番外02話 翌朝の風景
朝方、意識を取り戻した俺は、まず同じく疲労してぐったりと寝入っているコルティナとフィニアを蹴り起こした。
俺にしては彼女たちに対し酷い扱いではあるが、これは自業自得と考えてもらおう。
飛び起きたコルティナとフィニアの身体が元に戻っていることを確認すると、俺はまず安心した。
男になった彼女たちの姿は嫌いではないが、やはり彼女たちはこの姿でないと違和感がある。
「お前ら、よくも好き放題ヤッてくれたな?」
「ぴゃ!?」
「あ、あの、これはつい……」
怒りに青筋を立てて仁王立ちしようとした俺をしり目に、コルティナは左右を見回した後、服を拾ってダッシュで逃げだした。
おそらくはこの状況に際して混乱し、まずは撤退して状況を落ち着けることを選択したのだろう。
決して敗北を選ばない、ある意味彼女らしい選択と言える。
そしてフィニアは完全に動揺し、その場で正座をして謝罪し始める。
「申し訳ありません、ニコル様! 長年の夢が叶うと聞いてつい反射的に」
「男になるのが?」
「いえ、ニコル様を襲えるのが」
「もっとダメだ!?」
まぁ、俺もこれまで彼女たちに酷いことをしてきている。ここで厳しく追及するのは筋違いなのかもしれない。
それでも素直に謝罪したフィニアならまだ許せる。
「フィニアはもういいよ、謝罪を受け入れる。でもコルティナは許さん」
「え、あの、私としてはお二人の仲が悪くなるのは……」
「フィニアの気持ちは嬉しいけどね。でも無理やりはいけない。俺が言うことじゃないかもしれないけど」
「うう……」
いつもなら俺たちの仲を取り成してくれるフィニアだが、この状況では発言力は強くない。
「とりあえず服を着替えよ? その恰好じゃ、俺の方が襲いそうだ」
フィニアは女の身体に戻っていて、裸のまま正座していた。
そのほっそりした肢体は、今の俺から見ても目の毒だ。
「そ、そうですね! お手伝いします」
「いや、自分の服を着て! お願いだから!?」
真っ先に俺の世話の心配をする辺り、いつもの彼女らしい。
そんな彼女に服を着せ、自分の身支度も整え、俺はややよたつく足取りで部屋を出たのだった。
「あら、おはよう、レイド。満足した?」
「してねぇ!?」
部屋を出て食堂へ向かうと、そこではマリアが食事の用意をしていた。
俺の顔を見るなり、いきなりとんでもない爆弾をぶっ放してくる。
「意外と絶倫なのね。ライエル譲りなのかしら」
「そういう意味じゃないし! もう」
「フフ、ごめんなさいね。どうもあなたの中身がレイドだと知ったら、対応に困っちゃって」
「その気持ちはわかるけど。俺……わたしも微妙に話しにくいし」
「私に対しては『俺』でも『わたし』でも、どっちでもいいわよ? あなたはニコルであり、レイドでもあるんだから」
「そう言ってくれると助かる。それよりコルティナは?」
「さっき服を抱えて裏口から飛び出してったわ。はしたないわね」
そういう問題ではないと思うが、この辺りの鷹揚さはマリアの持ち味だ。
コルティナに関しては、後で小言の一つでもぶつけておくとしよう。
先ほどは反射的に逃げ出したのだろうが、きっと彼女も、今頃は反省しているはずなのだから。
「そう言えばみんなは?」
「ミシェルちゃんは久しぶりに村の家に戻ってるわ。まだ残してたから」
「そうなんだ。それは……なんだかいいね」
戻れる家があるというのは、誰にとってもありがたい物だ。
七歳まで住んでいたとは言え、この村は彼女の生まれた故郷である。
そこに家が残っているというのは、それだけで心強い。
「クラウド君もそっちに泊まっているわよ?」
「なんだって!?」
最近怪しいあの二人が、親のいない状況で二人っきりとか、危険で仕方ない。
どうしてあのクラウドを野放しにしたのかと、マリアを小一時間問い詰めたい。
いや、問い詰めよう。
「どうして猛獣の前に上等な餌を放置するような真似を?」
「酷い言われようね。あなたが言っても説得力が無いわよ」
「こっちは餌にされた方! いや、ミシェルちゃんも同じだけど」
「大丈夫よ。クラウド君ってヘタレだから」
「マリアにまでこの評価か……それはそれで、哀れな」
マリアにまでそんな評価を受けるとは、奴もだらしない。
とはいえ、だからこそミシェルちゃんも安全ということになるだろう。
俺は腰の痛みを訴えてきたため、食堂の椅子に腰掛ける。
そんな俺にホットミルクを運びながら、マリアは彼女たちの近況を知らせてくれた。
「そう言えばミシェルちゃんたち、凄かったらしいわよ」
「凄いって?」
「ほら、ストラールでの防衛線で! あの魔神を三体も仕留めたらしいのよ」
「三体!?」
ライエルとマリアのコンビですら、二体で苦戦していた。
街の外壁という防御設備があったとしても、それは称賛に値する戦果だ。
「クラウド君があの双剣の魔神を防ぎ切り、遠距離からミシェルちゃんの精密射撃で」
「うわぁ、ミシェルちゃんの腕前、どんどん人間離れしてくるなぁ」
「クラウド君も褒めてあげなさいよ。彼がいなかったらどれだけの人が死んだか、わからなかったのよ」
「それはもちろん知ってるけど、あいつすぐ調子に乗るから、なんかヤだ」
「そんなつまらないことで膨れない。その仕草を見てると、あなたもすっかり女の子なのね」
「ぐっ……言わないで」
俺の精神は、基本的に男のままだ。
しかし肉体的影響を受けて、かなり女性に寄ってきていることは、否定し辛い。
ましてや生まれてから十六年近く女をやっているのだから、全く影響がない方がおかしい。
幼い頃からマリアやフィニアから、女性としてのふるまいを叩き込まれてきたし、少々女性的な仕草が出ても許してもらいたいものだ。
「それより、あなたたちはこれからどうするの?」
「どうするって?」
「ミシェルちゃんから聞いたわ。ストラールの人たちにも正体バレたのでしょう?」
「あー、そう言えばそうだった」
あの時、錯乱したフィニアの言葉で、俺の正体は知れ渡ってしまっている。
おそらくストラールには即日、そして周辺には数日で知れ渡るだろう。
そうなると、ニコルとして冒険者を続けるのは難しいかもしれない。
「あ゛う゛~、どうしようかぁ」
「もう、みっともない声を上げないの。ほら頭を抱えないで」
頭を抱え、髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して、テーブルに突っ伏す。
そんな俺をマリアは窘めるが、その表情はどこか楽しそうだ。
「なんだか楽しそうだね?」
「それはもう。ニコルのことは微妙だけど、レイドの無事が確認できたのだから、嬉しくないはずがないわ」
「そりゃどうも」
さすがに邪険には扱えず、しかしどう返事していいかわからず、どこかぞんざいな感じに返事してしまった。
しかしマリアの指摘ももっともで、今からストラールの街に帰っても、もみくちゃにされてしまう可能性がある。
いちいち説明するのも面倒だし、ストラールの街をしばらく離れるのもいいだろう。
それと同時に、この状況ならどこに行っても同じ対応をされそうなので、ストラールを離れる必要性も低くなっている。
「んー、どうしようかな?」
「この村でしばらく様子を見る?」
「それも騒動になりそうだなぁ」
「そうねぇ。私たちの娘がレイドだったなんて、村の人も反応に困りそうよね」
「まぁ、困った時はマクスウェル頼みだよな」
「そうね、マクスウェル頼みよね」
「面倒ごとはあいつに押し付け解けばなんとかなる」
「これまでも、なんとかなったしね」
それにラウムなら、テレポートで自由に往復できるし、コルティナの家もある。
ミシェルちゃんの両親もいるので、彼女の精神の安定にも役立つだろう。
貴族の動向が心配だが、テレポートであちこちに飛び回れる俺たちを補足するのは難しいはずだ。
「じゃあ、一度アイツん所に顔出してみる」
「そうね。よろしく伝えといて」
「うん、言っとく」
そう言って俺は、ホットミルクを一気に呷り、熱さに舌を焼いて悶えたのだった。
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