第341話 働く神様
毒物を発見してから三日が経っていた。
原因を特定したため、街の病人たちは瞬く間に快方に向かい、街の活気は次第に戻りつつある。
ミシェルちゃんとレティーナの熱も下がって、おばさんも元気を取り戻していた。
とはいえまだ容態を見る段階で、外を出歩く真似はできないらしい。
「でも、わたしがかからなかったのは不思議」
「んー、それ?」
朝食時、俺はコルティナに少し疑問に思っていたことを尋ねてみた。
フィニアも朝食に同席しているが、別に聞かれて困ることではない。
「ほら、自慢じゃないけど、わたしって身体が弱いじゃない?」
「ホント、自慢にならないわよね」
「コルティナ、茶化さない。それなのに、わたしが病気にかからなかったのは妙だなって」
俺が首都に戻ってから数日は軽く経過していた。その間に水も何度も口にしている。
だと言うのに、フィニアもコルティナも、そして俺も病気になることはなかった。これを疑問に思っていたのだ。
だがコルティナは、さも当然という表情で答えを返す。
「ほら、ニコルちゃんは前に女王華の蜜を摂取してたでしょ? それから、魔力吸引のために私たちとキスもしてたし」
「う……そ、そう、だね?」
「その女王華の蜜が病毒の予防に役立つらしいのよ。マクスウェルが言うには」
「へぇ」
「で、そのニコルちゃんとキスしていた私たちも、その免疫力を得ていたんでしょうね。だから我が家だけは病気にかからなかった」
「じゃあ、クラウドは?」
俺たちは前もって免疫を持っていたが、クラウドはそうではない。
しかもあいつはこの街から離れていないため、病毒の影響は大きかったはずだ。
「この街で病にかかっていなかった人は結構いるわ。何らかの理由で抵抗力を持っていた人もいるってことでしょ」
「その何らかを知りたいんだけど」
「それがわかれば、苦労しないわよ」
手を広げて溜息を吐くコルティナ。彼女はあくまで軍師であり医者でも治療師でもない。わからなくて当然だったか。
だがクラウドが元気だった理由がわかれば、今後は対策を立てられるかもしれないのだ。
「……ちょっとミシェルちゃんとクラウドのところに行ってくる」
「はいはい、でも気を付けてね?」
病魔が去ったとはいえ、根絶されたわけではない。仕掛けた犯人も、あれから姿を現していない。
病み上がりのミシェルちゃんの元に向かい、俺が感染する危険をコルティナは指摘した。同時に犯人から狙われている可能性も。
しかしコルティナの話が事実なら、俺にはディジーズスライムの病毒は効かない。彼女の元に見舞いに行っても、大丈夫なはずだ。
ついでにクラウドにも、心当たりを尋ねることにするとしよう。
ミシェルちゃんはベッドの中で力なく眠っていた。
彼女の病は既に完治しているが、失った体力まではすぐに戻らない。
クラウドが解毒後に動けなくなったことと同じだ。
「いつもすみませんね、お見舞いに来てもらって」
「いえ、隣ですし」
ミシェルちゃんのおばさんが、そう言って俺に飲み物を出してくれた。
眠っている彼女の隣で、俺はその茶を啜りながら寝顔を見つめる。彼女が無事で本当に良かったと心底思えた。
そんな俺の隣に椅子を出して、おばさんが座る。いつもならすぐに退室するのに、珍しい。
「何か用があるんです?」
「いや、その……ニコル様、変な連中と付き合ったりしてません?」
「変な連中?」
そう言われて脳裏に浮かんだのは、マクスウェルとマテウスの二人だ。確かに変な連中ではある。
しかしマクスウェルは言うに及ばず、マテウスもマクスウェルの使用人としての地位を確立している。あいつならおばさんも、変とは言わないだろう。
「いや、妙な男がコルティナ様の家を尋ね回っていたらしくてねぇ」
「家を? どんなやつ?」
「それが背も顔も目立った特徴のない男で、印象に残ってないんだよ」
「ふむ?」
もう一人、コルティナの家に出入りする、妙な男はいたな。前世の俺だ。
だが、レイドの姿はある意味特徴的だ。ボサボサの髪や、闇に紛れやすいように黒いコートを羽織っている。しかも手にはがっしりとした手甲付き。
印象に残らないはずがない。
「ちょっと、心当たりはないかなぁ?」
「そうかい? でも、気を付けるんだよ。ニコル様は最近、すごくお綺麗になられているから」
「それは喜んでいいのか、悪いのか……」
女として綺麗になっても、それは俺の目指す目標ではないのだ。
その男のことを一通りおばさんから聞き出して、俺はミシェルちゃんの家を辞した。
彼女の命に危険がないのであれば、長居することは彼女の負担になるだけだ。
男のことはとりあえず、あとでマクスウェルとコルティナに相談しておこう。
次の目的地であるクラウドの元へ行く途中、俺の前に小さな人影が立ちふさがった。
見慣れた――というほどではないが、馴染みあるその姿は見間違いようがない。
「おひさしぶりです。お元気そうで何より」
「白々しい。この間のゴブリン戦で会ったばかりじゃないか」
何かと俺に手を貸してくれる白い神が、目の前に立っていた。
だが、それはそれで都合がいい。彼女にはいろいろと聞きたいこともある。
「ここじゃなんですから、人気のない場所に行きませんか? ぐへへ」
「別に構わないけど。なんだよ、その笑い方」
「幼い子を誘う時はこう笑うものだと思ってましたので」
「それは絶対に違うから矯正しろ。後、もういい加減幼いという年代から抜け出しているからな」
「そんな感じですねぇ。おのれ、たわわに実りおって」
「どこを見ている!?」
思わず胸元を押さえて身を捩る。怖気が走るとはこのことだ。
だが破戒神はそんな俺の姿を見て、うんうんと小さく頷いた。
「なんだよ?」
「いえ、順調に女性として成長しているようで、良かったと」
「良くねぇよ!」
二人で並んでブラブラと歩きながら、公園へと向かう。
行き交う人々の視線がビシビシと突き刺さってくるのも、無理のないことだろう。
俺はこの街でも有名な美少女らしいし、そしてこの白い神も……今では俺より幼く見えるとは言え、引けを取らないほど神秘的な少女だ。いつも首輪をつけているのが謎だが。
「それで、何か聞きたいことがあったんじゃないですか?」
「ああ、いくつかな……まず北の大岩。壊した上に封印まで施したのは、お前か?」
「そうですよ。あそこに地脈があるのは知ってました?」
「ああ」
俺が頷くと感心したように口を尖らせた。
「ほー」
「なんだよ」
「さすがあのお爺さんは博識です」
「なんでマクスウェルから教えられたと思った?」
「あなた、そういう知識は疎かったでしょう? それより、そこでゴブリンロードが発生しちゃったようでして」
「あいつ、地脈で……!」
デンが地脈の力を得て変異したように、ゴブリンもあの地脈の力を受けたというわけか。
そう言えばあのゴブリンロード……いくらロードといっても、信じられないほどの怪力を発揮していた。
いや、ゴブリンがロードになっただけでも変異しているというのに、さらに変異するというのは考えにくい。
「あのゴブリンロード、変異してロードになったのに、その上さらに変異していたぞ」
「それは奴の生態によるものですね。地脈の力を受けて変異したゴブリンロードが、同じように影響を受けたゴブリンを食い散らかしたせいで、過剰変異を起こしたんです」
ゴブリンロードは増え過ぎた仲間を食らって、群れを維持していた。
影響を受けた仲間を食うことで二重に変異を受けた結果が、あの怪力の理由なのか。
「なるほどな。では最後に一つ。クラウドが病にかからなかった理由は?」
「スライムの病毒ですね。あれは水によってかなり薄まった状態で街に流れ込んでいました。そのおかげで多少生命力の強い人間には、効果が薄かったんですよ」
「クラウドは盾役をやっているだけあって、体力があった。それでか」
「ミシェルちゃんは、なんだかんだ言ってもまだ子供ですからね。それにレティーナちゃんも種族的に打たれ弱いですから」
「ならもう一つ」
「さっき最後って言ったじゃないですか」
「増えたんだよ。別に数を決めていたわけじゃないだろ」
「まあ、いいですけど」
「色々と暗躍しているようだが、あの毒を仕掛けたのは誰だ?」
「そこまではまだわかりません。神様とて全知全能ではないのです」
「肝心なところで使えないなぁ」
俺の罵倒を聞き、むきになって両手を振り回して殴り掛かってくる破戒神。
俺はそれを軽々と躱して逃げ回った。
その日、公園で信じられないほど美しい姉妹が、無邪気に戯れる光景が見られたという噂が、街に広がったそうだ。
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