第427話 やりたいほうだい
地響きを立てて崩れ落ちるアガレスを、フィニアは目を見開いて見つめていた。
強さでいうと、双剣の魔神には及ばない。それでも充分に強者だと理解できたはず。
その敵をあっさりと、一方的に蹂躙した少年に、驚愕を隠せなかったのだろう。
「ウソ、あの敵をたった一人で……」
実際は俺がちょくちょく手を貸していたんだが、そんなのは奴の実力からすれば誤差の範疇かもしれない。
しかし、昨夜から奴と顔を合わしている俺は、その圧力の強さは把握していたので、驚くようなことではなかった。
「相手の実力を見抜けないとは、フィニアもまだまだ甘いね」
「う、未熟は理解してるつもりですけど、こう目の当たりにしてしまうと、腰が引けてしまいますね」
冷や汗を流すフィニアの背中を軽く叩き、俺は視線を倒れたアガレスに向ける。
本当は肩を叩きたいところだったのだが、まだ俺よりフィニアの方が少し背が高かったのだ。
視線の先では、バーさんが喜々として牙と爪、鱗を剥ぎ取っていた。
「ん、こんなものかな? それじゃ帰ろうか」
「なんかもう、やりたい放題だな、お前」
「ここは庭みたいなものだからね。それより、そろそろ戻ろうか?」
「そういや、あいつらはどうしたんだ?」
「一足先に街に戻しておいたよ。命に別状はないから安心して」
そういうと指をパチンと鳴らす。その一瞬で俺たちは街の広場に転移していた。
周りを見ると、フィニアの姿もちゃんとあったので、一安心する。
しかし、そこにバーさんの姿はなかった。転移を仕掛けた本人だけ、移動に失敗するとは思えないので、自分だけ先に帰ったのだろう。
「ここは街……ですね」
「うん、どうやら転移してくれたみたい」
「なんとも、とんでもない人ですね。そういえば本人は?」
「先に帰ったんじゃないかな? あ、アガレスのお肉とか、ミシェルちゃんのお土産にもらっておけばよかったかも」
「それは喜ばれるのか、怒られるのか、微妙なところですね」
肉を持って帰ったことを喜ばれるか、それとも勝手に迷宮に入ったことを怒られるか、そうフィニアはいっているのだろう。
俺は微妙な気持ちで肩を竦めるだけにとどめておいた。
そんな俺たちの目の前に、結構な数の人だかりができていた。
転移してきた俺たちを不審に思って……ではなく、全員が背中を見せて集まっているところを見ると、その向こうに何かあるらしい。
「なんだろ?」
「さあ?」
二人で人込みをかき分け、事の原因を目にしようとする。
俺もフィニアも、平均より少しばかり背が低いため、一番前に出ないと何があるのか理解できない。
そうやって苦労しつつ、人の壁を抜けると、そこには三人の若者が地面にへたり込んでいた。
いうまでもなく、それは俺たちをナンパしようとしたあいつらだ。
ぐしゃぐしゃに汚れた顔に糞尿を漏らした下半身。全身浅い傷で血まみれで、呆けた顔のまま身じろぎ一つしていない。
その心は完全に崩壊しており、自分たちがどんな状況でどれほど注目されているか、理解しているようには見えなかった。
「そういえば、命に別状はないとは言っていたけど、他には何の保証もしていなかったな」
「これは……ある意味死んだも同然ですよ?」
死の恐怖を何度も味合わされ、この醜態を衆目に晒されてしまっては、社会的にも精神的にも死んだも同然である。
フィニアが戦慄したのも、無理はない。
「ま、もうわたしたちには関係のない人たちだから、気にしないようにしよう」
「それでいいんでしょうか?」
「いいのいいの。六英雄を馬鹿にした人たちだよ?」
「そうですね、いい気味です」
俺の言葉にポンと手を打ち、ニヤリと珍しく黒い笑みを浮かべるフィニア。
日頃朗らかな彼女しか見ていないだけに、自分で振っておいて俺は少し引いてしまった。今後、彼女は怒らせないようにしよう。
「それより、フィニアは武器を買いに行くんだったでしょ? 余計な茶々が入っちゃったけど、お昼になる前に早く買って来よう」
「そうですね」
プイっと振り返ってきた道を戻り出す。
その切り替えの良さは、かつての彼女には見られなかったモノだ。少々コルティナやマリアに影響を受けすぎているのかもしれない。
どこか影のある雰囲気があった彼女から脱却しつつあるのは、歓迎すべきことだろう。
「ちなみにフィニアはどれくらいの長さが使いやすいの? いつもは二メートルくらいの長槍にして使ってるみたいだけど」
「やはりそれくらいが、後ろから攻撃するには使いやすいんです。でもあの装備だから使える長さで、実際の長槍だと、少し重いかもしれません」
「あー、あの槍、柄が伸びても重さ変わらないからね」
破戒神より授かった
おかげで非力な頃から非常に使い勝手がよく、愛用させてもらっていた。
エルフのフィニアにとってもやはり重さというのはネックになってくる。元々非力な種族だけに、重い装備が持てないという難点を抱えていた。
この槍はそれを補うのに非常に都合がいい存在だった。
「そっか。かといって軽い長槍となると、耐久性に問題が出るかもね」
「そうなんですよ。だから直接目にして、手に持ってみないと」
「相性っていうのもあるからね」
これは同じ素材の同じ武器でも、手になじむ感覚が微妙に違ったりする。それを確認するため、実際に店で手にして振ってみる戦士は多い。
そんな他愛のない話をしながら武器屋を目指して街角を曲がったとき、俺の目に不穏な光景が飛び込んできた。
いや、一見してそれは不穏な光景ではない。
二人の少年が街角で話をしているだけの、ありふれた光景。しかしその相手が問題だ。
「――あれは!」
「クラウド君?」
そう、街角に立って話をしていたのはクラウドだった。そしてその相手は……俺にとって、いや、フィニアにとっても因縁の相手であるクファルだったのだ。
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