第71話 女王華の行方

 それから数時間、トレント達の群れを求めて森の中を彷徨い続けた。

 しかし、その成果はかんばしくなく、俺の体力の方が先に尽きてしまったのである。

 丁度昼時という事も有り、小休止も兼ねて手近な岩場に腰を下ろし、手持ちの保存食をポリポリ齧っていた。


 ちなみに俺の保存食は穀物を焼いて、砂糖で固めた物だ。

 歯が欠けるほど硬いが、唾液でゆっくりふやけさせて、染み込んだ甘みを愉しんでいる。

 この保存食は食べるのに時間がかかるのだが、胃袋の小さい俺にとっては丁度いい。


「それにしても見つからないわね。マクスウェル、本当にこの辺なの?」

「うむ。ワシが見かけた時はこの辺じゃったはず」

「……今気付いたんだけど、それいつの話?」

「かれこれ四、五十年前だったかのう?」

「なっが! これだからエルフは!」


 全種族の中で寿命が桁外れに長いエルフは、暢気な性格をしているのもが多い。

 マクスウェルもかれこれ五百年近く生きているので、その時間感覚は人間のそれと大きくズレが出てきていた。

 ちなみに寿命が確認されていない半魔人や小人族は、それほどズレていない。

 それは半魔人は迫害のために寿命が全うできるものが少なく、小人族はそれを意識する者がいないからだ。


「しかし、四、五十年も前となると、いなくなっていても当たり前だな」

「しかもファイアジャイアントまで生息してるとなると、どこかに避難していてもおかしくないわね」

「女王華とファイアジャイアントは実力的にはほぼ同列だろう? 眷属を持つ分、女王華の方が優勢なんじゃないか」

「連中は基本的に穏和だからのぅ。争いを避けたかもしれんて」


 ライエルとマリア、マクスウェルが見つからない理由を検討している。

 ガドルスはこういう時は口を挟まないし、コルティナは何かを考え込んでいた。


「むぐ、むぐ……」


 固く焼きしめた保存食は中々柔らかくならない。大きさも大人用なので、少々俺の手に余り気味だ。

 それを両手で保持しながら、俺は聞くともなしにその話し合いに耳を傾けていた。

 俺は今も昔も肉体労働担当で、こういう場面では口を出さないタイプだ。


「ほら、ニコルちゃん。手がべとべと」

「ン、ありがと」


 ミシェルちゃんもその間に干し肉を齧っていたが、俺の手が溶けだした砂糖で汚れ始めているのを見て、ハンカチを差し出してくれる。

 しかも水をかけて汚れを拭いやすいようにしてくれていた。実に気が利く。彼女もいい嫁になるだろうな。


「ちょっと待って。ファイアジャイアントは、前からここに住み着いていた訳じゃないのかも」

「え、何か見つけたのか?」


 コルティナは周囲を見ながら、話し合いに口を挟む。

 ライエル達も彼女の発言の重要性は知っているので、一旦会話を中断し、言葉の続きを待っていた。


「思い出して。ファイアジャイアントは木々をへし折りながら現れたわ」

「そうだな。あの巨体だから、この森の中ではそうするしかないだろう」

「でもこの近辺ではへし折られた木はそれほど多くない。この辺りに住み着いていたのなら、もっと他の木も折れていてもおかしくないはず」


 指摘されて、ライエル達は周辺を見回す。

 周囲は鬱蒼とした森が視界を遮っている……それはつまり、それほど木々が繁殖しているという意味でもある。

 ファイアジャイアントが森を荒らしていたのなら、視界が遮られるほど茂っているはずがない。


「確かに、荒れた様子はないな」

「それにファイアジャイアントはその性質上、もっと標高の高い火山地帯に生息しているはず。つまりこの森に住み着くというのは、あまりにも不自然」

「ふむふむ?」


 突如始まったコルティナの独壇場に、同意して頷く俺達と、キョトンとする一般市民勢。

 前世よりの付き合いがある俺達にとって、コルティナのこの鋭さは見慣れた物だが、そうでない者にとっては人が変わった様にも見えるだろう。


「なら住処を追われたのは女王華ではなく、ファイアジャイアントの方……という可能性はないかしら?」

「女王華が火山地帯に移動したというのか?」

「その可能性が高いと見るわね」


 この近辺で活動している火山は一つしかない。さらに南にあるノールド山である。


「女王華が火山に移動したのなら、ファイアジャイアントにとって安全圏になるのは女王華のいない場所。つまり元の住処であるこの森という事になるわ。知性ある巨人がそう判断を下したとしても、おかしくない」

「なるほどな。どのみち当てもなく周囲を探し回っても仕方ない。ここは一つ、その推測を確かめてみるとするか」


 ライエルは軽く膝を打ってコルティナの意見を採用する。

 マリアもマクスウェルも、これに反対する様子はない。無論ガドルスも同じだ。


「ええ、これから山登りですかぁ?」


 それに苦情を述べたのは、いつも医務室に籠りっきりのトリシア女医だった。

 日頃から運動不足の彼女は、慣れない森歩きですでにグロッキーになっている。

 正直言うと俺とレティーナも、かなりきつい状況だ。

 毎日のように森を駆け回っているミシェルちゃんはともかく、街で魔術を学び続けてきたレティーナや、虚弱体質の俺にとっては少々きつい。


「ふむ……体力はともかく、確かに火山に上るとなると、少々装備不足じゃの」

「ん、そうか? 別に雪が降ってる訳でもないし――」

「ライエル、前から思っていたが、お主は脳筋が過ぎるぞ。火山と言っても色々あるし、何より危険なのは噴火によるガスじゃ」


 マタラ合従国の山岳地帯出身のガドルスが、脳筋発言をしたライエルをいさめる。

 彼の言うように、噴煙などに含まれるガスは登山者にとって危険な存在だ。

 それに硫黄や水銀など、火山にはなぜか有毒な金属も多い。しかもガスは目に見えないケースも多いため、危険に気付きにくい。


「ならば、一度戻って態勢を立て直すとするか? 確かガスを封じ込めるマジックアイテムが、屋敷のどこかにあったような気がするのじゃが」

「マクスウェル、アンタはたまには掃除しなさいよ……」


 ガスから呼吸を守るマジックアイテムは、比較的安価に流通している。

 迷宮と呼ばれる場所ではそういうトラップも多いため、冒険者にも需要は多い。マクスウェルはもちろん、ライエルの屋敷にもそういうアイテムは常備されていた。

 無論、コルティナの家にもある。


「でもニコルちゃん達の分が無いわね。買いに行かないといけないか」

「では、一度ラウムに戻って出直すとするかの」


 そう言うが早いか、マクスウェルは自身の屋敷への転移門ポータルゲートを開く。

 この魔法がある限り、夜営の事は心配しなくてもいいのだ。

 その分、かなり高位の魔法なのだが、マクスウェルなら何の問題もなく使いこなす。


 こうして俺達は、一度ラウムに戻る事になったのだった。

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