第615話 邪竜との決着
開幕の打ち合いに敗北した邪竜は、俺から明確に距離を取り始めた。
それもそのはず、この世界においては比類なき力を発揮した自分が、あっさりと打ち負けたのだから警戒するのも頷ける。
今の俺の身体は邪竜の力を、さらに操糸の力で強化している。
同じ身体を使っているなら、俺の方が力が強くなるのは当然だ。
力の差を直接味わい、邪竜はこちらへの攻め手に頭を悩ませているようだった。
そして牽制とばかりに、こちらに向けて軽めのブレスを放ってくる。
それは俺の鱗を多少焦がしはしたが、致命的なダメージには至っていない。
こちらも反撃のブレスを放とうとしたが、そこでどうやって放つのかと頭を悩ませた。
無論、俺の身体は邪竜の物と同じなので、ブレスを放つこと自体はできるはずだ。
しかし、そのやり方がわからない。体内にある見知らぬ器官を動かすことが、元人間の俺にはできなかった。
そういった逡巡が相手にも伝わったのか、邪竜は嵩にかかってこちらにブレスを吐き掛けてくる。
俺も相手との間合いを詰めようと強化した足で駆け寄ろうとするが、邪竜はその翼をはためかせ、空高く舞い上がってしまう。
そこからは一方的な展開だった。
俺はブレスを吐く器官と同様に、翼も上手く扱えなかった。
そもそも、邪竜の身体に対して翼が小さすぎる。おそらくドラゴン種の翼は、飛行するときに魔法的な何かの補助手段として使用しているだけのだろう。
空に飛べない、ブレスも吐けない。だが力だけは圧倒的に上。
そんな俺に対して、邪竜が優位に運べる戦術。それは空からの爆撃だった。
上空から、小刻みに弱めのブレスを連射してくる。
それは直撃しても、俺の鱗を焦がす程度のダメージしか与えられないが、皆無でない以上その蓄積は侮れない。
かといってこちらから、空高く舞う邪竜に反撃する手段はない。
草原の各所がブレスで抉られ、ドン、ドン、と大地を揺らす衝撃が轟く。
そのたびに草原が地面ごと舞い上がり、地形が変わってく。
近隣の村や、開拓村からこの光景が見えていたら、この世の終わりのような心地を味わえたことだろう。
『――ん?』
俺はその中に、キラリと輝く何かを見つけた。ドラゴンの本能か、俺はそれに反射的に飛びついて、手の中に握りこむ。
そこへ上空からのブレスが再び襲い掛かってきた。
しかも今度はかなり強めのブレスだった。
これの直撃を受けたらただでは済まない。そう考えて俺はとっさに地面を蹴り付け、邪竜に向けて舞い上がった。
翼も魔力も使わぬ、力任せの跳躍。
しかし筋肉の塊のようなこの邪竜の身体を操糸で散々強化した跳躍は、軽々と上空の邪竜のところまで到達できた。
「ガアアアァァァァァァァァァ!!」
到達と同時に、まるで塔のように巨大な尻尾を邪竜に向けて叩きつける。
邪竜もこちらに力を入れたブレスを吐き掛けた直後であり、これに対応する余裕がなかった。
ベキン、と生物が発生させてはいけないような重い音と共に邪竜が吹っ飛んでいく。
しかし足場のない空中でのダメージゆえに打撃は軽く、致命打にはなりえない。
そして俺の身体は再び地上へと落下してく。
そこで
いや、ドラゴン種の中には言葉を発することができる個体も存在するので、この身体でも発声することは可能かもしれない。
しかしこの戦闘の最中では、発声器官をゆっくりと調べるわけにはいかなかった。
俺が地面に到達し着地したと同時に、吹っ飛ばされた邪竜も体勢を立て直していた。
しかし、この状況は美味くない。
予想通り、邪竜は俺の反撃を受けて、さらに高度を上げていた。
俺も筋力を強化されているため、そこまで飛び上がることは普通に可能なのだが、跳躍する距離が伸びれば伸びるほど、邪竜に対応する時間を与えてしまう。
対して邪竜のブレスは数キロメートル程度の射程を持つため、高度を取っても充分に俺を攻撃できる。
しかしこちらも、離れれば離れるほど、俺に回避する時間を与えてる事に繋がる。
互いに有効な攻撃手段を失ってしまい、状況は膠着していく。
勝負を決めるためには、お互いの攻撃範囲の中に踏み込んでいく必要があった。
俺は手の中に握り込んだ、光る物体――俺が邪竜に変身した時にちぎれ飛んだ手甲から糸を引っ張り出す。
引き出した糸を振動させ、声を代わりに発生させる。
同時に口を開き、そこから魔力を放出し、魔法陣を描き出した。
声が出せずに詠唱ができないなら、糸で代わりに発声させればいい。
口を開き魔力を放出し、魔法陣を構築し、術式を起動する。発声以外の手順はこの身体でもできる。
そうして発動させた魔法は
準備を整えてから、意を決して大地を蹴る。地面にクレーターができ、踏切の強さが上空からも見て取れた。
俺は凄まじい速度で上昇するが、もちろんそれを見逃してくれる邪竜ではない。
迎撃のためにブレスを吐き掛けてくるが、これは翼を一打ちしてわずかに横に移動して回避する。
背中の翼は飛行するには物足りない大きさしかないが、上昇の方向を修正する程度の役には立ってくれた。
邪竜は俺が空中で回避行動を取れるとは思っていなかったらしく、ブレスを吐き掛けるための大きく首を前に突き出した体勢のまま、硬直していた。
俺は上昇の軌道が大きく逸れ、邪竜の横五十メートルほどの場所へと舞い上がる。
その俺の動きを、邪竜は視線だけで追いかけていた。
邪竜は身動きが取れない状況、そして俺は――大きく腕を振るっていた。
邪竜の身体による基礎的な腕力。豊富な筋繊維に施した操糸の力。そしてダメ押しに仕掛けた
俺に出せる最大の筋力を持って振るわれた、五本のミスリル糸。その長さは百メートル以上。
突き出した邪竜の首を叩くには、充分過ぎる長さだ。
「グルルルアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
裂帛の気合が邪竜の雄叫びと化して喉から迸る。
ここが地上なら、邪竜とて回避することはできただろう。
しかしここは空中。ブレスを吐きだした不完全な体勢のままで、避けられるはずもない。
音速を遥かに超えた速度で邪竜を叩いた糸は、その身体を六つに分断する。
同時に発生した轟という突風が容赦なく周囲に駆け巡り、大地と俺の身体を容赦なく切り刻む。
俺の身体は、その衝撃波を難なく弾き返した。しかし、大地はそうはいかない。
視線を下に向けると、そこはもはや草原の姿はなく、ずたずたに引き裂かれた荒野と櫛のように切り刻まれた山だけが残されていた。
六つに裂かれた邪竜の身体が、その大地に向けて落下していく。
いくら邪竜でも、あそこまでバラバラにされて、生きているはずもないだろう。
こうして俺と邪竜コルキスの二回目の戦いは、幕を閉じたのだった。
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