第73話 ノールド山
しばらくして買い出し組が戻って来たので、再び南方の森に出向く事になった。
ゴーレムに荷車を引かせ、その上に俺達子供とトリシア女医。それと交代でライエル達も乗り込んで昼食を済ませる。
常に三人が荷車を囲うように警戒している所が、熟練を感じさせた。
「こういう冒険も結構『有り』よね」
ポリポリと保存食を齧りながら、コルティナは周囲を観察する。
人手が減る分、周囲の監視の目も減ってしまうのが難点ではある。
しかし女王華はそれほど敵対的な存在でもない。山の周辺地域を彼女たちが制圧しているのなら、そこまで厳密に警戒する必要はないだろう。
やがて周囲を覆う緑は姿を消していき、代わりに切り立った岩が目立ち始めた。
同時に荷車の傾斜もきつくなり、山に登っている実感が沸いてくる。ここから先がノールド山中腹という訳だ。
絶え間ない震動が荷車を襲い、俺達の尻と三半規管を痛めつけ始めた。
「うぷ」
「ニコルちゃん、また?」
「ゴメン、乗り物酔い」
「こ、この揺れじゃ仕方ないわよねぇ」
ガコガコと山を登っていく荷車。人跡未踏の地だけに道などはないが、荷車の通れそうな道を選んでライエル達が進んでいく。
気分を悪くした俺に、マリアが
これは
こういった車酔いにもそれなりに有効な効果を発揮してくれるのだ。
「ニコル、これでマシになった?」
「うん。ママ、ありがと」
未だにマリアをママと呼ぶのは、少し違和感があるが、歳を考えるとこう呼ぶのが相応だ。
そんな俺の有様を見て、コルティナが荷車に
この魔法は地面から数センチメートルから、数十センチメートル浮き上がるだけの魔法で、落し穴や地面に設置された罠を回避するのに使われる魔法だ。
しかしこういう場面で使うと、地面の凹凸を無視して進む事ができるため、揺れを軽減する事ができる。
「これで大分楽でしょ」
「コルティナも、ありがと」
「どういたしまして」
ニッコリとこちらに笑顔を向けてくれるコルティナ。その笑顔は、かつて俺が魅了された笑顔でもある。
少し顔が赤くなるのを自覚しつつ、視線を逸らし、周囲を観察して誤魔化した。
「こんな冒険とか初めてですわ」
「なんて便利な連中かしら」
不遜な事を平然と口にするトリシア女医。彼女は六英雄を前にしても物怖じしない、珍しい人種だ。
だからこそ、コルティナと友人でいられるのだろう。
「魔力を消費するから、あまりやりたくはないんだけどね」
「確かに便利だけど、いざという時に一手遅れちゃうのよね」
マリアとコルティナが、ここまでレビテートを使用しなかった理由を述べる。
レビテートは長く効果が持たせる事ができる魔法だが、その分魔力も消費してしまう。
更にそちらの制御に気を取られれば、敵の襲撃に反応が遅れる可能性もある。そういう訳で彼女は使用を控えていた。
しかしこのままでは俺もトリシア女医も、荷車に乗っているだけで消耗してしまうため、仕方なく使用するしかなかったのだ。
「視界が
先頭を行くライエルが、霞のかかってきた視界を見て、警告を発する。
確かに彼の言う通り、これから先は視界が煙っていて、見通しが悪くなっていた。
俺達はそれぞれが用意したピュリファイを込められたマジックアイテムを身に着ける。
マスクと言っても、顔面を隠すような物ではなく、口元を覆うマフラーのような形状をしている。
春も終わろうかというこの時期に少々暑苦しいが、それは火山に登っている段階ですでに問題外だ。
「臭いですわね」
「火山特有のにおい。あまり長く嗅ぐと身体に良くないよ」
「それでこのアイテムが必要になるんだ?」
「ミシェルちゃんも、覚えておいた方がいい。これから先、山に登る事もあるだろうから」
「うん」
ミシェルちゃんは射撃のギフトを持っている。そしてそれは北部同盟首都の貴族にまで知られていた。
つまり彼女は、これから先、軍に所属する未来もあるかもしれない。
そういう時、この冒険で得た知識は有用になるはずだ。
「みんなお揃いだね!」
そんな俺の危惧もどこ吹く風で、彼女は無邪気にそんな事を言っている。
それは不安な将来を吹き飛ばすほど、無邪気な言葉だった。
「うん。わるくないね」
ライエルも、ガドルスも、マリアも、マクスウェルも、コルティナも。
トリシア女医も、ミシェルちゃんも、レティーナも……そして俺も。
家まで戻って自身のアイテムを持ってくるのを面倒くさがった俺達は、同じアイテムを人数分購入していた。
それはパーティとはまた違う連帯感を、俺達に与えてくれる。
ミシェルちゃんにニコリと笑みを返し……そこで俺は気付いた。
「なにか――いる!?」
「えっ?」
俺の声に真っ先に反応したのは、コルティナだ。
疑問を呈する前に自分も周囲の気配を探り、違和感に気付く。
「確かに――マクスウェル、ゴーレムを解除」
「ウム!」
コルティナの指示に即座にゴーレムを解除するマクスウェル。そして長杖を構え、いつでも魔法を使える体勢に入った。
コルティナとマリアも馬車から飛び降り、警戒態勢を取った。そして俺も剣を抜く。
「いる……な?」
「ああ、囲まれておる」
ライエルとガドルスも、自らの得物を構えて周囲を探る。
その声に反応したかのように、霞の中から巨大な影が進み出てきた。
枯れ木の様な体躯を持つ、人型に近い印象を持った異形――トレントが俺達を包囲していたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます