番外08話 ある少女の日常

 わたしの名前はニーアって言うにゃ。とっても小さな村に住んでるにゃ。

 わたしにはママが三人いるにゃ。パパわ知らないにゃ。


 なぜ語尾に『にゃ』って付けてるかって言うと、これを付けてたらニコルママが多少のイタズラならスルーしてくれるからにゃ。

 なおコルティナママは容赦してくれないにゃ。

 フィニアママは付けなくても優しくしてくれるにゃ。

 素直にそう言ったら、ニコルママが凄く微妙そうな顔をして『まぁいっか』なんて言ってたにゃ。


「ニーア、そう言うことは口に出しちゃダメだよ?」

「ニコルママ、ごめんなさいにゃ」

「フィアはこんなに素直なのに、どうしてニーアはこんなに腹黒くなったんだろうね」

「ニーアのお腹は真っ白にゃ」


 服の裾をペロンとまくり上げて、肌の白さをアピールしてみる。

 ニコルママはそんなわたしを抱き上げて、いとおしそうに頬ずりしてきたにゃ。


「ニーアばっかりズルーい」

「フィアはおべんきょーしてたからにゃ」

「フィーナおばさんがやれっていってきたんだもん」

「ほら、フィアも来なさい」


 そう言うとニコルママは片手を伸ばし、フィアを反対側に抱きかかえたにゃ。

 せっかく独り占めできたと思ったのに、残念無念にゃ。


「って言うか、マリアおばあちゃんはどうしたの?」

「腰やっちゃったって」

「もう歳だからねぇ。無理はさせられないか」

「ニコルママ。それ、おばあちゃんが聞いたら、また正座させられるよ?」

「うん、だからナイショね?」


 ニマッと笑って唇に指をあてるニコルママは、すごく可愛いにゃ。

 まるでフィニアママより年下に見えるくらいにゃ。もっとも、フィニアママもかなりお歳なはずなんだけどにゃ。

 おっと……さすがにこれを口にした時は、死を覚悟したにゃ。


「ニコル様、そろそろ幼年学校の時間でございます」


 そこへスラッとした執事っぽい男が私たちを迎えに来たにゃ。

 幼年学校は、マリアおばあちゃんが作った施設で、子供たちに最低限の学力を身に着けさせるために、教会で行っている学習会にゃ。

 面倒だけど、友達もいっぱい来るので、楽しみにゃ。


「ありがとう、セバスチャン。もうお仕事は慣れた?」

「はい。ご心配をおかけしました。まだまだデン様には及びませんが、微力を尽くさせていただきます」

「あはは、そこまで肩ひじ張らなくてもいいよ」


 セバスチャンは我が家に四人もいる執事の一人にゃ。

 この小さな屋敷に執事さん人は大げさかもしれないけど、とはいえお爺ちゃんのライエルお爺ちゃんは、この村の名士なので、体面は大事にゃ。

 他にフランシスとアンドリューという執事もいるけど、三人まとめてもまだまだデンには及ばないにゃ。

 デンはニコルママに昔から仕えている執事で、一時はパパかと思っていたけど、どうやら違うみたいにゃ。


 セバスチャンに連れられて家の前でしばらく待っていると、お友達のミカエルくんが馬車に乗せられてやって来たにゃ。

 ミカエル君は最初、わたしの許嫁だったけど、いまはフィアの許嫁になっているにゃ。

 どうもマイペースなわたしより、大人しいフィアの方が相性がいいということで、変更になったにゃ。

 フィアもまんざらじゃないみたいなので、わたしも大賛成にゃ。


「おはよう、フィアちゃん、ニーアちゃん!」

「おはよう、ミカエルくん」

「おはようにゃー」


 わたしの名前が後になったのは少し気になるけど、礼儀正しくて元気なのはいいことにゃ。

 馬車を操縦するクラウドおじさんもわたしに向けて『おはよう』と声をかけてくれたにゃ。

 クラウドおじさんは村の自警団の団長さんで、どっかですごく功績を上げたとか聞いているにゃ。

 ミシェルおばさんもいい男を捕まえたと思っていたら、ミシェルおばさんの方がもっと英雄扱いでびっくりしたにゃ。


「そうだ、ミカエルくん。今日ね、フィニアママが――」


 馬車の中でナチュラルにミカエル君の隣に座るフィアに、爆発しろと念をプレゼント・フォー・ユーしてやるにゃ。

 セバスチャンは御者席に座り、クラウドおじさんと村の情報を交換してる。いかにもできる男という風情のセバスチャンだったが、昔は相当ヤンチャしていたらしい。



 幼年学校に付くと、コルティナママとフィニアママが交代で文字とか魔術基礎を教えてくれる。

 朝、屋敷にいなかったのは、幼年学校の準備のために先に登校していたからにゃ。


「おはよう、ニーアさん、フィアさん」


 わたしたちとほぼ同時に登校してきたのは、どっかの貴族の『ごしそく』であるレディンくんにゃ。

 さわやかな笑顔で私たちに挨拶しつつ、わたしの耳を撫でるのをやめるにゃ!

 わたしが手を払いのけると、さも心外そうな顔をして唇を尖らせる。

 まったく子供みたいな男だにゃ。


「え、ダメなの?」

「レディの耳を気安くいじるモノじゃないにゃ」

「いいじゃない。ボクたち許嫁らしいし」


 ミカエルくんとの婚約を解除されたわたしは、マクスウェル公爵様とレティーナ公爵様のご子息であるレディン君と婚約することになってしまった。

 一介の地方騎士の孫娘にどんな縁があって、そんな御大層な婚約が結ばれたのか、わたしにはわからない。

 でも向こうの方がノリノリな以上、一般市民では断る術がないのが問題にゃ。

 そもそも、なんで公爵家の人間が、こんな辺境の幼年学校に通ってくるのか、実に不可解にゃ。



 何かとまとわりついてくるレディンくんを捌きながら、私たちは学校から帰ることになる。

 幼年学校が終わる時間が不明なので、レディンくんの付き人のサリヴァンさんが、みんなを送ってくれることになっていたにゃ。

 といっても、ミカエルくんとわたしたちを送った後にレディンくんを送るだけなので、大した手間にはならないらしいにゃ。

 サリヴァンさんは顔はカッコいいお兄さんだけど、スキンヘッドで少し怖く見えるのが難点にゃ。

 聞いた話では、昔はもっとふさふさしていたらしいけど、レティーナ様に仕えてからはストレスで薄くなってきたらしいにゃ。

 それをごまかすために、ひと思いに剃り上げてしまったらしいにゃ。思い切りが良すぎるにゃ。



 夜になって、フィニアママとコルティナママが返ってきて晩御飯の用意を始める頃、フィーナおばさんが起き出してくる。

 フィーナおばさんは薬学の権威で、毎日夜遅くまで薬の研究をしているから、こんな生活リズムになっているのだとか。

 まだ十代で若いのに、凄く不健康で残念美人さんだにゃ。


 みんな揃って食卓に並んで、その日にあったことなんかを報告していくにゃ。

 そこで私は、いつも疑問に思っていたことを、ママたちにぶつけてみる。


「ママ、わたしたちのパパは誰なのかにゃ?」

「え゛っ!?」


 わたしの質問に、ニコルママは硬直したように動きを止める。

 よっぽど言いたくないことなのかと察するが、これもわたしたちが生きていくためには必要な情報だにゃ。


「そ、それは……」

「しかたないわね。もう隠しきれないかしら」

「ティナ、それは!?」

「そろそろ真実を話さねばならない年頃なのかもしれませんよ?」

「フィニアまで!」


 そう言うとコルティナママは食事中に席を立ち(お行儀が悪い)、堂々と平べったいおっぱいを逸らして宣言した。


「実は――私があなたのパパなのよ!」


 ズビシとわたしを指差し、コルティナママは宣言したにゃ。

 え、コルティナママは私のママじゃなかったの?


「そして私はフィアのパパなのです」


 フィニアママはじっとフィアの顔を見て、そう宣言したにゃ。


「そして二人をパパにしたのは私の薬の力よ。あなたたちが生まれてこれたのは私のおかげだから、私もママと呼んでいいわ!」

「フィーナは場を混乱させに来ないで!?」


 ニコルママがフィーナおばさんの口元を押さえながら、涙目でそう言っていた。

 その手を逃れながら、フィーナおばさんは懐から小瓶を取り出したにゃ。


「ちなみにこれが、女の子を男の子に変えるお薬。逆は不可」

「えー」


 わたしは混乱したまま、小瓶を見つめていたが、フィアは興味深そうにそれを眺めていた。


「おばさん、これを飲ませれば、ミカエルくんが妹になるかな?」

「なるわよ」

「ならないよ! できたとしてもやめてさしあげて!?」


 ニコルママの悲鳴が食堂に響く。なんだか混沌とした状況だけど、わたしにとっては、これがいつもの日常でもあるにゃ。

 できれば、ニコルママみたいな騒々しい毎日は御免被りたいにゃあ。


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