
「もちろんミシェルちゃんも可愛くなったわよ。私見違えちゃった!」
「えへへー」
冒険者の一人、エレンさんは成長した俺たちの姿に絶賛の言葉を垂れ流していた。
変装した姿でなら会ったことはあるが、この姿では久しぶりの再会になる。
「フィニアちゃん……はあまりかわらないわね。むしろ変わらないのがうらやましい」
エルフのフィニアはこの数年まったく成長した素振りが無い。
人間のエレンさんからすれば、それは嫉妬すら覚えかねないほど羨ましいのだろう。
「そうだね、二人ともすごく背が伸びたね。びっくりしたよ」
「もう、女の子に対する誉め言葉じゃないでしょ、それ」
「いや、でも子供に対する誉め言葉にはなってるから……」
「子供って言われて喜ぶ女の子は少ないと思うの」
「そうなのか?」
エレンとレオンの二人のやり取りを見て、俺は何となく前世の俺とコルティナを連想した。
なるほど、当事者だった時は気が付かなかったが、外から見てるとどう見ても仲がいいな。
これを頻繁に見せつけられていたマクスウェルは、さぞやきもきしたことだろう。
「ね、ね? あの二人って今考えたら好きあってるよね?」
「そーだねー、バレバレだよねー……」
「だよねー。いいなぁ、なんだか憧れちゃうなぁ」
「ミシェルちゃんだったら引く手数多だと思いますよ?」
フィニアが、頬をおさえて悶えるミシェルちゃんに、そんな指摘をして見せる。
この二人は性格も体型も正反対だが、妙に気が合うところがある。まるで姉妹みたいだ。
「え、そっかな? そんなことないと思うけど」
「まあ、ミシェルちゃんはいろんなところから引く手数多だけどね」
「むぅ、ニコルちゃんがいじわるだ!」
ミシェルちゃんを欲しがる組織は多い。軍隊に貴族。ラウムの冒険者たちの注目も集めていた
俺が軽く皮肉を飛ばすと、打てば響くような反応を返してくるミシェルちゃん。
この反応の良さがあるからこそ、彼女は誰からも好かれるのだろう。
いつの間にかエレンさんがこちらに恍惚とした視線を送っていた。
「ああ、美少女姉妹ってのもいいわねぇ」
「わたしとミシェルちゃんは姉妹じゃないし?」
「そんなのわかってるけど、女の子がわきゃわきゃしてるのを見てるのはとても楽しいのよ」
「そんな見世物みたいに……」
「ニコルちゃんの美貌は充分鑑賞に値するわよ」
「それは少しうれしくない」
俺は見られるよりも見る方が好きなタイプだ。フィニアやミシェルちゃんを見ているのは非常に楽しい。
今もフィニアに宥められているミシェルちゃんを見ているのだが、仲の良い姉妹を見ているようで非常になごむ。
よく考えてみれば、マリアの教会の仕事などにもフィニアはついていき、そこで子供たちの世話をしていた時からミシェルちゃんとは知り合いだったらしいので、この二人はかなりの年月を付き合っていることになる。
仲が良いのも当然かもしれない。
「ん、どうかしたの、ニコルちゃん?」
「んーん、なんでも」
「そう?」
不思議そうに首を傾げるミシェルちゃんは、贔屓目なしに可愛らしい。
この外見で、あれほどの弓の技量があるのなら、リッテンバーグでなくともそばに置きたくなるのはわかる。
だからこそ、彼女の身は俺が守ってやらねばなるまい。
彼女は俺の命の恩人で、戦友で……仲間なのだから。
ミシェルちゃんの追及をごまかすように、視線を前に向ける。
ストラールの街まで五日かかる。街道とは言えここは森の中で、人目が多いとは言えない道だ。盗賊どもが襲撃を掛けるにはもってこいの地形でもある。
無論、そんな無頼漢はできうる限り冒険者の手によって排除されてはいるが、こればかりはどれだけ排除しても次から次へ湧いて出る。
特にテムルさんのように長距離を移動する商人は、連中にとって格好の獲物となる。
だからこそ第四階位という、レオンのような腕利きを雇っているのだ。
もっとも彼等とて、元から才能あふれる冒険者だったわけではない。
以前の旅では若いころのドジなどを披露していたし、もっと若い新人の頃はそれなりに苦労していたのだろう。
俺たちと別れた五年の間に第三階位から格を上げたらしいから、まさに叩き上げの実力者なのだ。
だからこそ、彼等は警戒を怠らない。
「ん?」
「あ、ニコルちゃんも気付いた?」
「うん、あそこ。人が座ってるね」
「そうね。旅人が休んでるだけだったらいいんだけど」
エレンの言いたいことは理解できる。
休息をとる旅人を装い旅行者の懐に入り込み、油断した瞬間に襲撃を掛ける。野盗の常套手段である。
「レオン」
「ああ、わかっている。テムルさんは中に。エレンは後方監視。ニコルちゃんとミシェルちゃんは馬車の中でテムルさんの護衛を」
「了解」
「クラウドくんは俺のそばにいてくれ。フィニアさんはエレンのサポートを」
てきぱきとレオンが各自に指示を飛ばす。特に奇をてらった配置ではないが、堅実な陣形を展開させる。
俺とミシェルちゃんは幌付きの馬車に乗り込み、テムルさんのそばについた。
そして御者台には代わりにレオンが乗り込み、その御者台の隣をクラウドが歩く。
乗り込まないのは、馬車の上では即座の戦闘行動に入れないからである。
そして馬車の後ろにはエレンとフィニアがつき、後方を監視している。前方に注意を引きつけ、その隙に後方から襲い掛かるのも、よくある手だからだ。
やがて馬車はその人影のそばに辿り着く。
そこで腰を下ろしていたのは、一見したところ何の変哲もない旅行者だった。
ややくたびれたマントや、もさもさと伸びたヒゲが不潔感を漂わせている。
「やあ、いい天気だね」
まるで芝居のような挨拶を、その男は返してきた。
レオンも同じことを感じたのか、警戒を解いた気配はない。
「ああ、そうだね。休憩かい?」
「そうさ。天気が良すぎてちょっとのぼせちまったんだ。だらしない話さ」
「助けはいるか? 水くらいなら提供できるぞ」
「ああ、済まないな……なら一口で良いから水をくれないか。街までもう少しってところで切らしちまったんだ」
俺たちがラウムを出て数刻経つ。確かにこの距離で水を切らせたのはつらいだろう。
レオンの目配せを受け、クラウドが水袋を持って近付いていく。
男はその水を受け取り、一息に飲み下した。
「や、助かったよ。これで何とかラウムまで辿り着けそうだ」
「そりゃよかった。でも気をつけろよ。旅の途中で水を切らすと、命に関わる」
「ああ、そうだな、大失態だ。今度から気を付けるさ」
明るい表情で手を振り、再び腰を下ろす男。
水を飲んだと言ってもいきなり動けるようになるわけではないので、この行動は怪しくない。
クラウドが馬車のそばに戻ってきて、ゆっくりと通り過ぎていく。
男も二、三度、こちらに手を振っただけで何ごともなく、その場を去ることができたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます