第338話 解熱剤集め
俺たちがラウムに帰ってきて三日が過ぎた。
だがミシェルちゃんの熱も、レティーナの熱も一向に下がる気配が見えない。それどころか、街全体の罹患率も上昇しつつあるように見える。
新たな病人は発生しているが、完治する患者がなかなか現れないのだ。
冒険者ギルドもこれにはさすがに問題視し、緊急で解熱剤になるミルドの葉の収集を発注していたが、それすら追いついていない状況だった。
いや、冒険者にも発病者が出始めたため、単純に人手が足りていないというべきか。
そんな中で、なぜか俺とクラウドは普通に動くことができていた。
「まあ、これを幸運とみるべきかどうか」
「なんにせよ、解熱剤は必要になるからなぁ」
その日もクラウドと二人で森の中に分け入り、ミルドの葉を捜し歩いていた。
街道沿いにも生えている樹木ではあるが、すでにその近辺は採りつくされている。
それでも供給が追い付かないため、森の中に踏み入った新人が怪我をするという事態にまでなっていた。
俺とクラウドは森歩きになれているため、そういう危険はないが、その分収穫量に不安があった。
俺の筋力が低いため、量を持って帰れないからだ。
「もういっそ、運搬役としてカッちゃんにカバンを持たせるべきだろうか?」
「キュッ!?」
大きくなったカッちゃんは俺の頭に乗せられない。なので今は足元でうろうろしている。
しかし俺が荷物持ちをさせる旨の話題を持ち出すと、さも嫌そうに首を振っていた。
貴様、このまま丸々と太るつもりか?
「それはさすがに……受付の姉ちゃんが放っておかないと思うぞ」
「なんでそこで受付の人?」
「あの人、可愛いモノだったらなんでも抱き着いてくるから」
そう言えば何度か俺も捕獲されたことがあった。
さすがにお持ち帰りされる寸前でギルド長が仲裁に入ってくれたが、あのままだったら新たな扉を開いていた可能性もあったか。
「でも、運搬量の問題はさすがに切実」
「
「あれは時間制限がねぇ……」
基本的に、魔法による強化はそれほど長くは持たない。
マクスウェルの使っていた
それに肉体への不安も大きい。
平時の限界を超えた力を与える分、負荷も相応にかかるのだ。
それを知らなかった頃に寝込んだ経験も、いい教訓になっている。
「こんな森の中じゃ、荷車も持ち込めねーしなぁ……あ、あった」
クラウドは森の中にミルドの木を見つけ、さっそく手に届く範囲の葉をむしり取ってはカバンに詰め込んでいく。
俺もそのあとに続いたが、まだ背の低い俺の手に届く範囲なんて、そうあるわけではない。
結局、身軽な俺が木に登る羽目になった。
「いい、クラウド。上を見たら子孫を残せないような目に合わせるから」
「師匠、たまに俺にヒドくねぇ!?」
今日は俺と二人だけなので、クラウドは久しぶりに俺を師匠と呼んでいる。
俺としても師匠と呼ばれるのは悪い気がしないので、ちょっと調子に乗っていた面もあった。
ひょいひょいと木に登ると、案の定下からクラウドがこちらをチラ見していたので、枝を折って投げつけておく。
やはりスカートで木登りをするものではないらしい。
それはそれとして、俺は適当に葉をむしり、取り尽くさない程度に残してから周囲に目をやった。
高所からの偵察は斥候の基本だ。一段高い場所まで登ると、周囲にまだミルドの木があることが見て取れる。
それ以外に、北から流れ込む川が目に入ったので、昼食のことを思い出した。
「ああ、そっか。そろそろお昼じゃない。クラウド、そっちに川があるからそこでお昼にしよう」
「うん、わかった」
「後、下から覗くな」
「わかっていてもやめられない」
「コロス」
そんなわけで、俺は昼食前にクラウドを焼いておくことにしたのだった。
昼食と言っても、それほど凝ったものを作るわけではない。
元々ここは街の近くだし、食べに戻る選択肢だってある。
しかし、少しでも解熱剤の量が確保したい状況なので、今日はパンとチーズとトマトを持ってきている。
このパンを焼いてチーズとトマトを挟めばそれだけで充分な昼食になるだろう。
そして火を使う以上、消火のための水場も必須だった。
「クラウドはかまどを作って火を起こしておいて」
「あぃよー」
俺は持ってきたパンとトマトをスライスして、下準備だけしておく。
トマトは完熟の物なので、非常に柔らかくなっていた。ナイフを通そうとしても、身が潰れてしまいそうなほどに。
「……破戒神を崇めよ」
振動短剣を取り出し、キーワードを唱える。
糸を巻き付けて手首に固定した振動短剣は、柔らかなトマトをまるで苦にせず両断していった。
「よし」
「よしっていうか、それアイテムを作った作者が泣いてないか?」
「大丈夫、多分アレも同じことをしていたはずだから」
「たかが包丁代わりに、そんな魔道具作る人なんていねーよ」
「いや、いる。絶対確実」
あの白いのならば、それくらいの無茶はやりそうだった。
もっとも、実際に顔を合わせたことのないクラウドにはわかるまい。
かまどで熾した火でパンを炙り、それにチーズを載せてトマトを挟む。これで簡単なサンドイッチの完成だ。
「ああ、肉が食いてぇ」
「お肉は荷物になるから持ってこなかった。どうせ夕方には帰るし」
「なんというか、力の源なんだよな、肉」
「言ってることがミシェルちゃんみたいだよ。まったく――フッ!」
そこで俺は、近くの草むらに向けて短剣を投げる。
そこには焼けるパンの匂いに誘われたのか、山鼠と呼ばれる小動物の姿があった。
これは大型の、子猫程度もある鼠で、その肉は食用になる。
「ほら、それでも焼いて食べてなさい」
「おお、さすが師匠! サバイバビリティ高い」
喜び勇んで山鼠を解体するため水辺に持っていくクラウド。
その後ろ姿に嘆息しながら、俺はホカホカのサンドイッチを口にしていた。
どうせ解体にはしばらくかかる。軽く体を横にして休めてもいいだろう。
そう考えていた時、クラウドが何かを手に持って戻ってきた。
「師匠、これなんだ?」
その手には水浸しの小さな布袋が持たれていたのだった。
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