第316話 防衛戦

  ◇◆◇◆◇


 早朝、ケイルたちが出発した直後にゴブリンたちの襲撃は始まった。

 コルティナは城壁の上に立ち、全体の指揮を執る。

 事ここに至っては、ギルドに引き篭もっている意味はない。むしろ前線に姿を見せてこそ、士気も上がるというものだからだ。


 街の正門は既に閉じられており、破城槌でもなければ破れる物ではない。

 つまりゴブリンたちは城門をよじ登って市内に雪崩込むしかなかった。

 これが兵士ならば梯子を掛けるところだろうが、ゴブリンには梯子を作る知性はない。


 代わりに彼らには肉を引き裂くための頑丈な爪があった。

 剣と打ち合えるほど鋭い物ではないが、岩に食い込ませ、自身の身体を支える程度の強さはある。

 その爪を外壁に食い込ませ、そこかしこで壁をよじ登ってくるゴブリンの姿は、冒険者に恐怖を与えるに値した。


「ここを抜かれたら市街に被害が出るわ! 正念場よ。各員、奮戦しなさい!」


 コルティナは冒険者に発破をかける。

 彼女の叫びと共に、冒険者たちの迎撃が開始された。

 強固な城壁の上から矢や石弾を射掛け、熱湯や油をぶちまけていく。


 城壁の広さにも限界があるため、一度に城壁に取り付いてくるゴブリンの数は、せいぜい百かそこらである。

 しかしその後ろにはなお三百を超えるゴブリンが控えており、迎え撃つ冒険者の数はせいぜい四十。

 その数の暴力は、到底抑えきれるモノではなかった。


 始まってしばらくは順調に迎撃できていたのだが、やがて数に押され突破される個所も出てくる。

 その報告が、コルティナの元に届き始めたのは、防衛戦が開始されて二時間経った頃であった。


「コルティナ様、十二番が突破されました!」

「くっ、九番と十番にはまだ余裕があったはずよ。守備範囲を二メートルずつ拡大。十一番は応じて四メートルずれて十二番の守備地点をフォローして。十三番も現時点で守備範囲を拡大。市街に侵入した数は?」

「二十匹程度かと」


 報告にギルドの職員が駆け寄ってくる。

 ゴブリン二十匹、それは中位の冒険者ならば一パーティで殲滅できる程度の数。

 しかし一般人が相手では小さな村が壊滅してしまうほどの猛威を振るう。

 街の南部に衛士と未熟な冒険者を派遣し、騎士団が貴族街に引き篭もっている現在、街の北側で治安を守れる存在はいない。

 人的被害はほとんどないだろうが、街が荒らされるのは防ぎきれないだろう。


「追いたいところだけど、そんな余裕はないわね。仕掛けはまだ残ってるし、ここは穴を塞いでそのまま防戦するわよ」

「はい!」

「十二番――モリソン君だっけ。彼は?」

「重傷ですが何とか一命は……戦線の復帰は絶望的です」


 防衛戦で突破された以上、担当していた冒険者の戦線復帰は絶望的だった。命があるだけ儲けモノというところだろう。

 この調子では、守りきれたとしてもどれほどの被害が出るかと思うと、絶望的な気分になる。


「大丈夫、まだ手は打ってあるから。あなたたちはここを守ることに専念して」

「はい!」


 コルティナがまだ手があると聞いて、周囲の冒険者たちも奮起する。

 指揮官が絶望していない以上、まだまだ勝ち目はあると判断できるのだ。





 街中に入ったゴブリンたちは、その異常な光景に最初大きく戸惑っていた。

 街路のいくつかの場所が荷馬車や木箱で封鎖されており、先に進むことができなくなっていたからだ。

 大半が狭い街路を塞いでおり、大通りにはそれが存在していない。

 しょせん積み上げただけの障害なので、崩そうと思えばいつでも崩せる。しかしそんな手間をかける理性はすでに無くなっていた。


 ゴブリンロードの狂騒に駆られたゴブリンたちは、封鎖された場所について深く考えることなく、大通りを駆けていく。

 急激に増えた群れによって、食料が行き渡らなくなっていたのもあった。

 空腹に苛まれた彼らは、食料――つまり人間を目指して通りやすい道を進撃していく。


 別の道を進んだはずの仲間たちもいつの間にか合流しており、大集団でさらに街の奥へ進んでいった。

 そして彼らは、ついに獲物を発見した。


 街の奥にさらに壁がそそり立っており、その門を小綺麗な板金鎧を着た兵士が守っている。

 見るからに城壁を守っていた冒険者とは違う。しかしその違いを気にするゴブリンたちなどいなかった。


「グギャアアアアアアアアアアア!」


 歓喜の叫びを上げて、餌に襲い掛かるゴブリン。

 その姿を確認した兵士――騎士団は警戒の声を上げていた。


「ゴブリンだ、来たぞ!」

「せめてこの程度の尻拭いはやって見せろ!」


 盾を構え、槍を突き出す騎士たち。

 南部に避難した民間人を守るために、コルティナが街路を巧妙に塞ぎ、同時に騎士団が守る貴族街の門へと誘導したのだ。

 狂騒に駆られたゴブリンが敢えて障害物を乗り越えるようなことはしないと判断し、そして誘導していると悟られないよう、各所を分断しつつやがて合流させ、一か所に集中して襲い掛かるように。


 騎士団の者も、市民を守れないことを悔いていた。

 だが騎士にとって上位者の命令は絶対である。そこへコルティナはこの策を提案し、敢えて侵入したゴブリンを誘導することで本来使えぬはずの戦力を引っ張り出す。

 市民を守ることのできない騎士たちは、喜んでこの申し出を受けた。


「やむを得ず突破されることはあるかもしれないし、そのゴブリンが貴族たちを狙うこともあるかもしれないわね? その時はよろしく」


 悪戯っぽく微笑む軍師に、騎士たちは苦笑して承諾の意を返していた。

 元より貴族街は騎士団が守ることになっている。ならばこれは、命令違反にはならない。

 そしてその命令を出した貴族たちも、コルティナの策に関しては周知されていなかった。

 あくまでこれは、やむを得ない事態なのだ。

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