番外06話 広がる騒動

 その後、俺はマリアとフィーナを背に乗せ、周囲を走り回った。

 フィーナは空を飛んでくれとせがんできたが、俺は未だに翼の扱いをよく理解していない。

 もちろんこの巨体を翼だけで飛ばせるはずがないので、魔力的な補助みたいなものがあるのだろうけど、その仕組みが理解できていなかった。


 だから俺は、空を飛ぶことができない。

 それをマリアから説明されて、フィーナは不承不承ながらも、理解を示してくれた。

 この年頃の子供だと、説明されても理解することができない子も多いだろうに、フィーナは実に聞き分けがいい。

 さすが俺の妹である。


「キャー、高ーい!」

「これはなかなかスリリングな光景ね。ニコル、今度商売にしてみない?」

『できるか!?』


 竜の口から、少ししゃがれた俺の声が漏れる。

 これは最近気付いたことなのだが、実はドラゴンは人の言葉を喋る機能が存在する。

 まぁ、喋れたところで、たいていの相手はこの姿を見た途端に逃げ出すのだが。


 背中とはいえ、フィーナたちが跨がっている場所は、地面から十メートル以上は離れている。

 俺は極力背中を揺らさないように、身体の水平を意識しつつ足を進めていく。

 そうして三十分ほども駆け回ってから元の位置に戻り、フィーナたちを地面に降ろした。


『堪能した?』

「すっごくたのしかった!」

「これはお金をとれるレベルなのに、もったいないわね」

『母さんは思考が所帯じみてきてるよ』

「いいの! ライエルの金勘定は大雑把なんだから」

『それは知ってる』


 昔から良くも悪くも鷹揚な性格をしていたから、俺が振り回されることも多かった。

 ガドルスもその辺は雑だったので、宿を始めると聞いた時は心配になったものだ。

 そんな俺の足元を、ペシペシと叩く者が存在した。


「次、次」

『コルティナ……』


 目を輝かせて俺の足をてしてしと叩くコルティナは、さすがにお前の歳はいくつなんだと聞きたくなってくる。

 しかしどうせ変身したのだし、一人乗せるのも二人乗せるのも同じかと考えなおす。


『ほれ』


 俺が頭を下げて乗りやすい体勢を取る。そこへさらにフィーナも万歳の姿勢で参戦してきた。


「フィーナもー!」

『さっき乗ったじゃん?』

「またのるー」


 どうやら俺は、子供の体力を甘く見ていたらしい。

 結局この日は、日が暮れるまで俺は人を乗せて走り回った。

 途中でフィニアやミシェルちゃん、クラウドたちもやってきて、彼らを乗せて走り回る。

 だけどミシェルちゃん……背中に乗って『ドラゴンステーキ……』と呟くのだけはヤメテ?




 それから数日、どこから噂が広がったのか『邪竜コルキスに乗れるツアー』が近隣の村に広がっていた。

 俺は毎日のように邪竜に変身させられ、遥々この村までやってきた旅行者のために人を乗せて走り回っている。

 英雄と呼ばれ、冒険者としても一流になったとしても、この平穏な村では俺たちのできることは少ない。

 旅人を乗せて走ることで、村おこしの一端を担えるのなら、村に貢献できていると言えよう。


「とはいえ、もう一週間以上も連続で邪竜になってるんだが?」

「そうね。さすがにそろそろ休息が必要かしら?」

「目を輝かせながら代金を回収してた母さんが言っても……」


 もちろん、いかに苦労して足労願ったとしても、無料というわけにはいかない。

 俺が苦労するわけだし、代金は貰わないと割に合わない。

 そこでマリアが旅人たちから代金を回収しているのだが、その際の顔の悪いことと言ったら、言葉に表せない。

 しいて言えば、フィーナには到底見せられないというところか。


「パパだけのけもので寂しい」

「パパとか言うな」

「マリア、ニコルが厳しい」


 俺がレイドと知ってからも、マリアとライエルは父であり母であろうとしてくれている。

 それは呼称にも表れていて、父さん、母さんと呼ばないと拗ねる。


「それに変身する時は裸にならないと、服が破れるから男は連れていけないよ」

「今は衝立を立てて対応してるけど、男の人とか凄くドキドキしてるわよね」

「もう、最初っから邪竜に変身していこうかな?」

「ヤメテ、屋敷壊れる」


 いつになく真剣な顔でライエルが告げてきたので、さすがに村から変身するのはやめておいた。

 そんな調子でさらに数日が経ち……俺たちの村はなぜか軍に包囲されていた。




「なんでや!?」


 ライエルは頭を抱え、どこか東方訛りの言葉で絶叫していた。

 俺だって村が軍に包囲される心当たりはないので、ライエルの気持ちはわかる。

 しかし、その軍を率いていたのがエリオットとなると、話は変わった。

 包囲する軍勢からエリオットが単騎で進み出て、村を守るために対峙する俺たちに問い掛けてくる。


「この村に邪竜が住み着いていると報告を受け、討伐に参りました! ライエル様、真偽のほどは如何に?」

「あー、あれのことかぁ……」


 言われてみれば、邪竜コルキスが草原を駆けまわっているのだから、国としても気が気ではないだろう。

 邪竜は単独で国を亡ぼせる戦力。あり得ないとは思うが、邪竜を飼い慣らしたとなると、ライエルに叛意があると疑われても仕方ない。


「いや、あれな? 実はニコルが変身した姿なんだ」

「ニコルさん……いえ、レイド様が?」

「ああ。ほら、俺たちって邪竜を解体したろ? あれで邪竜のことを『理解』したっぽくてさ」

「それと変身魔法の組み合わせだったのですか!?」

「凄まじく人騒がせなことをしたようで……その、本当に申し訳ない」

「いえ、あなた方から受けた恩を考えれば、この程度、迷惑の範疇には……」


 どこか虚ろな視線で、エリオットはそう返してきた。

 しかし、これが国にとって大きな負担を敷いたことは、間違いないだろう。

 軍というのは、存在するだけで大金を消費していくのだから。


「いや、これはさすがに俺たちの配慮が足りなかった。今後はこういったことはさせないように言って聞かせておくから」

「ええ、そうしていただければ、ありがたいです。本当にありがたいです。心の底からそう思います」


 何度も繰り返すエリオットの言葉に、彼の心労が透けて見える。

 邪竜復活ともなれば、彼はまた国を失うかもしれなかったのだから、その気持ちはわかる。


「でも必要な時は変身するかもしれないから」

「それは仕方ないと理解しております。しかし邪竜にまでなれるとは、レイド様……いえ、ニコルさんの存在意義、さらに増しましたね」

「ごめんなさいね。私たちも少し調子に乗っちゃって」

「マリア様、コルティナ様もそうお気になさらず。でもそうですね、変身した際はこちらにご一報くださると、ありがたいです」


 最強の戦力であるがゆえに、三か国連合王国は常に警戒しなければならない。

 クファルのような存在が他にいないとも限らないので、邪竜の出現には常に気を尖らせている。

 そんな状況で、俺がポンポン変身しまくれば、エリオットの頭が禿げあがるくらいのストレスを感じることだろう。


「邪竜騎乗ツアーは今日までということにします。ごめんなさい」

「そうしていただけるとありがたいです。ところでニコルさん?」


 殊勝に頭を下げた俺に対し、エリオットは含みある笑みを向けてきた。


「なんです?」

「その、僕も背に乗せてもらえませんかね?」

「お前もか!?」


 悪戯っぽくそう告げてきたエリオットに、俺は思わず礼儀も忘れて叫んだのだった。

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