第340話 仕掛けられた毒物

 詰所に駆け付けたコルティナとフィニアに、俺は森であった出来事を話した。

 その間、クラウドは寝台に横になって、再び意識を失っていた。

 俺が肩を貸したとは言え、街まで歩くだけで体力を使い尽くしてしまったのだろう。


「で、これがその……?」

「うん」


 俺が水袋に詰めて持ち帰った布袋を見て、コルティナは渋い顔をして見せた。

 直接触るわけにはいかないので、彼女も中を確認できない。


「……悪いけど、この話の続きはマクスウェルの屋敷でしてもらっていい?」

「むしろその方が賢明」


 マクスウェルならば解毒の魔法を使用できる。

 カッちゃんの術でも解毒できるのは確認済みだが、体力のあるクラウドがほぼ一瞬でここまで弱るほどの毒だ、何か副作用がある可能性もあった。

 その対応のためには、あらゆる魔術を修めたマクスウェルがそばにいてくれた方が心強い。


「マクスウェルには知らせてないの?」

「今使いを出しているけど、こっちから押し掛けた方が話が早いわ」

「じゃあ、クラウドも連れて行かないと」

「そうね。未知の毒なら何があるかわからないもの。詰所じゃ対応できないかもしれない」


 コルティナがそう言うと、衛士たちがクラウドを担架に乗せ、運んでくれることになった。

 彼女の信頼度は先の一件で大きく跳ね上がっている。衛士も率先して協力してくれていた。


「悪いけど急いでね。ことは緊急を要するかもしれないから」

「ハッ、お任せください!」

「ついでにこの子も乗せてってくれる? ニコルちゃんが体力無いのは知ってるでしょ」

「それはもう」

「非常に不本意だ」


 コルティナの申し出を快諾する衛士だが、引き合いに出された俺としては不服と言わざるを得ない。

 衛士はクラウドを担架に乗せ、その脇に俺をちょこんと乗せる。

 不服だが門の前で潰れたことは事実だし、楽にマクスウェルの屋敷まで運んでくれるというのだから、拒否する理由はなかった。


 屋敷に運ばれた俺たちを、マクスウェルは出迎えてくれた。

 ちょうど知らせを受け、詰め所に向かおうとしていたところだったらしい。

 押しかけたコルティナを見て、事態の緊急性に気付き、快く屋敷内へ迎えてくれたのだった。


「スマンがお主たちは、別室で待機しておいてくれるかの。茶くらい用意するでな」

「ハ、事情は理解しております」

「フィニア嬢ちゃんも」

「わかりました。ご用があれば、いつでもお呼びください」


 街全体を覆う病魔が人災だった場合、それを企んだ者が誰かという問題にまで発展しうる。

 そうなると、解決や報復のため、聞かない方が幸せな話と言うのも出る可能性もある。

 そのためにも彼らはその場に居合わせない方がいい。そう判断しての処置だった。


「それで……これが例の?」

「そうよ。クラウドくんが為す術もなく倒れたところを見ると、かなり強力な毒」

「川の水に溶かして、それに触れた町の者が病にかかったというわけか。その原液ともなれば、無理もあるまい」

「それが中にあったのは粘液っぽいものだった。おかしいでしょ?」

「ふむ?」


 川の水に粘液状の物を浸したところで、すぐ溶け切ってしまう。

 その時間は半日どころか、数時間あるかどうかというところだろう。

 街の病は今や一週間以上に渡って蔓延している。こまめな交換をしていないと、残っているはずがない。


「確かに効率は悪いな。そばに誰もおらんかったのかな?」

「誰もいない。帰りもつけられていなかった」

「運よく目を離したところに、クラウドくんが現れたのかもしれないわね。つくづく運の悪い……いや良いのかしら?」


 コルティナの言う通り、クラウドは何かと面倒ごとに巻き込まれやすい体質の様だ。

 しかしそのおかげで、流行り病が毒による仕業だと特定できた。

 おかげで解決の糸口が手に入ったのだから、殊勲と言える。


「衛士を派遣して……いや、やつらでは分が悪いかもしれんな」

「そうね。彼らはどうしても重武装になってしまうから、待ち伏せには向いていないわ」

「かと言って放置するわけにもいかん。とりあえず現場はマテウスに張り込ませておこう」

「こういう時は隠密のギフト持ちって便利よね。レイドもそうだったけど」

「お主が一番酷使しておったからのぅ」

「わ、悪いとは思っていたわよ!」


 小さく頬を膨らませるコルティナだが、彼女も無駄な指示を出したりしないことは俺も把握している。

 今さらそれを恨んだりなんてしない。

 軽口をたたいて場を和ませたところで、マクスウェルは水袋を開いて、中身を慎重に取り出した。


「布袋か。おそらくこれで水に溶ける量を調整しておったのじゃろうな」

「袋自体は珍しい物じゃないわね。普通の麻っぽいわ」

「中身は……ふむ?」

「薄い緑の粘液、と言うかゼラチンかな?」

「いや、ちがうな」


 コルティナの言葉を聞き、マクスウェルは即座に否定した。

 眉間に深いしわを刻み、同時に小さく指を動かして魔法陣を刻む。

 瞬時に展開したのは、浄化ピューリファイの魔法。


「どうして……毒が消えちゃったら証拠が残らないじゃない」

「そんなドジは踏まんよ。それより、こいつはかなり毒性が強い……ディジーズスライムの一部じゃ」

「スライムの? そのせいで溶けるのが遅かったのね」

「触れるだけで人に感染する病魔をまき散らしおる。毒素の強い個体ならば空気を媒介にして広がる可能性もある。核はないので、自発的に動くことはないじゃろうが、その適性を利用して街に攻撃を仕掛けたらしいのぅ。」

「それで浄化ピューリファイを使ったのね」

「さすがに空気感染はせんと思うが、念のための」


 つまり、あのままだと俺とコルティナが感染した恐れがあったのか。


「放置するわけじゃ、見つけた瞬間に病毒に感染するのではな」

「性質の悪い話ね」


 とりあえず原因は特定できた。

 解毒だけでなく解病キュアディジーズと言う魔法も必要になるらしい。

 マクスウェルはさっそくその情報を街の治療師に知らせ、対処に当たっていた。

 同時にマテウスには森の中の川沿いを調べるように指示しておく。

 これでよっぽどの相手でない限り、取り逃がすことはないはず。


 それから数日で、街を覆っていた疫病は、波が引くように収まっていったのだった。

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