第300話 フィニアとデート
フィニアは俺の姿を見て、口元に手を当てて驚いていた。
凶悪なタックルを繰り出してきたコルティナと違い、実に彼女らしい淑やかさだ。
だが反応がないのも、それはそれで寂しい。
「どうした、俺のこと覚えてるよな?」
俺の記憶によると、彼女の中ではレイドという存在はほとんど神格化すらされていた。
ひょっとしたら現実の俺を見て幻滅しているのかもしれない。
そう思うと、少しばかり心配になってきた。
「レイド、さま……」
そう掠れるように漏らした後、俺の胸にしがみついてきた。
彼女はコルティナより背が高く、そしてやや肉付きがいい。それでも人間の平均よりは華奢だ。
その華奢な可憐さは、俺の好みに充分に入っている。
「少し前に転生していたんだけどな。会いに来るのが遅れて悪かった」
「いえ、そんな! 私なんかのために――」
縋りついたまま、しゃくりあげるような声を上げるフィニア。
その声は周囲にも聞こえており、タイミング悪く通り掛かった通行人が何事かという視線を俺に向けてくる。
「そうだ、コルティナ様! 私に会いに来るよりコルティナ様にお会いになりましたか?」
「ああ、安心しろ。先に挨拶を済ませてきたよ。他にもいろいろ」
「そうだったのですか、よかった……でも、もっと一緒にいてあげなくてよかったのですか?」
「そのコルティナがお前に会ってこいって言ったんだよ」
涙に濡れた瞳で訴えかけるように俺を見上げてくるフィニア。
だがその光景は外から見れば、何事かと思われるに違いない。現に今も俺を差してひそひそ声で話す奥様方の姿が散見できる。
しかもここはマクスウェルの屋敷の前。あの爺さんの外聞にも影響が出るかもしれない。
「……いや、あの爺さんは外聞を気にするタマじゃないか」
「えっ?」
「いや、ここじゃなんだから、場所を移さないか? 女性が好きそうな店を知っているんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。少し前までは結構長くここに住んでいたからな。フィニアとは少し入れ違いになってしまったが」
「それは……少し残念ですね」
この街で俺と一緒にいる姿を想像したのだろうか、フィニアは少し頬を染めて心底残念そうに、そう漏らしていた。
目に涙を溜めて、頬を染め、男の胸にすがる少女の姿とか、正直言って晒し者以外の何物でもない。正直言うと、周囲の視線が針のように痛く感じる。
「ほら、早く行こう。その、俺もちょっと恥ずかしいし?」
「あ! 申し訳ありません」
ようやく彼女も周囲の視線に気付いたのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
その仕草は大変可愛らしいのだが、余計に疑惑の視線を向けられることになったのだった。
かつてエリオットに連れてこられた茶店に、フィニアを連れてきた。
ここは豆茶も悪くないが、甘味もかなりいける。俺もミシェルちゃんとレティーナを連れて、よく来ていた。
コルティナの家に引き篭りがちのフィニアなら、来たことはないはずだ。
「ここはデザートも結構美味い。フィニアにも気に入ってもらえると思うよ」
「そうなんですか? そう言えば私はそういったデザートはあまり口にしてませんでしたね」
フィニアは料理上手だが、クリームやチョコレートといった手間のかかる加工品はなかなか作る暇がない。
彼女がデザートを習得した暁には、コルティナの家でも食べれるようになるのではないか、そんな野望もなかったとは言えない。
「今度作ってくれると嬉しいな」
「え、わ、私がですか?」
「うん。コルティナから聞いた。料理上手いんだって?」
料理を作ってくれと口にすると、なぜか顔を真っ赤にしてあたふたしだすフィニア。
そんなに恥ずかしがることを言ったつもりはないんだが。
「それはその……コルティナ様にお願いしては?」
「コルティナの料理? それはサバイバル料理を注文するようなものだぞ」
「で、でもあの時は結構手際よかったですよ?」
「あの時? ああ……」
コルティナは昔、フィニアと一緒に料理をしたことがある。あれは俺が死んだ孤児院での話だ。
その時のことをまだ覚えているのだから、彼女は記憶力がいい。
「手際はいいんだが、なんというか雑でな……マリアくらい上手いとありがたいんだが。フィニアがいてくれると助かるよ」
「それはあの……私は今、ニコル様にお仕えしていまして」
「あ、そ、そうだったか」
そのニコルが俺なのだが、そこは彼女の知るところではない。
そんなとりとめのない話をしていたところへ、料理が運ばれてくる。
彼女はそれを、美味そうに口にしていた。
「これは確かにおいしいですね」
「だろ? ああ、それと……」
俺が短くとも一か月に一度しか姿を現せないことや、これまでの近況――作り話だが――を報告しておく。
一か月という結構な期間が開くことを聞き、フィニアは残念そうな顔をしたが、それも俺の存在が不確定だった今までに比べれば、遥かにマシだ。
自らをそう強引に納得させたのか、コクリと力強く一つ頷いていた。
「だから俺も今日はあまり長くいられないんだ」
「私でしたら、元の姿がどのような姿でも気にいたしませんが?」
「俺が気にするんだよ」
まさか毎日一緒に風呂に入っている姿だとは思うまい。魔力畜過症の時はキスまでしている。
だからこそ、是が非でもバレるわけにはいかない。
コルティナは彼女相手の浮気云々言っていたが、現状ではさすがに手を出すのは気が引ける。
俺の中ではいまだに彼女は……そうだな、近所の年下の女の子的な扱いなのだ。
なのでこの日は、ぎりぎりまで彼女とお茶を楽しんで、時間的に余裕を見てその場から撤退したのだった。
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