第339話 流行り病の元凶

 クラウドが持ち帰ったものは、俺では何か判別がつかなかった。

 中にはなんだかよくわからない粘液状の物が詰まっており、それが川に浸されていたというのだ。


「なんだ、これ……?」

「さぁ? でもひょっとしたらヤバいものかもしれない」

「ん、なんで?」


 そう言うとクラウドは袋を取り落とした。顔色が急激に青くなり、体調もあまり良くはなさそうだ。


「ど、どうした!?」

「なんか、身体が痺れて――」


 そう言うと前のめりに崩れ落ちるクラウド。

 とっさに抱きとめたが、その身体はビックリするほど熱かった。


「お前、まさか……発病したのか!」


 とっさに脳裏に過ったのは、高熱にうなされるミシェルちゃん。それと同じ症状をクラウドも現していた。

 しかしなぜ急に……先ほどまではまったくそんな素振りを見せなかったのに。

 そこで俺は足元に落ちた布袋に目をやる。

 クラウドは、これが川に漬けられていたと言っていたな。そしてこの川は市内に流れ込み、庶民の水源になっている。

 もしここに毒を投げ込んでいたとしたら?

 その毒が、これだとしたら?


「カッちゃん、クラウドに解毒アンチドートの魔法を!」

「ウキュッ」


 俺の意図を読み取り、カッちゃんが素早くクラウドを解毒する。

 しばらくするとクラウドの体調は目に見えてよくなってきた。

 それでも失った体力は戻らないため、マトモに立つことはできない状態だ。


「う……うあ……」

「クラウド、目が覚めた?」

「俺、なんで……」

「しばらく横になっていて。お手柄だよ」

「なん――?」

「クラウドが見つけてきた布袋、これには多分毒が詰まっている。そしてそれが川に溶け込み市内に流れ込んでいた」

「じゃあ、これで?」

「うん、ミシェルちゃんたちはよくなるはず」


 仕掛けられた毒がこれ一つならな。そう考えてはいたが、口に出さなかった。

 この粘液状の何かは間違いなく毒だ。だがそれだけならすぐに溶けだしてしまい、無くなっていたはず。

 つまり、この毒は最近仕込まれたばかりのはず。

 ということは、仕掛けた本人はしばらくこの近辺に通ってくるはずだ。

 今回ばかりは俺も少し頭にきている。できるならば犯人を捕まえ、官憲に突き出してやろうと考えていた。


「そっか。よかった」

「立てる? 立てそうにないなら肩を貸すけど」

「ああ、多分……無理だ」


 立ち上がろうとして再び崩れ落ちるクラウド。どうもまだ手足に力が入らないらしい。

 それも無理はあるまい。市内に何百人もの被害を出した毒の原液に、素手で触れてしまったのだから。


「ほら、肩を貸してあげるから。悪いけど頑張って。この情報はできるだけ早く持ち帰らないと」

「わかってる」


 布袋を水袋に詰め込んでから、クラウドに肩を貸す。いや、半ば背負うようにしてその場を離れていく。

 この布袋は証拠品だ、残していくわけにはいかない。

 それにここに毒を仕掛けたのなら、その犯人はいつここに戻ってくるかわからない。

 クラウドがこの状態では、そいつと戦うのは不可能に近い。できるだけ早く、この場を離れたかった。


 脱力したクラウドの身体は予想より重く、背も高いため上からのしかかられるような圧迫感がある。

 だらりと垂れた腕は俺の肩から胸元に掛かっているが、それを咎める余裕すらなかった。

 そしてクラウドも、それを堪能する余力はなかっただろう。


 昼過ぎから何時間もかけて街まで戻る。往路は二時間だったのに、倍以上かかった計算だ。

 そうして門に辿り着いたところで、俺は力尽きて倒れ込んだ。

 そんな俺たちを見て、門番が慌てて駆け寄ってくる。

 ここに頻繁に出入りする俺たちは、すでに顔見知りだ。そんな俺が門の前で倒れたのだから、何事かと心配になるのも当然だろう。


「おい、どうした!?」

「や、やっと、辿り着いた……」

「ニコル嬢ちゃんが倒れるのはよく見かけるが、クラウド坊がぶっ倒れてるのは珍しいな」


 呆れたように口にする門番に、俺はすぐにコルティナを呼んでくるように指示を出した。


「は、コルティナ様? なんで?」

「早く、病気の原因、わかったかもしれない」

「なんだって!?」


 この街の流行病はすでに大問題に発展している。その原因がわかれば、治療法につながるはずだ。

 クラウドの毒は魔法で解毒したが、罹患者全員に解毒魔法なんて掛けていられない。解毒薬を配った方が手っ取り早い。

 そのためには、この毒が何なのか見極める必要がある。

 残念ながら、俺にはその知識はないが、コルティナかマクスウェルならばその可能性は高い。


 俺たちは詰所の中に運び込まれ、連絡のために別の衛士が飛び出していく。

 その間、クラウドは寝台に横たえられ、眠るように意識を失っていた。

 ここまでの帰路、限界まで気力を振り絞って歩き続けていたのだろう。


 落ち着いているクラウドの呼吸を見て、とりあえず一安心する。

 どうやら普通の解毒魔法でも、役に立つようだ。

 毒の中には高位の浄化魔法じゃないと効かない毒もある。それじゃなかったのは幸運だったと言えた。


 そうしてしばらく体を休めていると、コルティナが息を切らせて駆け込んできた。

 その後ろにはフィニアも一緒についてきている。

 おそらくは俺を心配してのことだろう。


 こうして俺は、コルティナに仕掛けられた毒について話すことになったのだった。

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