第74話 女王華との遭遇
突如姿を現したトレント達。
あからさまに警戒心を現しつつ、俺達を包囲している。
この状況にコルティナは即座に指示を飛ばす。
「ライエル、ガドルス、守備優先。荷車を守って!」
「わかった!」
「うむ!」
ライエルとガドルスが荷車を挟むように移動し、守備隊形を取る。
マリアとマクスウェルもいつでも魔法を発動できるように長杖を構え、警戒している。
警戒しているのはトレント達も同じで、ぎちぎちとした警戒音を発していた。
トレントも上位種と下位種が存在し、上位の物はエルダートレントと呼ばれている。
この上位種ならば喋る事もできるのだが、下位のトレントは喋る事ができない。
知能が無い訳ではないので、意思表示の手段は存在するのだが、それは昆虫のように枝を擦り合わせたり葉をさざめかしたりして音を発生させ、会話を行う。
それは人間には不可能な発声手段の為、人間と会話する事はほとんど不可能だ。
つまり、この状況……俺達を包囲しているトレントが下位種ならば、意思疎通の手段は存在しないという事になる。
「どうする、蹴散らすか?」
「まだ待って。トレントは本来穏便な種族のはずよ。いきなり襲い掛かって来る事は無い……はず?」
「なんで疑問符なんだよ!?」
ライエルはいつになく自信無さげなコルティナに、声を荒げる。
それもそのはずで、彼等だけならばこの包囲すら紙のように打ち破ることができる。
だが背後に俺たちがいる。いや、俺やミシェルちゃんだけなら問題はない。身を守るスキルがあるからだ。
だがトリシア女医やレティーナの実力は未知数だ。ライエルにとっては無力な一般人と同列に
そういう存在を背に戦うのは、想像以上にプレッシャーになる。
「先手で殲滅した方が良くはないか?」
守備を専門とするガドルスも、先制攻撃を提案していた。事守りに関しては彼の判断は的確だ。
その意見を受けてなお、コルティナは膠着を選択した。
「まだよ。トレントも警戒音を発している程度で止まっている。狂って襲い掛かってくる訳じゃない以上、理由があるはずよ。それまでは慎重に行きましょう」
「守るだけなら、まだ余裕があるわ。女王華に蜜をもらい受けに来ているんだから、事を荒立てるのはよくないわね」
コルティナの判断に、マリアも便乗する。
彼女は基本的に穏健派なので、こういう状況でも対話を選ぶ事が多い。
今、俺たちを背に抱えていてなお余裕があるのは、彼女の魔法による絶対防壁が突破される事は無いという自信からだ。
「私たちは女王華に蜜を分けてもらいに来ただけよ。あくまで交渉であり、強奪する意思も戦う意思もないわ!」
コルティナは大陸共通語を使用して、トレント達に呼び掛けた。
下位種のトレントでは大陸共通語は理解できないが、上位種ならば発声器官を持ち共通語を理解する知性もある。
それを期待しての呼び掛けだ。
「ならば剣を下ろせ。剣を突き付けて対話など、片腹が痛いぞ」
コルティナの呼び掛けに、高い少女のような声が響く。
周囲を囲むトレントを掻き分け巨大な花がこちらに歩いてきた。
いや、花を咲かせた巨大なトレントが、だ。
その花の中央部には、小さな少女の姿があった。この特徴的な姿は俺でも知っている。満を持して女王華のお出ましという訳か。
「女王華……下げて、ライエル、ガドルス」
「あ、え? いいのか?」
「ここから先に剣は必要ないわ」
理性あるモンスター、トレントの女王。
その登場に下位種のトレント達は威嚇の声を止める。同時にライエルも剣を鞘に納めた。ガドルスも斧を背中に背負っている。
「ふん、
「それはこちらも同じです。力ずくで事を進めずに済みましたので」
「ほう、我等を蹂躙できるとでもいうような口振りよの?」
「
ニヤリと意味ありげな笑顔を浮かべるコルティナ。いや、事実マクスウェルの魔法を全力でぶっ放せば、この山ごと消える。
その自信に戸惑う女王華に、コルティナは自らの名を名乗った。
「私はコルティナ、姓はありません。ここに居るのは我が戦友達。ライエル、ガドルス、マリア、マクスウェル。それと――」
「他はよい。まさか救世の英雄達が訪れようとはな。お前達は警備に戻れ」
女王華の少女は腕を一振りして周囲のトレント達を退かせる。
今この地には、二体のトレントと、女王華だけが残っていた。
「今この地は少しばかり緊張しておってな。侵入者には容赦できん状況なのだ」
「あなた方の住処は麓の森だと思っておりましたが……何かありました?」
「うむ……それより、そちらの用件を聞こう」
「それは――」
コルティナが俺の病と、それを治療するために女王華の蜜が必要な事を説明する。
その間、俺とミシェルちゃんはトレント達をぺちぺちと叩いていた。
今までモンスターと斬り合う事はあっても、触れ合う事はあまりなかった。こうして直接敵意無く触れる事ができるのは、俺にとっても珍しい。
レティーナは初めてモンスターを目にするので、あわあわと両手を上げてオロオロしている。
「あ、意外と温かい?」
「ホントだー。もっと冷たいと思ってた」
「ここは火山地帯で、気温が高いからな。外皮も温められておるのだ」
パムパムと容赦なく外皮を叩く俺達に、トレントは丁寧に説明してくれた。喋れるところを見ると、ここに残った二体はエルダートレントなのだろう。
「あ、あの……危ないから……」
「トリシア先生も触ってみたら? こんな機会は滅多にない」
「そりゃそうでしょうけど!」
彼女の常識は、今日一日で何度破壊されただろう。
そんな俺達を置いて、コルティナの交渉は続いていた。
「フム、汝らの事情は承知した。しかし、あいにくだが、それでは譲る訳にはいかんな」
だが女王華から帰って来た返事は、明確なノーだった。
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