番外03話 ストラールの死闘

 襲い掛かってきた双剣の魔神は今のところ一体だけ。

 問題は、これで最後という保証が無いことだ。

 ミシェルはそれを意識して腕に巻いたメギンギョルズを軽く撫でた。

 これを使う時は、本当に最後の最後、後がなくなった状況だけだ。


「ミシェル、頼むな」

「まっかせて!」


 クラウドの言葉を受け、ミシェルは街の外壁に登り、射撃ポジションを確保する。

 同様にハウメアも彼女の後ろについてきた。


「クラウド君、大丈夫かしら?」

「大丈夫ですよ」


 クラウドの実力を知らないハウメアが不安を口にするが、ミシェルはそれを一言の元に否定した。

 クラウドは日常においては少し頼りないが、こと戦闘においては非常に頼りになる。

 ライエルとガドルスから薫陶を受け、ニコルと実戦を積み上げてきた彼の実力は、そこらの冒険者など足元にも及ばない。

 それをミシェルは、常に間近で見てきた。


 近付いてくるのは双剣の魔神。その体躯はあまりにも大きく、立ち塞がるクラウドが頼りなく見えるほどだ。

 ハウメアがそう心配するのも理解できる。

 もちろん、彼の他にもハウメアの相棒であるコールや、無事な冒険者たちもいるため、その軍勢は非常に心強く思える。


「行くぞ、街に入れるな!」


 冒険者を率いるリーダーらしき男が、そう声を上げる。

 応える冒険者たちも、意気軒高だ。

 しかしそれは、瞬く間に絶望へと変化する。


 双剣の魔神が剣を一振りするたびに、人が吹っ飛ぶ。

 受け止める剣は砕かれ、鎧は紙のように引き裂かれる。

 接敵して一分も経たずに、人が死ぬ。


「ば、バカな……」


 この場にいる冒険者は、基本的に魔神と剣を交えていなかった人間だ。

 先ほどまでの戦闘で、魔神と戦っていた冒険者たちは、怪我でほぼ後方送りになっている。

 ここにいるのはガドルスやニコルたちの戦いを見ていた者か、それすら及ばなかった者たちである。

 そんな彼らが魔神と剣を交えたらどうなるかは、見ての通りだ。


「勝てる……はずが……」


 絶望し、諦めかけたその時、クラウドがその冒険者と魔神の間に割り込んだ。

 振り下ろされる双剣の連撃を、手に持った大盾でしっかりと受け止める。


「なにやってんだ! 戦えないなら下れ!」


 そう叫ぶクラウドも、余裕があるわけではない。

 その手は震え、衝撃の重さに膝が笑っている。

 それでも彼が立ち塞がれたのは、ひとえに日々の鍛錬の賜物であった。

 魔神の攻撃は確かに重いが、ライエルと比べるとまだマシだった。


「クッ、それでも……重いな!」


 魔神は双剣を交互に振るい、雨のように斬撃を浴びせてくる。

 クラウドはそれを大盾でかろうじて防いでいた。

 その光景は冒険者に再び立ち向かう気迫を与えていた。


「お、俺たちも、行くぞ!」

「おう!」


 叫ぶと同時に、冒険者たち攻撃を仕掛ける。

 ただ、今回は攻撃重視ではなく、盾を掲げての突進だった。

 魔神の力量を察してからは、攻撃重視で接近するのは危険だと学んだからだ。

 それはクラウドに体勢を立て直す余裕を与えてくれた。


「た、たすか……うわぁ!?」


 一息つき、再び距離を取ろうとしたクラウドに、魔神が再度襲い掛かる。

 不利な状況を立て直し、自分の前に立ち塞がって他の冒険者を立て直したのが、クラウドだと理解している証拠だった。

 盾を掲げ、剣で受け流し、魔神の攻撃を受け流す。

 その猛攻に、彼の身体はかろうじて耐えていた。

 しかし盾の方が先に音を上げてしまった。


 バキッという音を立てて、盾が砕ける。

 かろうじて盾の原型を留めているのは、桁外れに頑丈なフレームのおかげだ。

 鋼鉄が砕け、その奥に貼られていた裏打ちされた邪竜の皮が剥き出しになる。


「盾が――!?」


 だからと言って、魔神の攻撃は止まってくれない。

 砕けた盾を掲げるクラウドへ、魔神は猛然と襲い掛かった。

 他の冒険者もそれを防ごうとするが、魔神の分厚い皮膚はその攻撃を通さない。

 魔神の剣が振り下ろそうとしたその時、魔神の目元に矢が飛来する。


「今度こそ、助かった……ミシェルか?」


 小さく背後を振り返ると、外壁の上から矢を射掛けるミシェルの姿が見えた。

 その隣にはハウメアの姿もある。


「こっちも無視してもらっては困るな!」


 そう言って顔面に小剣で斬り掛かったのは、ハウメアの相棒のコールだ。

 彼は筋力があまりある方ではなく、近接での攻撃は急所を狙ったものになる。

 それは魔神にとって、非常に煩わしい攻撃だった。


「コールさん、意識をこっちに!」


 クラウドはその様子を見て、迷わず指示を出した。

 自分の方に敵を誘導しろと。


「なに!?」


 盾の壊れたクラウドに敵を誘導するなど、コールには自殺行為に思えた。

 しかしそれでも彼に勝算があると悟ると、指示通りにクラウドのそばに移動してくる。

 そして目論見通りに、魔神はクラウドへ攻撃を加え始めた。


 壊れた盾で、魔神の攻撃を受けるクラウド。

 しかし幸いなことに、邪竜の皮を裏打ちされた盾は、別の意味でその役目を果たしていた。

 皮は強靭で柔らかく、敵の攻撃を柔軟に受け流していた。

 かつて海賊たちが、あえて木や鉄で盾を作らず、皮を使って受け流す盾を使用していたように。

 ハスタール神が作ったこの盾は、鉄の盾としての役割と、皮の盾としての役割の二つを仕込んでいたのだ。


 これまでと違った手応えの防御に、魔神が苛立たしげな叫びをあげる。

 がむしゃらに剣を振り続け、その意識が完全にクラウドに向かった。

 その隙をミシェルは、逃すことなく射貫く。


 突如、まるでその場に生えたかのように、魔神の眼球に矢が突き立った。

 その一撃は、分厚く固い魔神の皮膚の影響を全く受けず、眼球の奥、脳髄まで確実に抉っていた。


「ガ、ガグッ!? グゲゲ――」


 それだけではない。直後に魔神の頭部が、まるで花火のように弾け飛んだ。


「やった。新兵器、大成功!」


 背後で聞こえてくるミシェルの声に、クラウドは先ほどの矢の正体に気付く。

 かつて国境の向こうの山へ採りに行った火燐石。

 ちょっとした衝撃でも破裂する鉱石。その粉末を鏃に仕込んでいた特製の矢。


「な、なんて危ない物を……」


 これを作ったのは、依頼したハスタール神本人。

 それをミシェルに手渡し、実験的に使い勝手を見てもらおうとしていたのだ。

 これがあれば、一人ずつしか攻撃できない射手も、範囲への攻撃が可能になる。

 だからと言って、転べば爆発するような物を、大事な仲間に渡すなと主張したいクラウドだった。


「――た……やったぞ! 魔神を倒した!」

「彼女だ、彼女がやったんだ! ミシェルちゃん!」

「さすが弓聖! いや弓神と言っても過言じゃねぇ」

「クラウドもよくやったぞ。お前がいなきゃ、総崩れになってた!」


 冒険者がクラウドとミシェルに群がり、彼らの背中を叩いて激励する。

 それだけじゃなく、担ぎ上げて彼らの功績を称え始めた。

 まるでお祭りのような大騒ぎ。

 このバカ騒ぎを経験し、彼らは初めて、ニコルがレイドと名乗らなかった理由を悟る。


 その後彼らは、続けて現れた魔神二体もほふり、街の救世主としての立場を確固たるものにしたのだった。

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