第315話 奇襲作戦
直立不動の姿勢を取るケイルに、コルティナは悪い表情で指示を出していた。
「あなたは仲間と追加で……そうね全部で十人くらいの別動隊を率いて川の西側を北上してもらうわ」
「十人っすか!?」
ケイルが驚愕の声を上げる。その驚きも無理はない。
十人と言うと、全戦力の二割にも及ぶ。それを割いても行わねばならない作戦ということになる。
「ええ。正直お願いする内容は、それだけでも足りないくらいの無茶なんだけど」
それからコルティナの出した指示は、確かに無茶と言わざるを得ない物だった。
城壁にゴブリンが取りついている間、市街に流れ込む川の中を通って川の西側に出て、さらに北に回り込み、ゴブリンの群れの背後を突くというものだった。
ゴブリンは川に近付けば空爆されるという先入観を、すでに持っている。今では川に近付こうともしないだろう。
だからこそ、川の西側は安全圏になっていると言える。
もちろん、ゴブリンだってそっちは警戒しているだろう。だからこそ、隠密行動に優れた腕利きが必要になる。
「発見されないことはもちろんだけど、背後を突いてできるならゴブリンロードを倒してもらいたいの」
「それは重大案件っすね」
「今のゴブリンの群れはロードの指揮力で統率されているに過ぎない。ラウムを襲うという意思の源を断ってしまえば、あの群れはやがて四散するわ」
「敵の要を撃破する役目っすね。これは燃えてきた!」
「そのためには優れた斥候が必要になるわ。心当たりはある?」
「大丈夫っすよ」
ケイルはそう言うと、俺の方に向き直った。
「最近見てたんですが、こいつは腕がいいっすよ」
「は?」
「お前、奇襲の際はたいてい最前線にいたろ。敵に気付かれずに接近し、一撃入れて撤退する手際は見事だったぜ」
「お、おう?」
俺もできる限りコルティナに協力したいと思っていた。だから奇襲などが行われる際は、できる限り変装して参加するようにしている。今回選んだ外見はかつて俺を追い詰めた強敵、ギデオンの外見だ。
その姿は暗殺集団の首領だけあってあまり知られていない。
それでも熟練者の雰囲気は漂わせているため、俺の高い声との違和感が凄まじい。
ともかく、今はそれは置いておくとして、前哨戦で先陣を切り続けたということは、すなわち冒険者の中でもトップの腕を持つケイルとも共闘するという意味でもあった。
思い返してみれば、俺が先陣を切り、ケイルが続いて痛撃を与えるというシーンが何度もあったかもしれない。
そういったことが何度も重なって俺に注目し始めたのだろう。
「こいつの腕はそばで見ていた俺が保証します。俺のパーティとこいつと、あと数名腕のいい奴を選べば、きっとできます」
「そう。じゃあ、この役目は任せるわね。出発は今夜、さすがに翌朝に城壁を攻めるとなれば、ゴブリンも監視の目が緩むはずだから」
「わかりました。お前も大丈夫だよな?」
「その申し出に断る選択肢はあるのか?」
「もちろんない!」
「だよな」
俺はマフラーで口元を隠し、もごもごと答えた。
外見はもちろん幻覚の魔法で変えてはいるのだが、声までは変わらない。
少女特有の甲高い声をしている俺は、精一杯声を低く押し潰し、ドスを利かせた声を絞り出した。
だがそれでも、一般的な男性に比べると、まだまだ幼い。
「なんだ、女みたいな声してるんだな、お前」
「うっ、き、気にしているんだ」
「そうか、だからマフラーで口元隠して、口数が少なかったんだな」
戦闘では女性の冒険者も参加していた。だから俺がそのまま地声で叫んでもあまり違和感を感じる者はいなかった。別の女性が声を上げたと思われていたからだ。
しかしこうして面と向かって会話するとなると、その違和感は凄まじい。
だからなるべく他者と話さないようにしていたのだが、この状況では仕方ない。
「気にしてたのなら悪かった。だけど今回はお前の腕が必要なんだ」
「いや、断るとは言ってない」
「そうか! いやそう言ってくれると助かるぜ!」
ケイルは馴れ馴れしく俺の肩を叩こうとしたが、そんな真似をされると幻覚と実際の身長差で変装がばれてしまうので、俺は一歩下がってそれを避けた。
こいつも先の話の通り、決して悪い性格をしているわけじゃない。むしろ十四歳くらいで掛かりやすい病気を除けば。さっぱりした性格と言えなくもない。
今回も俺の行動に気を悪くした風でもなく、俺が声だけでなく身体に触れられるのを嫌がっていると取ってくれた。
「っと、悪い。ひょっとして身体に触れられるのもダメか?」
「あ、ああ」
「そっか。仲間にも言っておくよ」
「助かる」
うっかり俺の身体に触れないようにするためか、ケイルはしっかりと腕を組み、二、三度頷いていた。
そんな俺たちの様子を見て、コルティナはパンと手を叩く。
「じゃあ、さっそく出発の準備をして。あなたたちはこの戦いの切り札の一つよ。準備は入念にね」
「ウッス、任せてください!」
そう言うとケイルは一目散にギルドの外に駆け出していく。
俺もコルティナの様子が心配ではあったが、確かにこの奇襲が成功すれば、ゴブリンの群れは統制を欠き、一気に有利になれる。
だからこそ準備は入念に行う必要がある。
俺は後ろめたい気持ちを持ちつつも、ギルドを後にしたのだった。
◇◆◇◆◇
北部三か国連合王国の首都、トライアッド。
その冒険者ギルドの一室に、一人の人影が忍び込んでいた。
かっちりとギルド職員の女性用制服を着こんだ小柄な姿。そこに周囲との違和感は微塵もなく、完全に周囲に溶け込んでいる。
その部屋はギルドの通信魔法によって各地に飛ばされた情報を、自動筆記の魔道具によって書き記す道具が置いてある部屋だった。
この通信魔法は軍事的な転用が可能ということで、その術式は公開されておらず、ギルドによって厳重に管理されていた。
だからこそ、この部屋にも施錠はしっかりと施されている。
しかし入ってきた職員の手には、その鍵が存在する。つまり入室を許可された職員であるということだ。
「ラウム急襲の報、ね。マクスウェル様に緊急か。残念だけど、届くことはないよ」
女性職員の口から漏れ出したのは、女性にしてはやや低いむしろ男性と言っていい声だった。
つるりと顔を一撫ですると、それまで明らかに女性だった顔が少年の物に変化していた。
少年――クファルは扉をしっかりと閉めた上で目的の書類を手に取り、軽く指先で弾く。すると瞬く間に書類に火が着き、勢いよく燃え始める。
その火が指に至る直前に手を放し、床で完全に燃えつきるのを見届けた。
「悪いけど、ラウムには少しばかり痛い目にあってもらわないとね。ハウメアって女の件以外にも」
床に残った燃えカスを踏みつけて完全に消火してから、部屋の隅に蹴り散らしておく。さすがに灰が床に落ちていれば、早い段階で怪しまれてしまう。
それからもう一度顔を撫でて女性の顔に戻したクファルは、こっそりと部屋を出た。
こうして違和感ない姿を取って、この部屋の鍵を盗み出したのだ。
無論厳重に保管されているカギは、そう簡単に盗める物ではない。しかし既定の時間に情報を確認する担当者ならば、持ち出しても怪しまれない。
こうしてマクスウェルに届くはずの情報は、事前に握り潰されてしまっていたのだった。
◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます