番外04話 帰還後の話

「……かえって、これた?」


 見慣れたラウム近郊の森の中で、俺は深く深く溜め息を吐いた。

 クファルの置き土産のせいでソラという少女と異世界に流され、酷い目に合いつつ、ようやく帰還できた。

 時間的には、ほんの数日。それほど長い物ではなかったが、こうなってくるといたずら好きのコルティナや、優しいフィニアの顔が懐かしい。


 俺は重い足を引きずるようにして、ラウムの街の門をくぐる。

 そこにはすでにハスタール神から連絡が回っていたのか、コルティナとフィニアが待ち構えていた。


「ニコルちゃん、おかえり!」

「ニコル様!」


 二人がまるで飛び掛かるように抱き着いてくる。

 ちなみに俺の回収に奔走してくれたハスタール神は、『危険物を放置した』として現在破戒神ユーリを折檻中である。

 今頃あっちの世界では、ソラちゃんもシューヤという男に折檻されている頃だろう。主にエロい方面で。


「ただいま、コルティナ、フィニア」

「ホント、異世界に行ったって聞いた時はどうなるかと思ったわよ」

「よ゛がっだでずぅ゛ぅ゛ぅ゛!」


 抱き着いたまま泣きじゃくり、発音がおかしくなっているフィニアをなだめながら、ようやく俺は帰ってきたという実感を得ていた。

 二人に抱き着かれたまま宿に戻り、そこでミシェルちゃんとクラウドとも再会した。

 この二人も、魔神との防衛戦でかなり名を上げ、今では街を歩くのも難しくなってきている。


「あ、おかえり、ニコルちゃん!」

「ハスタール様が大丈夫って言ってたから、心配はしてなかったけど」

「え、大丈夫って程でもなかったんだけど……」


 異世界では、とにかくトラブルに巻き込まれ過ぎた。

 俺はもちろんのこと、あのソラという少女もかなりのトラブルメーカーで、異世界に付くなり触手に絡まれ、町に案内すると言われてオークの集落に突入し、山を越えると言えば山賊に出会ってしまう。

 挙句の果てに、それら全てでアヤシイ展開に持ち込まれ、何度貞操の危機を覚えたことか、わからないほどだ。

 しかしギリギリでそれらを切り抜け、場合によっては変化ポリモルフによる邪竜変化まで使って事無きを得て、どうにかこうにかこの世界に戻ってきたのである。

 決して大丈夫と、軽く流していいトラブルではなかったはずだ。


「ま、まぁ、あの人は風神様だからね。それくらいトラブルと感じてなかったのかもしれない」

「風神というか……神らしいところをあまり見てないんだけどなぁ」

「えー、風の魔法で世界樹を支えてくれたんでしょ? すっごく神様してると思うよ」


 クラウドが取り繕い、ミシェルちゃんが素直に賞賛の言葉を述べるに至り、そう言えばそうかと俺も納得する。

 ちなみにフィニアは今、化粧直しに部屋に戻っている。あまり化粧している風ではなかったのだが、やはり号泣したのが気恥しいらしい。

 コルティナはいつもの調子に見えるが、それとなく俺の隣を陣取ったり、そこからじりじりとこちらに近付いてきたりしているので、やはり寂しかったのだろう。


 みんなと食堂で近況……というほどでもないが互いの状況を知らせ合っていると、やはり外野からの視線が気にかかる。

 アシェラ教皇の判断で、世界樹倒壊の危機を逃れたのは俺たちのおかげと公表され、ミシェルちゃんとクラウドもストラールで獅子奮迅の活躍を見せた。

 俺たちは六英雄に次ぐ次世代の英雄と認識され、世間の注目を一身に浴びている状況だ。

 それはここラウムだけでなく、ストラールに戻っても同じ状況だった。


「うーん、むず痒い」

「注目されてるねー」

「ニコルちゃんに至っては、二度目の英雄様だからね。あ、教皇様を助けたことも含めれば三度目かな? 注目もされるってものでしょ」

「レイドだって知れ渡っちゃったからね」


 コルティナはさも当然という仕草で手を振ってみせる。そこへフィニアが戻ってきた。


「どうしたんですか?」

「ニコルちゃん……てか、レイドが有名になっちゃって居心地が悪いって」

「今さらじゃないですか、それ?」

「まぁ、そうなんだけどね」


 邪竜を倒した後も、こんな感じで遠巻きに眺められ、居心地の悪い思いをした。

 ましてや俺は、当時暗殺者として有名だったので、いつ報復されるかと気が気ではない心境だった。

 そしてそれは、今も同じだ。


「前世の報復とかされたら、たまったもんじゃねぇ」

「言葉がレイドに戻ってるわよ」

「たまにはねぇ」


 長年身に付いた口調というのは、早々治るものではない。

 そもそも俺は、まだレイドだった時間の方が長い。

 ニコルとして生まれ変わってそろそろ十六年になるが、レイドとしてなら二十四年ほどは生きている。

 長さにしておよそ一倍半。しかも最初の記憶として存在しているのだから、矯正するのにあと十年はかかるのではなかろうか。


「ま、三十になる頃には治るんじゃないかな?」

「まだまだ女の子の自覚が足りないってことかしら? もう少し夜の訓練を積めば、治るかも」

「コルティナ様、その時はぜひご一緒に」

「もちろんよ。でも最初に仕込むのは私が先だからね?」

「お前ら、場所を考えて下ネタを口にしろ」


 人目をはばからないコルティナに、俺は思わず苦言を口にする。

 フィニアもコルティナと共同戦線を張り、一線を越えてからはやや暴走気味である。

 そんな彼女たちの会話を横から聞いた男どもが、前かがみになっているのが羨ましいやら妬ましいやら。

 そもそもそんな目でフィニアたちを見るんじゃないと言いたい。


「ともかく、依頼の方はどうなったの?」


 俺は地下図書室の整理を受けてこのラウムにやってきていた。

 トラブルによってその仕事を中断してしまったので、その後の状況が気になってはいたのだ。


「それは大丈夫。その日はちょっと仕事にならなかったけど、次の日にハスタール様が来て救出に動いてくれたから、わたしたちは本の整理に戻ることができたんだよ?」

「むしろ、他にも危険な本があるかもしれないから、早急に整理を済ませてくれって言われて、サボれなかったよ」


 ミシェルちゃんとクラウドはフィニアよりは落ち着いていたらしく、その後の様子を明快に説明してくれた。

 それだけ彼女たちは、風神を信頼していたということだろう。おまけで破戒神も。

 まぁ、彼らの命を繋いだ装備を提供してくれた存在なのだから、頼りにしたくなる気持ちもわかる。


「そっか。無事終わったのなら良かった。でもこれじゃ、ラウムでは落ち着いていられないなぁ」

「そーだね。わたしはお母さんたちと一緒に居られるから嬉しいけど。近所の人が毎日お話聞かせてってくるから、落ち着かないよ」

「俺もだよ。孤児院に魔神との戦いの様子を教えてくれとか、中には騎士団の人間がスカウトにきたりとか……」

「あー、やっぱり来たんだね」

「あ、わたしのところにも来たよ!」

「ミシェルちゃんのところにも? これは落ち着いてる場合じゃないかな」


 ミシェルちゃんの弓の腕はもちろん、実戦を潜り抜けてきたクラウドにもスカウトの目は向けられつつある。

 一応六英雄の後ろ盾があるので、あからさまに勧誘されてはいないようだが、それでも彼女たちは隙あらばと狙われている。


「あまりラウムに長居するのは良くないかもしれないわね。いえ、ひょっとするとストラールにも」

「また別の町に移動する?」

「ラウムもストラールも、マクスウェルやドノバン君が保護してくれているけど、ああいう連中はこっちの目をかいくぐってくるからね。一度ライエルのところに身を寄せた方が良いかもしれないわ」


 こういう状況になると、コルティナの意見は実に参考になる。

 そしてその判断は、あまり的を外さない。

 彼女がこう言うなら、従った方がいいのだろう。


「そう言うことなら仕方ないね。ミシェルちゃん、クラウド、一度村に戻るけどいいかな?」

「うん、いいよ! 村も久しぶりだね」

「この間は行ったばかりで、すぐにこっちに来ちゃったから、今度はゆっくりできるといいな」

「そう言えば、クラウドはほとんどで歩かないままこっちに来ちゃったか。のどかでいいところだから、散歩に向いてるよ。たまにコボルドが沸くけど」

「それはゆっくりできねぇんじゃねぇの?」


 憮然とした顔を見せるクラウドだが、それほど不快には思っていないらしい。それだけこのラウムで窮屈な思いをしていたのだろう。

 こうして俺たちは、北部の村に避難することにしたのだった。

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