番外07話 贈られる言葉

 俺たちが北部の村に腰を落ち着けて二か月以上が経過した。

 その間にドラゴンに変身して旅人を乗せたり、そのせいで国軍が派遣されたりと問題もあったが、おおむね平穏な毎日を過ごしていた。

 この日も、俺は村の教会兼孤児院に出向き、子供たちに勉強を教えていた。

 コルティナが教師をやっていたこともあり、マリアが俺にこの仕事を斡旋してきたのだ。


「で、なんでコルティナは、子供に馬乗りにされてんの?」


 教会の前庭、村の憩いの広場でもあるそこで、コルティナがうつ伏せになって倒れており、そこに子供たちが馬乗りになっていた。

 正直、六英雄と尊敬を集める俺たちの扱いにしては、あまりにもぞんざいな姿。


「うるさい、わね……私が、この村で……何度、行き倒れてる、と思って……るのよ」

「それ、自慢になる話じゃないよね?」


 コルティナはこの村に、鍛えるために来ている。

 その特訓は今でも続いており、来た当初によく見かけられた行き倒れ姿は、今や名物となりつつある。

 そんな有様だから、村人たちからもだんだんとぞんざいに扱われるようになり、今では子供が倒れた彼女を見つけるや否や、こうしてじゃれかかる始末だ。


「ちなみに今日のトレーニングメニューは?」

「……前庭三十周」

「それはわたしでもキツイ」


 ライエルの野郎、持久力に欠ける猫人族になんて特訓を課してやがる。

 コルティナがライエルみたいな体型になったら、ちょっと引くぞ?


「父さんには、わたしから自重するように伝えとく」

「そうしてくれると助かるわ。ってか、あんたたち、いつまで私に乗っかってるの! どきなさい、私に乗っていいのはレイドだけよ!」

「子供にそういうこと言うの、やめてね」


 十にも満たない子供相手に、何を言ってるんだか。

 とはいえ、この状態のコルティナを一人で返すのも心苦しい。俺の受け持つ授業も終わったことだし、彼女を支えながら帰宅することにした。

 途中で露店のおばちゃんから果物やら野菜を分けてもらい、屋敷に着くころには両手いっぱいに抱える羽目になる。

 これもこの村に来てから、ほぼ毎日起こることだ。

 村に戻って来た俺に、村人たちは暖かく接してくれる。


「ただいまー」

「今帰ったわよぉ」

「なんでコルティナの方が偉そうなのかしら?」


 夕飯の用意をしていたのか、マリアがエプロンで手を拭きながら出迎えてくれる。


「そりゃ、もう半年近くこの村に住んでるし?」

「それより、母さん。これ、おすそ分け」

「あら、今日も大漁ね」

「言い方ぁ!」


 これは冗談交じりと分かってはいるが、さすがに聖女と呼ばれている女性としてはどうなんだと思う。

 そんな俺の思惑をさらりと流し、マリアはひょいと大量のおすそ分けをエプロンに包み担ぎ上げる。


「それより、お風呂の準備もできてるから、二人まとめて入っちゃいなさい」

「へぇい」

「やった、ニコルちゃんと一緒」

「いつも入ってるじゃない」


 俺が風呂に入っていると、なぜか誰かが乱入してくる。

 それはコルティナだったり、フィニアだったり、フィーナだったりする。

 たまにライエルが乱入しようとして、マリアに折檻されていたりもした。


 そんなわけで、俺はコルティナと、乱入してきたフィーナと共に汗を流す。

 さすがにフィーナが一緒だと、コルティナも自重するので、地味にありがたい。

 そうして湯上りにフィニアの用意してくれた果実水で喉を潤してから、食堂に向かった。

 この日はライエルも早々に帰宅しているらしく、食堂では俺以外がすでに待っているらしい。


「あ、わたしおへやにわすれものー」

「フィーナ? じゃあわたしも一緒に――」

「いいって、いいって。私が一緒に行ってあげるから。ニコルちゃんは先に食堂にいってなさい」


 コルティナは、俺がレイドだと知ってからも、俺のことを『ニコルちゃん』と呼んでくれる。

 その代わり、レイドに変身した時は、きちんとレイドと呼んでいた。

 この辺りは、彼女なりのこだわりがあるのかもしれない。

 そうして二人と別れ、食堂に足を踏み入れた俺に、パンパンとクラッカーの音が鳴り響いた。

 火薬を使うこのオモチャは、意外と高価でしかも使い捨てという、それなりに貴重品のはずだ。


「な、なに!?」

「ニコル。お誕生日、おめでとう!」

「ニコル様、おめでとうございます!」

「十六歳、おめでとう、ニコル」


 食堂で待ち構えていたマリアとライエル、それにフィニアが次々と祝いの言葉を贈ってくる。

 それを聞いて、初めて俺は、今日が誕生日であることに気が付いた。


「あ、今日だったんだ?」

「そうですよ。ニコル様、全然気付いていませんでしたから」

「最近忙しかったから……でも、ありがとう、フィニア」


 フィニアはそう言いながら、俺に向けて小さな包みを差し出してきた。


「これは?」

「ニコル様用の匂い袋です。ほら、エリクサーの」

「ああ。クファルが変装してくるから、見分けるために作ったやつか」

「ええ。もう不要かもしれませんけど」

「いやいや。エリクサーってだけで使い道はあるから。専用の入れ物があるのはありがたいよ」


 エリクサーは非常に強い緑の匂いを放つので、そのまま持ち歩くのは少し難しい。

 そこで匂いをある程度制限できる袋状の入れ物に入れて首から下げていた。

 包みを開けてみると、そこにはライエルやマリアが下げているのと同じ、植物を編んだ小さな篭のような首飾りが出てきた。


「お揃いだ」

「はい、お気に召しませんでしたか?」

「とんでもない、すごく気に入った。ありがとう」

「よかった」


 俺にとって、ライエルもマリアも、代えがたい仲間である。

 彼らと同じものを身に着けるというのは、不思議な一体感を与えてくれて、安心できる。


「俺からはこれだ」


 次に俺にプレゼントを差し出したのは、ライエルだった。

 ライエルが送ってくれたのは、六十センチくらいの、緩く湾曲した刃物が収まった鞘だった。


「これ、カタナ?」

「東方では脇差しっていうらしい。カタナと対になる装備なんだとか」

「へぇ?」

「前のカタナは失くしただろ。何かあった方がいいと思ってな」

「そういえば、邪竜との戦いで失くしたっけありがとう」

「うむ。それで迫ってくる男がいたら、思うままに切り捨てるがいい」

「俺は危険人物かよ」

「暗殺者だろ」

「……そうだった」


 前にも言われた気がするが、どうもその意識が薄くなってきた気がする。

 それはこの人生の方が、過去よりも比重が重くなってきたということだろうか?

 そこへ、コルティナとフィーナが食堂に踏み込んできた。二人とも手に俺へのプレゼントを持って。

 二人して俺から離れたのは、このためだったのか。


「私からのプレゼントは、これよ!」

「なに?」

「ぬいぐるみ! しかもおっきいやつ! これを抱いて寝るニコルちゃんを想像したら、押し倒さざるを得ないわね」

「フィーナの前で何を言っているか!」


 スパンとコルティナの頭をはたき、だが有り難く受け取った。

 ぬいぐるみに興味はないが、抱き枕的な物だと思えば、悪くない。


「ふぃーなはこれー」


 ぴょんと少しだけは寝て小さな包みを差し出してくる。

 一瞬そのまま彼女を抱き上げようかと思ってしまったが、手に持っている小瓶が気になって制止した。


「これはなに?」

「えっとね。白いかみさまが『暗殺者ならこれですよー』って」

「イヤな予感しかしない」

「なんだかね、『かんどさんぜんばい』になるお薬なんだって!」

「捨ててしまえ!?」


 反射的に俺はそう叫んだが、それを受けてフィーナの瞳にみるみる涙が溜まっていくのを見て、言葉を無くす。

 これは即座にフォローする必要があった。


「あ、いや。そうじゃなくって」

「ニコルちゃん、酷いんだー」

「うるさいな。えっとね、ふぃーな、その……喜んで受け取ります。ありがとう」


 俺は半分涙を流しながら、その小瓶を受け取った。

 こんな危険な薬、使う予定はないのだが。


「じゃあ、さっそく今晩から使いましょう」

「コルティナはちょっと黙ってて。あと白いのは後でぶっ殺す」

「無理じゃない? あの子、不老不死らしいし。さすが神様よね」

「世の理不尽を体現したような存在だな……」


 俺は疲れ果てたようにそう呟くと、今度はマリアが食卓の方に手を伸ばす。


「私はプレゼントとか用意してなかったけど、代わりにごちそうを作っておいたわ。即物的で悪いけど」

「ううん、すごくおいしそう。ケーキまであるんだ?」


 この辺境では砂糖というのは嗜好品である。もちろん料理に必要な調味料でもあるので、輸入的な方法で仕入れてはいるが、決して安くはない。

 ケーキとなると、それこそ年に一度、口にできるかどうかだ。

 それもライエルほどの名士ならの話である。一般市民なら、それすら叶わない。


「みんな、ありがとう」


 そう口にする俺の目に、かすかに涙が浮かんでくる。

 レイドと知られてもなお受け入れてくれる仲間たち。前世ではほとんど貰えなかった祝福の言葉。

 こんな言葉、幼い頃にたった一人の女性からしか、貰ったことがない。

 それを今、まとめて贈られて涙腺が緩んでしまったようだ。


「それじゃ、食事にしましょ。フィーナの目がケーキに釘付けになってるもの」


 言われてフィーナの方を見てみると、彼女の目はケーキを捉えたまま動かなくなっていて、しかも口元から涎がたらりと垂れている。

 それを見て、俺やコルティナ、フィニアは思わず笑みがこぼれた。


 この世界に生まれ変わり、いろいろなことがあったが、やはりここが俺の帰るべき場所だと再認識した瞬間だった。

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