第72話 休息中

 一度ラウムの街に戻り、そこで再度準備を整える事にした。

 マクスウェルが転移門ポータルゲートの魔法が使えるため、元の位置に戻るのも一瞬で済むからこその処置だ。


 屋敷の中庭に面したリビングで一休みし、それから買い出しに出かける事になった。

 疲労困憊したトリシア女医や俺達子供はマクスウェルの屋敷で休ませ、ライエルとマリア、ガドルスの三人がアイテムの補充に向かう。

 コルティナはその間、それぞれの身体をマッサージして回ってくれた。


「あー、いい、いい。そこもうちょっと強く」

「うっさいわ! 子供を差し置いて真っ先にアンタとか、運動不足が過ぎるんじゃない?」

「私はデスクワーク派なのよ」


 トリシア女医は相変わらずコルティナと仲がいい。

 減らず口を叩きながらも、コルティナは丁寧にその身体をほぐしていた。

 俺達子供は回復が早いので、砂糖を入れた甘いホットミルクを飲んで、寛いでいる。

 マクスウェルは屋敷の倉庫へ消えていった。


「コルティナは準備しなくてもいいの?」

「あー、マリアに頼んどいたから大丈夫。浄化ピュリファイの能力を付与したマスクくらいなら、大した出費じゃないわ」

「あれ、私の月給の半分くらいの値段がするんだけど……」


 これはトリシア女医がことさら薄給という訳ではない。

 ピュリファイはかなり初期の魔法だが、非常に使い勝手がいい魔法のため、これを付与したアイテムはそれなりに値が張る。


 この魔法、本来は水を浄化する魔法なのだが、水だけでなく体内の微量な毒素やごく小範囲の周辺の大気も浄化する効果を持つ。

 飲料水の確保や、掃除や洗濯という生活に必須なだけでなく、軽度の毒を解毒し、挙句に有毒ガスの充満した範囲内での行動も可能になる。

 そのためこの魔法を込めたマジックアイテムは、冒険者にとっては必須と言っていい道具になっていた。

 そして死亡率が高く実入りのいい冒険者は、世代交代が激しい。常に新たに生まれ続けるため、その需要は存在し続ける。だから値が下がらない。


「あなた達もそれを飲んだら一休みしておきなさい。ここから山登りなんだから、かなりキツイわよ」

「はぁい」

「わかりましたわ」


 レティーナとミシェルちゃんはコクコクと頷く。俺もカップに口を付けながら、コクリと頷いて答えた。

 正直、ミシェルちゃんやレティーナはともかく、俺は今日はこのまま眠ってしまいたいくらい、疲労している。

 いくら親友がそばにいるとは言え、騒ぐような余裕は無い。


 ミルクを飲み干し、身体を休めがてらミシェルちゃんとレティーナが先ほどの戦闘についてきゃいきゃいと話をしていた。

 俺にとってはいつもの光景だったのだが、初見の彼女達は大いに感銘を受けたようだ。


「ライエル様、すっごかったね! 首をずぱーんって! 一太刀で!」

「少しは落ち着きなさい、はしたない。それよりもガドルス様よ。あのファイアジャイアントのブレスを軽々と蹴散らしたのはすごいですわ」

「えー、ライエル様のがすごかったよ?」

「派手な方にばかり目が行く辺り、修業が足りませんわよ?」

「そんな事ないもん」

「ニコルさんはどっちだと思います?」

「うゅ?」


 半ば眠りに落ちかけていた俺は、その呼びかけに慌てて目を覚ました。

 眠い目をこすりながら、聞き流していた会話を思い返す。


「えーと……」

「ライエル様だよね、ニコルちゃん!」

「ガドルス様よね? ニコルさん」

「うーんと、こるてぃな?」

「どうしてそうなりますの?」


 戦う前に彼我の戦力差を的確に分析し、ライエルとガドルスだけで事が足りると見抜いたのだ。

 彼女がいなければ、マクスウェルやマリアも参戦して、無駄に大火力を叩き込んで疲労していた可能性がある。

 長丁場になる冒険では、最小限の戦力で敵を駆逐するのは、非常に重要なファクターになる。

 それを為すために、コルティナの存在は必要不可欠だ。


「――という訳で、コルティナがいないと無駄に魔法を打ち込んでたかもしれない」

「そういう考え方もあるんですのね」

「ニコルちゃん、すごーい」


 パチパチと手を叩いて俺をほめたたえてくれるが、これは正直言うと前世での経験を語っているだけである。

 なので俺の洞察力が優れている訳ではないから、少しばかり面映ゆい。


「へー、ニコルちゃんってば見るべき所は見てるのね。アンタも見習いなさい」

「私はいいのよ、保健医なんだから」


 ぺしんとトリシア女医の後ろ頭を叩きながら、コルティナは感心する。

 俺くらいの年齢で長期戦の重要性を理解するという事は、普通はできない。


「なにやら賑やかだのぅ」


 そこへなにやら荷車を引いたマクスウェルが中庭に現れた。リビングは中庭に面しているため、その様子が見て取れる。

 見た所、荷車には少量のアイテムしか載っていない。あの荷物を運ぶにしては、少々大仰ではないだろうか?


「マクスウェル、それはちょっと大げさじゃない?」

「そうでもないぞ。荷物はこれから増えるんじゃからな」

「荷物って言っても――あ」


 そこでコルティナは何かに気付いたように手を打った。


「そっか。ゴーレム!」


 偶像作成クリエイトゴーレムと呼ばれる魔法がある。魔力の籠った木切れや土塊を触媒に、簡易の使い魔を作成する術だ。

 これは操魔系と呼ばれる系統に属し、あまり使用する術者はいない。

 なぜなら、ゴーレム自体の戦闘力は術者よりも遥かに劣り、そして常時細かく指示を出さねばならないため、ゴーレムを使役している間は術者は他の魔法を使えなくなる。マリアのような無詠唱や、マクスウェルのような高速詠唱が可能でないと実用は難しい術式だ。

 魔法剣士と呼ばれる者が前衛を補充するのに使ったり、荷物運びなどの労役に使用する程度しか使い道がない。

 今回の場合、ゴーレムを使って荷車を引くと言っても、それほど荷物が無いのになぜ? と思っていると、コルティナが説明してくれた。


「その荷車でトリシアや子供達を運ぶのね」

「あ、そっか」


 俺やトリシア女医は体力が非常に少ない。

 いざという時に疲労して、身の安全すら守れないなんて事態に陥る可能性も、充分にある。

 そこでマクスウェルは俺達を荷車に載せ、ゴーレムで運搬しようと考えたのだろう。


「良かったわね。これで楽に登れるようになったわよ!」

「やったぁ!」


 コルティナの説明に真っ先に歓声を上げたのは、俺でもミシェルちゃん達でもなく、トリシア女医だった。

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