番外05話 フィーナのお願い
故郷の村に戻ってきて、数日が過ぎた。
村人たちも、俺たちに好奇の視線を向けてきたが、ストラールやラウムほどの物ではないので、これは無視できるレベルだった。
おかげで俺たちは、毎日ゆっくり過ごすことができている。
「逆にクラウドとかミシェルちゃんは、物足りなさそうなんだけどねぇ」
「そりゃ、しかたないわよ。あの子たちは力を持て余してる年頃だし」
「俺も同い年なんですけどね?」
コルティナとマリアとお茶をしながら、俺はそんなことを愚痴ってみる。
正体を知られてから、俺は自分のことを『わたし』と『俺』の二種類の呼称で呼んでいた。
これは今の俺が、自分の立ち位置をはっきりと決めきれていない影響が出ているのだろう。
そんな自分の微妙なブレに俺が一人で顔をしかめていると、俺の膝元にフィーナが飛びついてきた。
「ニコねーちゃん、のる!」
「乗る? 膝にかな?」
舌ったらずで語彙力が圧倒的に不足しているフィーナの言葉を、俺は膝に乗りたいと解釈し、ひょいと膝の上に抱き上げた。
柔らかく体温の高いフィーナの感触に、思わずふわふわの頭に頬擦りしてしまう。
「ああ、フィーナは癒されるなぁ」
「うぬぅ……」
「どうしたんだ、コルティナ。微妙な顔して」
そんな俺を見て、コルティナが眉間にしわを寄せていた。
なんだか不味い料理を口に放り込まれた時の顔に似ている。
「いや、あんたがニコルちゃんのままだったら、その光景も微笑ましい物だったんだけどねぇ。中身がレイドだって知っちゃうと、幼女に頬擦りしてる犯罪者にしか見えないという不思議」
「誰が犯罪者か」
「暗殺者は犯罪者でしょ」
「そうだよ、チクショウ!」
コルティナの言う通り、俺は生前は暗殺者で紛う事無き犯罪者だった。
しかしそれをここで持ち出すのは卑怯じゃなかろうか?
「ニコねーちゃん、わるい人?」
「悪くないよー。いい人だよー」
「英雄になっちゃうくらいにはいい人よね。おかげで、こんなところまで逃げなきゃいけなくなっちゃったけど」
「こんなところなんて失礼ね」
自分の住む村を『こんなところ』呼ばわりされて、マリアは少し不本意そうに唇を尖らせていた。
もう五十が見えているはずなのに、いまだに年齢不詳に見える魔性の女だ。
破戒神からもらった薬の効果もあるだろうけど、恐ろしいまでに変わりがない。
「そーじゃなくて! フィーナはのりたいの!」
「もうお膝に乗ってるよ?」
フィーナが俺の膝の上で手を振り回してばたばたと抗議する。俺は彼女の意図を汲みかねて、大きく首を傾げることになった。
「おひざはいつものってるの。ふぃーはどらごんさんにのりたいの!」
「ドラゴン……ああ」
俺がこの村の近くで邪竜コルキスに変身しれ大暴れをしたのは、この村からも見えていたらしい。
その光景を見て、フィーナはドラゴンに変身した俺に乗ってみたいと考えたらしい。子供特有の怖いもの知らずな発想だ。
「うーん、それは構わないんだけど……」
「構いなさい。邪竜がまた降臨したって、大騒ぎになるじゃない」
「いや、それもあるけど。そうじゃなくて、フィーナ一人だと転げ落ちて危ないから」
「ちゃんとしがみつくよ?」
「フィーナの力じゃ、きっと落ちちゃうなぁ」
まだ五歳にもならないフィーナの力では、自分の身体を支えることも難しいはずだ。
現に、俺が五歳の頃というと……
「俺……わたしが確か素振りもろくにできずに、剣がすっぽ抜けていたっけ」
「ニコねーちゃん、ドジっ子?」
「フィーナ、それは当たり前のことなんだ。ところで誰がドジっ子なんて言葉を教えたのかな?」
「ティーナぁ」
「なるほど」
ギロリとコルティナの方に視線を向けると、彼女は素知らぬ顔で視線を逸らし、茶を啜っていた。
そんな俺たちのやり取りを無視して、マリアは別のところに食いついていた。
「邪竜に乗る……その発想は無かったわね」
「そこかよ」
「だって邪竜よ? 出会った段階で殺し合い、というか一方的に蹂躙されるような存在に騎乗できるって言うのは、私としても興味があるわ」
「
「毎月使ってたそうじゃない?」
「そりゃそうだけど」
毎月コルティナにレイドとして会うために、
今の俺は、その魔法を自分の力で扱うことができる。
変身の際の苦痛にさえ、目を瞑れば。
「だめぇ?」
「うっ!?」
膝の上でこちらを振り返り、上目遣いでお願いしてくるフィーナに誰が歯向かうことができるだろう。
俺だって例外ではない。
「でも、落ちちゃったら危ないし」
「それなら私も一緒に乗ればいいじゃない。フィーナを支えてあげれば問題ないわ」
「裏切ったな、マリア!?」
「ママと呼びなさい」
「バレてない時だって、そんな呼び方してないし」
バレる前は年齢相応に『母さん』と呼んでいた。『ママ』と呼んでいたのは子供の頃の話だ。
ともかく、マリアが一緒に乗ってくれるというなら、フィーナの安全も確保されるはずだ。
ならば俺が、フィーナの『お願い』を叶えないはずがない。
「しかたないなぁ。一回だけだよ?」
「やったぁ!」
「待ちなさい、ニコルちゃん。いえ、レイド」
そこに割り込んできたのは、やり取りを黙って見ていたコルティナだ。
その真剣な口調に、俺は見落としていた危険がどこかに潜んでいるのではないかと危惧した。
「いい? あなたに乗っていいのは、私とフィニアちゃんだけよ!」
「下の話かよォ!?」
真剣な顔で下世話な話をしてくるコルティナに、思わず怒鳴り返してしまったのだ。
屋敷の庭や村の広場では広さが足りないし、村人が驚いてしまうというわけで、村の外の草原までやってきていた。
昔はここでミシェルちゃんと走り回ったものだと、感慨深い思いに囚われてしまう。
そこで俺は服を脱ぎ……
「ヒューヒュー」
「コルティナ、変なヤジ飛ばすな」
「ニコルちゃんの露出プレイとか」
「うるさい!」
変身すれば服が破れるから、仕方ないじゃないか。そのために女性だけでここにやってきたというのに。
しかしまぁ、野外で服を脱ぐというのは、微妙な解放感があることは否めない。
男の姿でこれをやっていたなら、ただの変態であるのも事実ではあるが。
「……
俺は覚えたばかりの魔法を起動し、その場で巨大なドラゴンと化す。
身体が二十メートルほどに膨れ上がり、強靭な鱗に覆われていく。
ぎょろりと剥き出しになった巨眼に一メートルはあるかという牙。その凶相は周囲の動物たちが腰を抜かすほど、威圧感を放っていた。
そしてそれを間近で受けたフィーナも、例外ではない。
「はわわわわわ――」
声にならない悲鳴を上げ、その場で腰を抜かし、股間を湿らせている。
「あらあら」
マリアが手早くその粗相の後始末に取り掛かる。
二度の遭遇を経験しているマリアとコルティナは慣れたモノだが、さすがに四歳児にはきつかったらしい。
それを見て、俺も少々陰鬱な気分になった。
最愛のフィーナを背に乗せる。それ自体は別に嫌なことではない。変身の痛みも、今は慣れたモノだ。
しかし粗相をした直後に背に乗せるというのは、いささか情けない状況なのではないだろうか?
「グルルゥ……」
どうにも泣きたい気分のまま、俺は唸り声を漏らしていたのだった。
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