第428話 警戒する二人
表通りから外れた場所で、クラウドとクファルが立ち話をしていた。
一緒にいるはずのミシェルちゃんの姿は見当たらない。一瞬俺は、クファルがミシェルちゃんを人質にとったのかと疑い、姿を現すのをためらった。
もしそうなら、下手に動くと彼女の命が危ない。
一緒にいるフィニアに静かにするように合図を出し、二人の会話に耳をそばだてる。
「君もこの街に来て苦労しただろ?」
「そりゃ、まあなぁ」
「僕はそんな半魔人たちのサポートを行っているんだ。仲間もいるし、一度顔を出してみないか?」
「そうはいっても、どうせ俺はすぐに街を出るし」
「それは残念だ。せっかくこの街で同胞に出会えたと思ったのに」
馴れ馴れしい態度で話しかけ、断られて肩を竦めているクファル。
その頭は今日は表に晒されている。つまり半魔人である証の小さな角を衆目に晒していた。もっとも奴の場合は擬態なので、その角も作りものだ。
もちろん、そんな真似をすれば、この街ではトラブルになることは請け合いだ。
しかし人目のないこの通りでは、クラウドの信頼を得るのに一役買っているらしい。
「もし僕を警戒しているのなら、誰か仲間を連れてきてもいいんだけどね?」
「いや、本当にすぐに出立するんだ。だからそういう誘いは断らせてもらう。君たちの主張もわかるけどね」
「そうか、わかってくれるかい! 実は近々ちょっとした集会があって――」
嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべるクファル。
どうやらクラウドを仲間にしようとスカウトしている場面だったようだ。だとすれば、ミシェルちゃんに害が及んでいるということはあるまい。
本当なら、このままクファルにとどめを刺しに行ってもいい場面だが、俺にとってもフィニアやクラウドの視線がある。
もしクファルと戦闘になり、俺の正体を悟ってそれを口走られたりしら、非常に困ったことになってしまう。
ここは非常に無念だが、奴を追い払うにとどめた方がいい。運がいいのか悪いのか、この姿でも奴と顔見知りだ。
「クラウド、そいつとお知り合い?」
「あ、ニコル、フィニアさん。いや、初対面だよ」
「君は!?」
俺を見て、驚愕するクファル。だが正体を知る今では、その顔が作り物であることがわかる。
口の端などに、不自然なしわの寄り方が見て取れる。
「クファルも知り合いなのか? ああ、こちらはニコルとフィニアさん。ニコルは俺の戦闘の師匠でもあるんだぜ」
「へ、へぇ……見かけは可憐なのに、すごいね。そうだよ、前にちょっとね」
あの時は変装してコルティナに近付こうとして、俺に妨害されていた。奴もそのことは覚えている。俺もあからさまに『さっさと消えねば斬る』という態度を見せており、腰のカタナの柄に手を置いていた。
互いに牽制し合い、クファルも勧誘はここまでと判断して、わずかながら距離を取る。
そんな俺たちを、クラウドは奇妙な視線で眺めていた。しかし、ことさら近づくような真似もしていない。
クファルは俺を渋い表情で見つめており、その眼の奥にあからさまに『邪魔しやがって』という意思を感じ取れた。
とりあえずはこれでクラウドは安心だろう。俺と一緒にいるということは、これ以上付きまとえば、六英雄が出てくるという、奴にとって最悪の事態を導き出す結果になると察したはず。そして俺は、もう一つ確認しなければならないことがあった。
「クラウド、ミシェルちゃんは?」
「ああ、いま小便に行ってる」
「クラウド君……」
デリカシーの欠片もないクラウドの発言に、フィニアは物言いたげな目を向けた。
確かにミシェルちゃんも年頃だから、そういう
しかし俺としては彼女の無事が確認できただけで、胸を撫で下ろす思いだった。いや、むしろ別動隊を疑った方がいいか?
「どこかわかるかな?」
「なんだ、ニコルも小便か?」
「クラウド、コロス?」
「な、なんだよ!? そこの店で借りてるけど……」
「そ、ありがとね。フィニアとクラウドは、宿に戻っててくれるとありがたいな」
俺がそう諭すと、クラウドは反論しようとしていた。だがそれよりも先に、クファルの方が口を開いた。
「そうか、君は彼女の関係者だったのか。残念だ、勧誘は諦めることにするよ」
「それが賢明だ」
「じゃ、僕はこれで。追ってこないでね?」
「そっちこそ」
クファルがゆっくりと後ろ歩きで距離を取り、それから振り返って街角へ消える。
それを見届けてから、俺はミシェルちゃんの無事を確認するため、教えられた店に駆け込んでいった。
クラウドのことも心配だったが、フィニアを置いてきたのでクファルも無茶な真似はしないだろう。
ああ見えてクラウドもフィニアも、冒険者としては一流と呼べる力量を持っている。二人をまとめて相手にするのは、奴だって難しいはずだ。
「なんだ、やっぱり小便じゃないか。あんなに急いで行くってことはかなり限界だったんだな」
「クラウド君……」
背後から聞こえてきたクラウドの声に、俺はあとで奴をシバくことを決意したのだった。
フィニアにすらあそこまで哀れな声を掛けられるって、とんでもなく重症だぞ?
クラウドが示した店は、冒険に使うアイテムの効果ををちょっとしたアクセサリーにして売っている、魔法道具屋だった。
この街は、冒険者が多く集まるため、そういった道具屋も数が多い。そういう意味では、あの白い神の店も同じようなものだ。
「いらっしゃいませ」
「すみません、ちょっとトイレ貸してください」
「え、あの……」
店を利用するわけではないのにトイレを貸せという俺に、店員は渋い顔を見せる。
だが俺が無言で銀貨を三枚カウンターに乗せると、朗らかな顔で『あちらです』案内してくれた。大した金額ではないが、ちょっとした労働程度の報酬にはなる額である。
態度を翻した店員は現金といえないこともないが、俺としてはミシェルちゃんの安否を確認する方が重要だ。
トイレに向かうとちょうどミシェルちゃんが出てきたところだった。
「あれ、ニコルちゃん、どうしたの?」
「え、うん。ちょっとね」
まさかトイレが遅いから気になったとか言えない。クファルについて話すこともできないので、濁した反応を返しておく。
どうやら別動隊に襲われていた、ということもなさそうで、安心した。
「そうだ、これ見てこれ」
「え、なに?」
「なんでも
「へぇ、よかったね」
女の子にアクセサリーを贈るとはクラウドにしては上出来ではないか。込めた魔法が少々無粋ではあるが。
嬉しそうに首にかけるミシェルちゃんを、俺は眩しそうに見ていた。
「そうだ、早くクラウドのところに戻らないと、あいつってば変なキャッチセールスに引っかかってたよ?」
「えー、こんな短時間にぃ? もう、仕方ないんだから!」
あきれた声を上げつつ店を出ていくミシェルちゃんを見送って、俺は大きく息を吐きだしたのだった。
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