第301話 元の姿へ
フィニアと軽くデートを済ませた後、俺は気配を消してマクスウェルの家に忍び込んだ。
何度も出入りしているので、この屋敷の罠の配置は既に熟知している。
奴はガドルスの送迎もやっていたので、念のため気配を消しておく。何らかの理由でガドルスがこの屋敷に残っている可能性もあると思ったからだ。
マクスウェルの執務室の前で気配を探り、中に一人しかいないと確認してから扉を開ける。
「ただいま、今戻ったぞマクスウェル」
「おう、戻ったかレイド。首尾よく行ったようでなによりじゃな」
「ああ。コルティナも機嫌を直してくれたよ。しばらくは問題ないと思う」
「しばらくなのか?」
「一か月か二か月おきには顔を出さないといけないかもしれないけどな」
「それは……アスト殿に負担をかけてしまうのぅ」
今のところ、俺自身では
毎月のように顔を出そうとすれば、その魔道具を制作しているアストに負担をかけることになってしまう。
このアイテム自体は五時間程度で作り上げれるようだが、それでも高価なアイテムを毎月提供してもらうのは、気を使わざるを得ない。あと、あの苦痛は一か月に一度でも味わいたくない。
「何とか俺の都合もあるから二か月はあるかもって言っておいたがな」
「さすがにそれ以上の間を開けるのは可哀想か。やれやれ恋する乙女の機嫌取りも大変じゃな」
「まあ、俺の自業自得って面もあるからな。アストにはせめて報酬を弾んでおくさ。こっちもデンをおもちゃにされたことだし、その辺で手を打ってくれるだろう」
アストの報酬に関して話していると、急に動悸が激しくなり、体の節々が痛み出した。
「ぐっ……」
「どうした!?」
「どうやら時間切れらしい……」
倒れ込まないように俺はその場で膝をつく。倒れて頭などを強打する危険性を危惧してのことだ。
波のように襲い来る苦痛に歯を食いしばって耐える。これからは一か月から二か月に一度は、この苦痛を経験せねばならないのだ。
半日前にも味わったように、身体がバラバラになるような激痛が走る。
とても耐えられるようなものではなく、俺はあっさりと意識を失い、視界が暗転した。
しばらくして、またしてもマクスウェルの
見ると俺はだぶだぶになったコートの下で、かなりはしたない格好をしたまま目を覚ましていた。
「目が覚めたかの?」
「ああ……」
コートの前を合わせ、執務室に設置されている姿見の前に立つ。
客に会うための身嗜みを整えるために設置されているものだ。背の高いマクスウェルが使用するので、かなり大きなものが置かれている。
見たところ、俺の身体は
変な戻り方とは、術式が元の身体を曖昧に記録した状態で使用した場合、元の姿に戻りきれず異形と化す可能性もあると、アストから聞いていたせいだ。
無論、あの男の仕事にそんなミスがあるとは思っていないが、それでも不安なモノは不安である。
「無事、元に戻ったようだな」
「お主の服も持ち帰っておるよ。じゃがせめて下着くらいは男に運ばせるのはやめてくれんかのぅ」
「無茶言うな。俺が女児向けの下着なんて持ち歩いていたら、それこそコルティナに牢獄に放り込まれるわ!」
「それはワシも同じなんじゃが……?」
今日の出来事を思い返す。
コルティナと感動の再会。生まれて初めて女に言い寄ったあのシーンで、万が一俺の懐から女児用の下着がこぼれ落ちた日には……次の転生を迎えさせられてしまうかもしれない。
いや、マリアも次は
最悪の状況を想像し、俺は身震いしながら身嗜みを整える。
その震えをマクスウェルは何か勘違いした様子だった。
「む、どうしたレイド。体調が悪いのか?」
「いや、怖い想像をしただけだから、心配するな」
「そうか? 慣れない魔法を使用したのじゃから、身体に無理が掛かっておる可能性もある。くれぐれも体調には気を付けるのじゃぞ。不調を感じたらワシかマリアに知らせるがよい」
「ああ、そうさせてもらうが……マリアに知らせるのはさすがにやばくないか?」
「なに、慣れぬ儀式魔法を学んで体調を崩したとでも言えばよい」
そう言えば、そんな口実で外泊したんだったな。
さすがに次の日の夕方まで戻らないというのは、怪しまれるかもしれない。
マクスウェルが夕方には戻ってきていることは、フィニアに知られている。
俺もあまり帰宅時間が遅れては、そのズレから疑惑が発生する可能性もある。
「余り遅れると怪しまれるから、俺はもう帰るぞ」
「待て待て。震えとるのに一人で帰せるわけないじゃろう。それにそんな真似をしたらワシがコルティナに怒鳴られるわい」
「いやこれは……まあいい、頼む」
どのみち日も暮れようかという時間に子供一人で帰還するのは、確かに危ない。
俺自身の戦闘力なら大抵の問題は解決できるが、無駄に騒動を起こす必要もあるまい。
マクスウェルがついてくれば、問題の大半は穏便に収めることができる。
外套を羽織るマクスウェルを待ち、俺たちはそそくさと屋敷を後にしたのだった。
幸いトラブルに巻き込まれることもなく、コルティナの家まで戻ることができた。
俺は何気ない振りを装いつつ玄関のドアを勢いよく開く。
まるで、元気に戻ってきた子供を演じながら。
「ただいまー。コルティナ、戻ったよ?」
「お、お帰りなさいませ、ニコル様。マクスウェル様もご苦労様です」
「うむ、ではワシはここで失礼するぞ」
「え、いえ、その……ちょっとお願いが……」
「フィニア、何かあったの?」
「ええ、コルティナ様が――」
「え……?」
コルティナに何かあったらしい。お互い今日の出来事は初めての経験だったし、体調でも崩したのだろうか?
俺はやや心配になりながら、コルティナの部屋に向かう。
そんな状況を目にして、マクスウェルも後をついてきていた。
「コルティナ、入るよ?」
いつもならあまり訪れることのない、コルティナの部屋。
今日は二度目の訪問だが、その時は彼女に不調は見受けられなかった。何かあったとすれば、俺と別れた後のはずだ。
心配になって返事を待たず扉を開く。
すると中には、ベッドの上で毛布にくるまり、でへでへと気持ち悪い笑みを浮かべるコルティナが存在したのだった。
「その、私が帰った時からこの様子でして。話も通じない状態なので、どうしたものかと」
「えー……」
つまりあれだ。こいつは俺と別れてからずっと、こうしてにやけたままだったのだ。
その様子を見て、マクスウェルは呆れたように踵を返す。
「お、おい……」
「これ以上は付き合いきれんて。もうお主たちでどうにかせい」
「見捨てる気かよ!?」
「馬に蹴られたくないでなぁ」
そう言うとさっさと退場するマクスウェル。俺も後を追いたかったが、この状態のコルティナ放置するわけは行かない。
結局、ベッドの上でバタバタするコルティナを眺め、立ち尽くすしかできなかったのだ。
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