第616話 最後のあがき
完全に邪竜が息絶えていることを、地上に降りてから確認する。
もっとも、六つに分かれてまだ生きている相手となると、それこそ倒し方がわからないので、逃げるしかない。
そして、その邪竜を制御していたクファルの方を見ると、奴は身体の胸から下が消し飛んで倒れていた。
どうやら、最後の俺の一撃によって発生した衝撃波を、まともに喰らってしまったらしい。
さっさと逃げればいいものをと思わなくもないが、奴が邪竜を制御していないと奴自身も邪竜の猛威に晒されてしまう。
そして戦闘行動を行わせる場合は、全力で制御せねばならないため、逃げることはできない。
つまり、この結果は起こるべくして起きたものだ。
クファル=イフリートは身体の三分の二が吹き飛んでいたが、それでもまだ息はあった。
いや、スライムの生体が基礎にあるだけに、その程度では即死はしないということか。
ともあれ、俺にはこいつに聞かねばならないことがある。
邪竜の姿を解除し、人の、ニコルの姿へ戻る。
服は変身した時に吹き飛んでしまったので、全裸というみっともない状態だったが、とりあえず俺の足元には壊れかけの手甲があったので、それだけをつけておく。
「さて、話してもらおうか」
「く……何を今更……」
「ベリトに何か仕掛けてきたんだろう?」
「は、はははは! それこそ……今更だ! 素直に、俺が……言うと思ったか!」
「おとなしく吐いたら、とどめくらいは刺してやる」
こいつに苦痛があるのかは不明だが、瀕死という状態でいつまでも放置されると、精神が先に崩壊する。
もっとも、こいつの精神はすでに崩壊しているかもしれないが。
「知ったことか! お前は指を咥えて……ベリ、トが……崩壊する……様を、眺めて……いるが……いい……」
「なんだ、自信がないのか?」
「……いい、だろう。罠は六百層に、仕掛けてある。下から、登るのには……何か月もかかり、上から、降りる、にも……一か月は、掛かる……お前には、到底、踏破できない、場所だ……」
イフリートの上半身がボロボロと崩壊していく。
その崩れ行く胸の中央に、親指の先ほどの紫色の球体が見えた。
ヒビだらけのそれが、肉体の崩壊と共に砂のように崩れ行く。
「足掻け……そして絶、望しろ……レイ、ド……おまえに、は……なに、も……でき、な……い……」
その言葉と共にクファルの核は砂となって崩れ落ち、風に吹き散らされていった。
何度も戦い、撃退し、それでも俺の前に繰り返し現れた男。
「くそ……認めてやるよ。お前は確かにライバルだった。力が足りず、罠や策に頼るところまで、俺とそっくりだよ」
死んだ今となっては、奴の執念には俺も一目置かざるを得ない。
その奴が残した最後の仕掛け。それがベリトにあるというのなら、それを阻止せねばなるまい。
「レイド、無事!?」
「ニコル様!」
そんな俺の下に駆け寄ってくる二人の人影。コルティナとフィニアの二人だ。
「二人とも、なぜここに!」
「だって、邪竜が二体も現れたんだもの。あなた一人じゃ、手が足りないと思って……って、なんで裸!?」
「どう考えても役に立たないだろ。まさしく猫の手だ! あと裸には突っ込むな!?」
「誰がうまいこと言えって言ったのよ!」
「あの邪竜は俺が
俺の言葉に、コルティナはポンと手を打った。
「そういえば、解体したっけ」
「ああ、おかげで邪竜の身体の仕組みについてはばっちりだ」
「その恰好でそんなこと言われると、何かエロいわね」
「うるさい!」
全裸で仁王立ちし、ドヤ顔で胸を反らせているのだから、そういわれても仕方ない。
そんな俺に、素早くケープを羽織らせてくれるフィニアの心遣いがうれしい。
うれしいのだが……下半身まで届いていないぞ、そのケープ。
「な、何か逆に……ドキドキしますね」
「フィニア、着替えください」
「あ、はい」
ストラール手前の馬車から転戦に次ぐ転戦を繰り返してきたため、荷物も背負ったままだった。
なのでちょっとした着替えくらいは、背負い袋に持ってきている。
「ガドルスは?」
「マリアのところへ戻らせたわ。この調子だと、まだ村が襲われるかもしれないし」
「そうだな。クファルの野郎、結構大量に呼び出したみたいだし。どれだけの贄が使われたのか、考えたくもねぇ」
「それで、これからどうしたらいいのかしら? 魔神って召喚主がいなくなるとどうなるんだっけ?」
「俺が知るか、と言いたいところだが、双剣の奴は最初からクファルの制御を離れていたみたいだ。ひょっとしたら、そのまま暴れ続けるのかも。それより、あの野郎、世界樹に何か仕掛けたらしい」
「世界樹に!?」
世界樹教の総本山、そしてマリアの故郷で、アシェラのいる場所。
そこが狙われていると知って、コルティナは驚愕し、フィニアは言葉を失っていた。
「どれほどの罠かわからないが、ベリトが滅ぶほどの効果はあるらしい。ひょっとしたら気付いていないかもしれないから、すぐ向かわないと」
手甲のベルトはちぎれ飛んでいたが、装備の機構自体は破壊されていない。
まだこの装備は使えるのは、ありがたかった。
「俺はまず、ベリトに跳んで情報を集める」
「私も一緒に行くわ」
「おい――」
「もう二度と私だけ逃げないって言ったわよね? ガドルスに無理やり引き剥がさせるなんて、もうさせないんだから」
「いや、でも……どんな危険があるか――」
「承知の上よ」
「私も一緒に行きます!」
「フィニアまで!?」
「もう見てるだけしかできないなんて、イヤです。私も一緒に戦わせてください」
「フィニア……」
あの時、俺を見て震えているだけだった子供が、俺の隣に立つというのか。
その言葉に俺は、なんだか言いようのない感動を覚えていた。
「わかった。でも二人とも俺の指示は絶対に聞いて」
「『逃げろ』以外なら、いいわ」
「私もです」
決然とした二人の顔に、俺は溜息を吐いて返す。
そして二人と手を繋ぎ、
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